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第60話
しおりを挟む王都が、息をしているみたいだった。
石畳の下から、精霊力が脈打って上がってくる。
私の喉の首輪が「ちり…」と鳴ったのは、恐怖じゃない。
……これ、興奮だ。喜びじゃない。高揚でもない。
“世界が私の枠になる”という、逃げ場のない事実への震えだ。
空に浮かぶ巨大モニターが、ひとつじゃない。
広場だけじゃなく、通り、橋、門、噴水、教会の正面。
屋根の上にまで、光る画面が貼り付いた。
まるで王都そのものが、配信のスタジオセットに改装されていく。
【王都:ライブスタジオ化 進行率 12% → 28% → 41%】
テロップが勝手に増える。
私が操作してない。多数派が「見たい」と思っただけで、都市が反応してる。
人々は、顔を上げる。
目の前の現実と、空の画面が同じ速度で更新されるから。
そして、更新されるたびに、逃げ道が消える。
王城の尖塔に、モニターが貼り付いた。
王家の紋章が刻まれた門にも、モニター。
裏門にも、地下へ降りる階段の入口にも。
映像が“回り込む”。
「……やめろ」
カイルの声だけは出る。
私は声が出ない。
でも、彼の喉が動くたび、視点が寄る。
【自動ズーム:対象A(王太子)】
【心音字幕:強制表示】
【……まずい。枠が増えた。逃がす気がない。】
カイルは、檻の中で膝をついたまま、視線だけを動かす。
その視線の先で、王都が“撮影機材”みたいに光っていく。
彼は理解した。
ここから先、王子の権力は「画面の外」に出られない。
国王が、背を向けた。
逃げるというより、燃やす手順を思い出した動きだ。
右腕の刻印が赤黒く脈打つ。
【心音字幕】
【……枠を切れ。地下を閉じろ。証拠を燃やせ。】
でも、その瞬間。
王都の路地裏の壁に、もう一枚モニターが生えた。
国王の足元を、真上から映す角度で。
【自動視点:俯瞰 対象B(国王)】
【焦点補正:右腕刻印】
隠すための動きが、全部“演出”として回収されていく。
王がどこへ行こうとしているか。
何を握り潰そうとしているか。
視聴者は、もう見逃さない。
「……スカーレット!」
誰かが私の名前を呼ぶ。
広場じゃない。王都のどこかの水晶灯の前だ。
声が重なって、何百、何千。
その“呼びかけ”が精霊力になって、王都の空気を固める。
私は浮いたまま、床に触れない。
触れたら、血と冷たさが心拍を乱す。
首輪が鳴る。
だから、息だけで、テロップを落とす。
【私は、ここ。王都ぜんぶが、今ここ。】
【逃げ場がないのは、私じゃない。】
……喉の内側を刃が撫でた。
怖い、じゃない。
“確信”が危険なんだ。
勝ち筋が見えた瞬間、人は心拍が跳ねる。
首輪はそれを許さない。
王妃――だった器、E-7が、崩れかけたまま立っている。
白い紋は灰に濁り、黒い糸が皮膚下を走る。
彼女は私を見ない。
空を見ている。
空のモニターを。
「わたしは……人間じゃない」
言葉が、今度は“告白”じゃなく、遺言に聞こえた。
器としての彼女は、もう使い捨て扱いだ。
教皇の声が、頭の骨の内側に響く。
『回収は不要。廃棄。次を回せ』
優しい声で、残酷な手順。
それが“正しい物語”だと言い張る神の代理人。
でも。
王都のモニターが、教皇の上書きを弾いた。
礼拝堂みたいな幻が滲んで、配管が見える。
床の血のぬめりが、戻る。
【確認:精霊契約 二要素認証】
【所有者:スカーレット】
【精霊同意:YES】
“優しい嘘”は残らない。
精霊がYESと言った真実だけが、王都の空に定着する。
国王が、呻く。
王都のどこにも隠れられないからだ。
王城の廊下へ逃げても、その廊下にモニターが生える。
地下へ降りても、階段にモニターが貼り付く。
寝室へ逃げても、天井にモニターが浮く。
王家は今、初めて“見られる側”になった。
それも、王都全域の同時多視点で。
そして、最悪のジレンマが、私の背中を殴った。
投票は、まだ進んでいる。
止められない。
確定すれば、地下の扉が開く。
開いた瞬間、リオンが消される。
勝っても、負けても。
私が正しくても、間違っても。
弟は“処理”される仕組み。
空の巨大モニターに、二択が焼き付いている。
【投票】
【A:自白(関与者の名前必須)】
【B:沈黙(有罪確定)】
王都のあちこちのモニターが、同じ二択を映す。
市場の上、学校の壁、兵舎の門、貴族街の噴水。
逃げられない投票。
逃げられない結末。
私の首輪が「ちり…」と鳴った。
“怖い”という概念が、喉の奥で刃になる。
弟を失う未来を想像しただけで、刃が笑う。
だから私は、息でしか戦えない。
息でしか、世界を動かせない。
【王都は、私のライブスタジオ。】
【次に映すのは――地下第三層。黒礼拝堂。】
そのテロップが落ちた瞬間。
王都中のモニターが、一斉に暗転した。
暗転の奥で、扉の刻印だけが光る。
【警告:投票確定まで 残り 00:01:12】
そして私は理解した。
“スタジオ化”は、逃げ場を消すためじゃない。
最後の一分で、誰を救うかを選ばせるための、公開処刑だ。
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