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第40話
しおりを挟む国王が、壇上に出てきた。
あの人は、ずっと「止めたい顔」をしていた。配信を。空を。コメントを。私の枠を。
右腕の刻印が、赤黒く脈打つ。
それだけで、広場の空気が一段冷えた。
カイルは光の檻の中。膝をついたまま、動けない。
心音翻訳が勝手に走る。
【……父上。ここで止めろ】
国王の声が落ちた。
「王命放送を、ここで終了する」
コメントが一斉に跳ねる。
【終わらせる?】
【逃げるな】
【地下の子は?】
私は笑えない。笑ったら死ぬ。
怒鳴れない。声が出ない。
だから、息でテロップを落とす。
【配信停止=証拠隠滅】
国王の眉が、わずかに吊り上がった。
「魔女スカーレット。禁忌の精霊石を用い、王国の放送網を汚した。その罪は――」
そこまで言いかけた瞬間、空の文字が重くなる。
【汚したのは誰?】
【右腕の刻印、説明しろ】
【王家紋章は偽物だった】
国王の喉が一度、詰まった。
私の首輪が「ちり…」と鳴る。
感情を揺らすな。息を平らに。
国王は、次の言葉を選び直した。
「……よい。ならば“宣言”する」
ざわめき。
「余は、王位を退く」
一瞬、広場が無音になった。全国の水晶灯の向こうも、同じ沈黙が落ちたのが分かる。
そして、爆発みたいにコメントが降る。
【え?】
【廃位?】
【逃げじゃないの?】
【地下の扉の件は!?】
国王は顔を上げ、平然と続けた。
「王位は、王太子カイルに譲る。これにて混乱は収束する」
カイルが、檻の中でわずかに顔を上げる。
心音字幕が、容赦なく出た。
【……助かった。父が退けば、責任は父に落ちる】
次に国王の心音が混じる。
【……枠を切る。地下を閉じる。証拠を燃やす】
私は、息を吸いすぎてはいけない。
でも、息が冷たくなった。
この人は「退く」んじゃない。
“逃げる”ために、王位を捨てた。
そして、カイルに押し付ける。
全国が見ている場所で、正義の顔をしながら。
私はテロップを落とした。
【王位の譲渡=免罪符じゃない】
国王が目を細める。
「ならば、貴様は何を望む。魔女」
首輪が「ちり…」
この言葉に反応する。怖い、と思っただけで刃が撫でる。
怖い。
でも、怖いまま、出す。
私は息だけで、提案を投げた。
【“新しい女王”を、国民投票で決めよう】
一拍。
次の瞬間、空が割れたみたいにコメントが流れ落ちる。
【は???】
【選挙!?】
【女王!?】
【王太子じゃなくて?】
支持率の数字が、じわ、と揺れた。
多数派が「見たい」と思った瞬間、配信の枠が勝手に拡張する。
画面の端に、新しい枠が生まれた。
【新投票案:王位の在り方】
国王の顔色が変わる。
「馬鹿な。王位は血だ。多数の気まぐれで――」
心音字幕。
【……やめろ。多数派に“権限”を渡すな】
私は、落ち着いて、息で返す。
【多数派は気まぐれじゃない】
【多数派は“現実”】
空の巨大モニターが、また勝手に選択肢を並べ始める。
【投票(提案):次の統治者】
【A:王太子カイル】
【B:国王の指名する者】
【C:国民投票で選ぶ「女王」】
【※Cを選んだ場合、候補者提示に進行】
国王が一歩踏み出そうとして、止まる。
広場の空気が固い。多数派の壁が、国王の足元に見えない段差を作っている。
国王の右腕の刻印が、焦げたように光った。
「余は退くと言った。これで終わりだ」
私は、終わらせない。
終わらせたら、地下が動く。投票が確定した瞬間、地下の扉が開いて、リオンが消される。
いま必要なのは、“確定させない”まま、枠を塗り替えること。
私はテロップを落とす。
【いまの投票A/Bは“私の処刑”のための罠】
【確定した瞬間、地下の扉が開き、対象:リオンが処理される】
【だから、投票の目的を変える】
【処刑の投票を、王位の投票に上書きする】
コメントが熱を持つ。
【それだ】
【弟を救え】
【国を選べ】
支持率が、また上がる。
背中に、どん、と精霊力が流れ込む。
首輪の刃の感触が、少しだけ遠のいた。
国王が、初めて声を荒げた。
「そのような前例はない!」
私は、息で、静かに刺す。
【前例がないから、いま“見られてる”】【歴史が作られる】
光の檻の中で、カイルが歯を食いしばる。
心音字幕が、絶望みたいに出た。
【……やめろ。女王? 誰を立てる気だ】
私は答えない。名前を出せば、感情が跳ねる。首輪が裂く。
でも、最後の一文だけは落とした。
【候補者は――“聖女”だけじゃない】
空がざわつく。
【え】
【聖女は二人って話……】
【女王候補、誰だ】
その瞬間、モニターが勝手に次の画面へ切り替わる。
【候補者提示:準備中】
そして、赤い警告が、薄く点滅した。
【注意:旧投票(A自白/B沈黙)確定まで――残り 01:59】
私の喉の首輪が、「ちり…」と鳴った。
時間が、牙を剥いた。
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