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第88話
しおりを挟む「――王太子カイル。処分、確定」
空が勝手に言った。
私はもう、喉を押さえなくていい。
息を止めて心拍を誤魔化す必要もない。
なのに、胸の奥だけが冷えている。
赤字のまま残ってるからだ。
【投票連動:地下扉開放→対象:リオン 処理 待機中】
弟の命は、まだ“待機”のまま。
誰かがボタンを押せる形で残ってる。
だから私は、笑わない。
勝った顔もしない。
勝利は、弟を殺す引き金になり得る。
空に、新しい枠が立った。
【新規配信枠:処分の執行/視聴者監査】
【形式:24時間観察チャンネル】
【対象:王太子カイル(元)】
……視聴者監査。
つまり、監獄より重い。
黄金の檻の中で、カイルが顔を上げた。
膝を折ったまま、いつもの“優しい声”を作る。
「君は、残酷だね。そこまで見せ物にするのか」
でも、心音字幕は逃げない。
【……殺せない。だから飼い殺し。なら、隙を待つ】
【……回線が残ってる。地下のボタンも、どこかに】
私は息を吐き、テロップを落とす。
『残酷なのは、あなたが“弟を処理ボタン”にしたこと』
コメントが降る。
怒りが、精霊力の粒になって石畳を震わせる。
【逃がすな】
【労働させろ】
【一生配信しろ】
【弟を返せ】
空が、選択肢を出した。
【処分案】
A:極刑(即時)
B:辺境送り(終身労働)+24時間監査配信
C:国外追放(保護宣言先へ引き渡し)
票は、迷いなくBに吸い寄せられる。
極刑は簡単だ。
でも簡単さは、いつも“隠れる場所”を残す。
死んだら、終わる。
終わったら、地下が閉じる。
閉じたら、弟が消える。
私は、Bを選ぶしかない。
【確定:B 87%】
【処分:辺境送り(終身労働)】
【付帯:24時間観察チャンネル 常時配信】
【改ざん:不可(精霊契約ログ)】
黄金の檻が形を変えた。
鎖じゃない。
“視線”でできた首輪が、カイルの首に落ちる。
「……ふざけるな」
心音字幕が追いかける。
【……俺が働く? 泥を? 寒さを?】
【……誰か、切れ。回線を。地下を――】
でも、契約条項が空に再掲される。
【契約条項:触れるな】
【対象:スカーレット/弟/回線/投票】
【抜け道禁止/命令禁止(迂回含む)】
カイルは、命令すらできない。
“王太子”の得意技が、全部封じられてる。
そして次の瞬間、画面が切り替わった。
王都の空から、白い雪の空へ。
荒野。
風が刃みたいに吹いて、地面は凍っている。
小屋が一つ。
その前に、痩せた畑と、石の採掘場。
テロップが冷たい。
【辺境第六監督区:北礫(ほくれき)】
【気温:-18】
【本日の作業:薪割り/採掘/水汲み】
【視聴者数:国内+海外 同時接続】
カイルが転送される。
豪奢な服は消え、粗末な作業着に“置換”された。
道具だけは、逃げないように最低限。
彼は立った瞬間、膝をついた。
寒さにじゃない。
“見られている”圧にだ。
「……誰が、こんな」
心音字幕。
【……屈辱だ。だが耐えろ。耐えれば、必ず――】
耐える?
何を?
弟の命を“材料”にしてきた人間が?
画面が自動で寄る。
カイルの手。
指先は白く、すぐに赤く割れた。
コメントが容赦ない。
【痛い?】
【それが普通だよ】
【孤児院の子は冬にそれしてた】
【王都で君が奪った分だ】
彼は薪を割ろうとして、斧を落とした。
拾おうとして、指が震える。
水桶を持ち上げようとして、腰が折れる。
王太子の“優しさ”は、ここでは通貨にならない。
汗だけが、通貨だ。
私は王都の空を見上げる。
新しい枠のタイトルが、勝手に確定していた。
【24時間観察チャンネル:元王太子カイルの更生配信】
【ルール:停止不可/改ざん不可/逃走不可】
【視聴者権限:作業監査/虚偽検知(心音字幕)】
……更生。
言葉だけは綺麗だ。
でも本当は、監視だ。
私の指先が冷える。
弟の赤字が、まだ消えないから。
私はテロップを落とす。
今度は、誰に見せるでもなく。
『見て。これが“多数派”の罰』
そして、最後に。
『次は――地下の扉を止める。リオンを地上へ』
空が、赤字を点滅させた。
【警告:投票連動 待機中】
【残り猶予:不明】
【地下扉:応答 あり】
……扉が、まだ“生きてる”。
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