63 / 100
第63話
しおりを挟む国王の喉元に短剣が触れた瞬間、空の巨大モニターは勝手に寄った。
【自動ズーム:対象B/国王】
【焦点補正:王冠内側/短剣】
私は声が出ない。
でも、首輪は出せない声の代わりに、心拍を数えてくる。ちり…ちり…。
感情が跳ねたら、終わり。だから私は、息だけで状況を見届ける。
国王の右腕の刻印が、赤黒く脈打った。
短剣を握る手が、ぶるりと止まる。まるで「そこまで」と鎖で引き戻されたみたいに。
国王の心音字幕が、勝手に走る。
【……死ねない。俺は、回収される】
【……教皇が、来る】
広場の空気が冷える。
王が「死にたい」のに「死ねない」って、最悪の告白だ。
その横で、もっとみっともない音がした。
金属の檻がきしみ、膝をついたままのカイルが、喉の奥で唾を飲む。
配信は容赦なく彼を映す。
【自動ズーム:対象A/王太子カイル】
【心音字幕:強制表示】
カイルの口は、まだ優しい形を保っていた。
「民よ、落ち着いてくれ。これは誤解だ」
でも字幕が、全部を壊す。
【……違う。誤解じゃない。終わった】
【……王が死ねないなら、俺が盾にされる】
【……誰か。誰でもいい。助けろ】
助けろ。
今、彼はそう思った。
私が前に出なくても、世界が勝手に進む。
王都の“ライブスタジオ化”の進行率が、また勝手に増える。
【進行率:46%→48%】
群衆の中で、誰かが叫ぶ。
「助けろって、誰にだよ!」
「いつも上から命令してたくせに!」
カイルは、檻の中で視線を彷徨わせた。
探しているのは貴族でも騎士でもない。
今この場で、彼が最も軽蔑してきた相手。
石畳の端。
粗い手。煤の匂い。作業着の男がいる。
王都の鍛冶屋だ。私の領地の修繕で、夜通し釘を打ってくれた平民。
カイルは、その男を見つけた瞬間に、顔が歪んだ。
屈辱で、歯が鳴った。
「おい……」
声は出る。彼の喉には、私の首輪がない。
「お前だ。そこの……鍛冶屋」
鍛冶屋は、返事をしない。
ただ、モニターを見ていた。
カイルが続ける。
「檻を……どうにかできないか」
「金なら払う。爵位でもいい。王命でもいい。だから――」
心音字幕が、もっと惨めに追い打ちをかける。
【……頼む。こいつらの前でだけは、負けたくない】
【……平民に頭を下げるなんて、吐き気がする】
【……でも助かりたい】
鍛冶屋の目が、ほんの少しだけ細くなった。
それは怒りでも恐怖でもない。
「値踏み」だ。
彼はカイルを見て、ゆっくりと首を横に振った。
そして、何も言わずに背を向けた。
群衆がざわめく。
「無視した!」
「当然だろ!」
「今さら助けろって、誰が助けるか!」
カイルが息を詰める。
檻の中で、肩が小さく震えた。
「待て!」
「待て、頼む、俺は――」
言いかけた瞬間、心音字幕が決定打を叩きつける。
【……俺は王太子だぞ】
【……平民の分際で、俺を無視するな】
その字幕を見た鍛冶屋が、立ち止まった。
振り返らないまま、ただ片手を上げる。
そして、指を一本だけ立てた。
「“王太子”が何だ」
声は小さい。けれど水晶灯が拾い、全国の空に字幕が整列する。
【字幕:平民の声】
『王太子が何だ。俺らのパンを盗んだのはお前だ』
カイルの顔から、血の気が引いた。
優しい仮面が、ひび割れて落ちる。
彼は今、初めて理解した。
命令も金も爵位も、ここでは通用しない。
“多数派”が見ている限り。
そして彼が最も軽蔑してきた平民に、完全に見捨てられた。
その瞬間、国王の右腕の刻印が、また脈打った。
まるで合図みたいに。
空のモニターが勝手に分割され、地下の扉の映像が割り込む。
【警告:投票確定まで残り――】
ちり…、と私の首輪が鳴った。
心拍が、上がりかけた。
勝っても負けても、弟が消える。
なのに世界は、今いちばん盛り上がる瞬間だけを欲しがっている。
【投票率:確定間近】
カイルが、檻の中で私を見た。
泣きそうな顔で、でも泣けない顔で。
そして心音字幕が、最悪の本音を吐いた。
【……スカーレット。お前が止めろ】
【……弟を助けたいなら、俺を助けろ】
——その脅し、まだ使えると思ってるの?
私は息だけで笑いそうになって、首輪が「ちり…」と刃を思い出させた。
空に、次のテロップが落ちる直前。
地下の扉の向こうで、誰かが鍵を回す音がした。
22
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる