89 / 100
第89話
しおりを挟む配信枠が、初めて静かになった。
空に浮かぶコメントも、支持率も、心音字幕もない。
――怖い。
静かすぎて、逆に怖い。
私は精霊石を握りしめ、息だけでテロップを落とす癖を噛み殺した。
もう首輪はない。浮遊の制約も消えた。
なのに、喉の奥がまだ「ちり…」と鳴る気がする。
「……姉上」
声。
本物の声が、暗い部屋の隅から私を呼んだ。
リオンは毛布にくるまって、椅子に座っていた。
王城地下の石の匂いが、まだ髪に残っている。
それでも、目はちゃんと私を見ている。
「声、出していいの?」
私は言ってから気づく。
私も、声を出している。
リオンは小さく笑って、すぐに口を押さえた。
「姉上が……笑うと、また死ぬと思って」
その言い方が、私の胸に刺さる。
「もう死なない」
言い切るだけで、息が震えた。
泣きそうになって、私は指で眉間を押さえた。
泣いたら死ぬ世界は終わった。
でも、泣くのはまだ怖い。
怖さが残っていることが、悔しい。
リオンは、私の指先をそっと掴んだ。
「配信……切ったの?」
「切った。初めて」
「……世界、見てない?」
「見てない」
その瞬間、リオンの肩から力が抜けた。
まるで、ずっと誰かに見られている前提で呼吸してたみたいに。
私は部屋の灯りを少し落とす。
王城の部屋なのに、豪華さは要らなかった。
欲しいのは、ただの夜。
「姉上」
「なに」
「僕、消されるって……ずっと言われてた」
「……うん」
赤字のテロップが脳裏に浮かぶ。
【投票連動:地下扉開放→対象:リオン 処理 待機中】
あれはまだ消えていない。
誰も見てない夜でも、世界のどこかで“待機”している。
「姉上が勝っても、僕が消えるって」
「うん」
「じゃあ……姉上は、どうして勝ったの」
答えは簡単なのに、言葉が重い。
勝たないと私が死んで、結局リオンも消されるから。
でもそれを言うと、彼の心がまた地下に戻る気がした。
「勝ったら、助ける方法を探せる」
私はそう言った。
嘘じゃない。
ただ、今夜だけは“方法”の話をしたくない。
リオンは頷いて、膝の上の手をぎゅっと握った。
「……姉上、眠れる?」
「眠れる。たぶん」
「僕は、まだ……扉の音がする」
私は立ち上がり、彼の隣に座った。
距離を詰めると、彼は一瞬だけ身を固くした。
触れられることが、まだ怖いんだ。
「大丈夫。ここは地上」
私は言いながら、彼の背中に手を置いた。
ゆっくり。ゆっくり。
拒絶されてもいい速度で。
リオンの呼吸が、少しずつ揃っていく。
その音だけで、私は胸がいっぱいになる。
それでも、泣かない。
今夜は泣かない。泣くなら、明日でいい。
「姉上」
「なに」
「配信の中の姉上、怖かった」
「……うん」
「でも、すごかった」
「……うん」
リオンは小さく首を振った。
「姉上がすごいの、嫌だった」
「どうして」
「姉上が……遠かった」
遠かった。
処刑台の上で、私は“多数派”の盾を持って、王家を裂いて、世界を動かした。
でもその間、弟の手を握ることはできなかった。
「ごめん」
私は謝った。
謝るしかない。
強くなることと、そばにいることが両立しない夜が、確かにあった。
リオンは首を振る。
「姉上が悪いんじゃない」
「じゃあ誰が悪い」
「……カイル」
その名前が出た瞬間、部屋の空気がひやりとした。
配信はオフ。
でも“元”王太子の影は、まだこの国の骨に刺さっている。
監査チャンネルで縛られても、彼が残した仕組みは残る。
地下の扉。投票連動。処理待機。
「ねえ、リオン」
「うん」
「今夜だけ、考えるのやめよう」
「……やめられる?」
「やめる」
私は言い切って、彼の額に自分の額を軽く当てた。
リオンが驚いて目を見開く。
それから、少しだけ笑った。
「姉上、変なことする」
「変でいい」
私は毛布をもう一枚引き寄せて、二人の膝にかけた。
王宮の寝具は柔らかすぎて、逆に現実味がない。
それでも今は、それでいい。
「姉上」
「なに」
「明日になったら、また世界が見てる?」
「……見る」
「また、姉上は強くなる?」
「なる」
「じゃあ僕も……強くなる」
私は頷いた。
強くならないと、生き残れない国だ。
でも、強くなる前に――
今夜だけは、ただの姉でいたい。
灯りを落とす。
外の廊下の足音も、遠い。
世界の喧騒も、遠い。
リオンが、私の袖を掴んだ。
「姉上、行かないで」
「行かない」
「……約束」
「約束」
その言葉を交わした瞬間、胸の奥で何かが小さく鳴った。
首輪の音じゃない。
もっと古い、もっと人間の音。
そして私は気づく。
配信を切っても、終わってない。
赤字の“待機中”は、まだ生きている。
今夜が静かなほど、明日の地獄は鮮明になる。
リオンの呼吸が、眠りに落ちる。
私はその音を数えながら、窓の外の闇を見た。
空には何も映っていない。
――なのに。
私の視界の端で、ありえない文字が一瞬だけ滲んだ。
【投票確定まで:残り 00:09:58】
11
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる