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第62話
しおりを挟む国王の右腕の刻印が、赤黒く脈打った。
その瞬間、空の巨大モニターが勝手に寄る。
【自動ズーム:対象B/国王】
【焦点補正:右腕刻印】
見たくないものほど、見られる。
この世界はもう、王家の都合じゃ回らない。
国王は笑った。優しく。いつもの“王様の顔”で。
そして次の瞬間、王冠の内側――髪に隠していた短剣を抜いた。
刃は自分の喉へ。迷いなく。
「これで終わりだ」
声が出る人は、こういう時だけ上手に喋る。
私? 声は出ない。
喉の首輪が「ちり…」と鳴って、心拍を数える。
興奮したら死ぬ。焦っても死ぬ。怒っても死ぬ。
だから私は、息だけで止める。
精霊石に、浅く合図。
空にテロップが落ちた。
【やめろ】
国王の目が細くなる。
「命令するな、魔女」
短剣の先が肌に触れた。血が一筋、浮く。
広場が凍る。全国の水晶灯の前で、同じ息が止まる。
コメントが降ってきた。
【やめろ!】
【逃げるな!】
【死んだら終わりじゃない、始まりだろ】
“多数派”の怒りが精霊力になって、空気が重くなる。
国王の手首が、わずかに震えた。
でも、止まらない。
この人は分かってる。
自分が死ねば、罪は「事故」になる。
自分が死ねば、責任は「もういない人」に集まって終わる。
自分が死ねば、地下も、黒礼拝堂も、リオンも――闇に沈む。
だから。
私は、いちばん痛い言い方をする。
息を整えて、首輪の鳴りを抑え込む。
そして、テロップを落とす。
【死んだら、罪は償えない】
国王が鼻で笑う。
「償い? 誰に?」
その上に、心音字幕が勝手に走った。
【……死ねば、地下は閉じられる。証拠は燃える。投票は“混乱”で無効にできる】
あ。
言っちゃった。心が。
全国が、見た。
国王の笑顔が一瞬だけ固まる。
私は追い打ちをかける。
【あなたが死んだら、“いい人のまま”終わる】
【それが一番ズルい】
首輪が「ちり…」と鳴る。
感情が動いた。危ない。
でも私は、引かない。
息だけで、続ける。
【生きて、罪を償え】
国王の短剣が止まった。
腕の刻印が、痛そうにうねる。
自害って、逃げ道に見せかけた“最終手段”だ。
刻印の持ち主は、自分の都合で終われない。
国王の視線が、私に刺さる。
「お前に何が分かる」
また心音字幕。
【……死にたい。だが死ねない。教皇に“回収”されるくらいなら、自分で……】
教皇。
やっぱり、上がいる。
国王は自分の意志で王じゃなかった。
王冠は飾りで、刻印が首輪で、教皇が鎖。
私は、そこを突く。
【あなたは“逃げ”を選べない】
【なら、逆に利用しろ】
国王が眉をひそめる。
「利用……?」
私は息を吸う。薄く。
首輪が静かになるラインを探しながら、言葉を作る。
【インフルエンサーの流儀】
【燃えてる場所から降りない】
【生きて、全部見せて、全部返す】
国王の喉が鳴った。
「意味が分からん」
分からないなら、分かる形にする。
空のモニターに、勝手に数字が出た。
【進行率:46%→49%】
私が触ってないのに。
王都が“スタジオ化”して、罪の舞台装置が整っていく。
そして、視聴者が“見たい”と思った瞬間――
【新規選択肢提案(多数派権限)】
【国王の処遇】
【1:自害を許す】
【2:生存させ、裁く】
国王の顔色が変わる。
自害は、もう“個人の自由”じゃない。
多数派が、許可しない。
国王は短剣を握りしめ、私を睨んだ。
「貴様……民を煽ったな」
私は首を振れない。笑えない。
ただ、息で落とす。
【あなたが煽った】
【嘘で国を動かした】
【だから今度は、真実で動け】
国王の手が下がった。
短剣の切っ先が石畳に触れて、かすかな音がした。
その瞬間、投票が跳ねる。
【2:生存させ、裁く 78%→84%】
精霊力が“拒否”になって、国王の手首を押さえつけるみたいに空気が固まる。
国王は、膝をついた。
王の膝。
その上に、心音字幕。
【……生きろ、か。地獄だな】
そう。地獄でいい。
地獄は、逃げた人だけが“外”にいる。
残った人は、そこで片付ける。
私は最後のテロップを落とした。
【生きて】
【地下を開け】
【弟を返せ】
国王の刻印が、赤黒く光った。
そして空のモニターが、別の場所へ勝手に寄る。
【自動ズーム:対象C/王城地下・扉】
【警告:投票確定まで残り――】
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