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第64話
しおりを挟む国王の短剣が止まった瞬間、空の巨大モニターが――勝手に“引いた”。
王の顔だけじゃない。王都の空、地方の広場、港、畑。画面が自動で分割され、全国の「いま」が並べられる。
私は声が出ない。息だけで、配信の枠に文字を落とす。
喉の首輪が「ちり…」と鳴って、喉の内側を刃が撫でた。
いま心拍が跳ねたら、終わる。だから私は、ただ見る。
国王の右腕の刻印が、赤黒く脈打った。
その脈が、合図みたいに全国へ伝播していく。
水晶灯の前の人々が、同時に胸を押さえた。
次の瞬間、空に新しい字幕が整列した。
【教皇 広域聖務 開始】
【対象:国民全員】
【処理名:魂の回収】
「……回収?」
私の喉の奥が冷えた。首輪がまた「ちり…」。
怖い、と思っただけで刃が動く。だから私は、怖がらないふりをする。
映像の端に、教皇の“優しい”顔が出た。
声は耳じゃなく、骨の内側に直接響く。
『迷える民よ。秩序へ戻りなさい』
同時に、コメント欄が――変わった。
さっきまでの怒りや疑いが、薄い祈りの文言で埋め尽くされる。
同一文体。同じ語尾。同じ間隔。
サクラじゃない。もっと悪質だ。祈りそのものを量産して、流し込んでる。
祈りは精霊力になる。
精霊力は現実を動かす。
そして、教皇の狙いは逆だ。祈りを燃料にして、魂を“吸い取る”。
画面分割の全国映像で、異変が見える。
畑の男が膝から崩れ、目の焦点が抜ける。
港の女が笑ったまま固まり、次の瞬間、息だけが抜けた。
広場の子どもが、泣く前に止まる。
魂が、薄く光って、胸から引き抜かれていく。
透明な糸みたいに上へ伸び、空のどこかへ吸い込まれる。
私は理解した。これは“広域呪詛”。国民全員から、魂を回収する装置。
教皇の声が、さらに深く刺さる。
『多数派が騒ぐなら、多数派ごと静かにすればいい』
『祈りは私が集める。魂は私が管理する』
空に表示が走った。
【信仰吸収 拡大】
【同時接続数:全国】
【回収率:開始】
私の心拍が跳ねそうになって、首輪が「ちり…っ」と強く鳴った。
喉の内側の刃が、今までより近い。
焦るな。焦ったら死ぬ。
でも、焦らなきゃ弟が消える。焦ったら私が消える。最悪の二択。
私は息だけで、テロップを落とした。
【教皇の回収は“接続”で起きてる】
【水晶灯=回線=魂の導管】
【今、全国が“ログイン”させられてる】
教皇は配信を上書きできる。
だけど、精霊契約は偽造できない。
そして王命放送は、もう王家のものじゃない。“見ている人たち”のもの。
なら、逆にする。見せない。繋げない。触らせない。
前世の記憶が、最悪の場面で役に立つ。
炎上を止める時、私がやったこと。
コメント欄の毒を遮断する時、私がやったこと。
――全ユーザーブロック。
全員をブロックして、まず“入口”を閉める。
私は息を整えた。
首輪が鳴らない速度で、ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。
禁忌の精霊石が、私の意図を拾う。空が勝手に震えた。
【機能提案:全ユーザーブロック】
【権限:多数派】
【注意:視聴・接続の遮断を伴います】
全国のコメントが一斉に止まった。
いや、止めたんじゃない。
“入ってこなくなった”。教皇の祈りの量産文も、流れの途中で途切れる。
画面分割の全国映像で、魂の糸が――揺らいだ。
引っ張っていた力が弱まり、糸が戻り始める。
胸へ、身体へ、持ち主へ。
教皇の“優しい”顔が、初めて歪んだ。
『接続を、切るな』
骨の内側に圧が来る。跪け、と。
でも、いまは違う。支持率80%の拒否は、圧を拒む。
国王の右腕の刻印が、狂ったように脈打った。
赤黒い光が、全国の水晶灯へ走る。
回線を無理やり繋ぎ直そうとしてる。
私は息で、最後の一文を落とした。
【ブロック対象:教皇/回収系命令/祈り量産クラスタ】
【全ユーザーブロック=“魂の接続拒否”】【実行】
空が、無音になった。
全国の水晶灯が、一斉に暗転する。
視聴者を守るための遮断なのに、私の枠まで落ちかける。
――その瞬間、地下第三層の巨大モニターだけが、勝手に点いた。
【例外接続:王宮地下・黒礼拝堂】
【回収元:ここ】
【最優先対象:リオン】
【投票確定まで 残り:00:59】
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