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第61話
しおりを挟む空が、また勝手に割れた。
【王都ライブスタジオ化:進行率 41%→46%】
私が操作していないのに、テロップだけが増えていく。石畳の下から、精霊力が脈みたいにどん、どん、と上がってきて、街そのものが呼吸していた。
首の首輪が「ちり…」と鳴る。
喜びそうになった心拍を、無理やり平らにする。勝ち筋を見つけた瞬間が、いちばん危ない。
空の巨大モニターが、唐突に画面分割を始めた。
王都の処刑台、王城地下第三層、そして――国境線。
【自動ズーム:対象C/国境・西門】
草原の端に、黒い波が見えた。軍旗。槍の森。鎧の列。
コメントが一気に冷える。
【隣国軍だ】
【侵略だろ】
【終わった】
国王の心音字幕が、勝手に走る。
【……来たか。いい。これで“外敵”のせいにできる。放送を切れ】
カイルの心音も、ねっとりと浮かぶ。
【国境を燃やせ。混乱で投票を確定させろ。地下を開け。リオンを処理――】
首輪が「ちり…」と強く鳴った。
怒りは心拍を上げる。怒りは死ぬ。
私は息だけで、精霊石に合図する。
空にテロップが落ちた。
【落ち着け。いま“見えているもの”が真実とは限らない】
国境の映像がさらに寄る。
先頭の騎士が、馬から降りた。
剣を抜かない。槍を構えない。
代わりに――兜を外した。
風に髪がほどけ、顔が晒される。
その男は、地面に片膝をついた。
軍の先頭が、王国の国境で、こちらに向かって跪いた。
【……?】
【侵略じゃない?】
【なんだこれ】
男が、胸元の紋章を指で叩く。
王国の紋章じゃない。隣国の軍紋章でもない。
小さな円。羽根。――そして、見覚えのある印。
私の配信枠に、いつも飛んでくる“いいね”の形に、よく似ていた。
国境の空にも、字幕が自動整列する。
【第七騎士団 護衛隊長 アルノー】
【目的:保護】
「……スカーレット・ルージュ殿」
声は届かないはずなのに、配信が勝手に拾って翻訳する。
「我らは、隣国王都にて貴殿の配信を見ていた者たちだ」
「侵略ではない。救出でもない。――保護だ」
コメントが弾ける。
【フォロワー騎士団!?】
【推しを守りに来た軍隊って何】
【この世界、終わってる(褒めてる)】
アルノーは、背後の軍勢に向けて手を上げた。
槍が一斉に地面に突き立てられる。武器を置く行為。
そして全員が、同じように片膝をついた。
軍隊が、国家じゃなく、一人の“配信者”に礼をした。
国境の石畳じゃない。草の地面が、淡く光る。
精霊力が、そこにも流れている。
王都だけじゃない。世界が、繋がってる。
首輪が「ちり…」と鳴る。
怖い。
“守られる”のが怖い。守られた瞬間、王国は「外敵の侵略だ」と言える。
国王の心音が、それを証明していた。
【隣国が来た。よし。処刑を正当化できる】
私は息で、テロップを落とす。
【アルノー隊長。あなた達がここで剣を抜けば、王家は“侵略”にすり替える】
【抜かないで。代わりに、見せて】
アルノーが、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
理解の速度が、騎士じゃない。炎上慣れしてる。
彼は剣の柄に触れないまま、腰の鞄から一枚の札を取り出した。
軍の通行証。隣国の公文書。
封蝋が、光った。
【真偽判定:封蝋照合 99.8%】
【文書名:保護宣言(配信契約者への一時亡命受け入れ)】
【根拠:精霊契約の不可侵性/多数派権限の国際承認】
国境の空気が、ざわ、と変わる。
“多数派”が、国内だけの遊びじゃないと確定した瞬間だ。
アルノーは宣言した。
「我らは、貴殿を“国家”として奪いに来たのではない」
「貴殿を“人”として守るために来た」
「貴殿の弟――リオン殿の生命が、投票で処理される仕組みがあると知った」
「それは司法ではない。装置だ」
首輪が「ちり…」
心拍が跳ねそうになる。
リオンの名前だけで、喉の内側に刃の感触が走る。
私は、息だけで言う。
【ありがとう。でも、私が国境へ逃げたら、弟は地下で消される】
【投票が確定した瞬間に、扉が開く】
アルノーは、そこで初めて歯を食いしばった。
騎士の態度じゃない。
“推しの地獄配信”を見続けてきた、視聴者の顔だった。
「なら、我らは国境を越えない」
「越えずに守る」
「貴殿の国が“侵略”と言えない距離で、盾になる」
空の巨大モニターが、勝手にテロップを吐いた。
【保護ライン:国境線上/非侵入】
【支援申請:多数派権限】
そして、国境の草原に、光の線が引かれた。
誰の魔法でもない。
“見ている人たち”が、そうあってほしいと思った線だ。
国王の心音字幕が、初めて焦りの温度を帯びる。
【……何だ、その線。国境が、こっちの許可なく――】
カイルの心音は、もっと露骨だった。
【邪魔だ。邪魔だ。投票を確定させろ。地下を開け。今すぐ――】
私は、息を吸う。
首輪が「ちり…」と鳴る。
怖い。嬉しい。どっちも危険。
だから、平らな心拍のまま、テロップだけ落とした。
【国境に“私のフォロワー”が来た】
【王家は、もう「国内の話」で隠せない】
空の画面が、唐突に切り替わる。
【投票残り時間:00:58】
【投票確定→地下扉開放→対象:リオン 処理】
――時間が、ない。
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