断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ

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第95話

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辺境の朝は、音が少ない。

王都みたいに、空が騒がない。

カイルはそれが怖かった。

誰も「殿下」と呼ばない。誰も跪かない。誰も、彼の顔色を読まない。

代わりにあるのは、風と砂と、乾いた咳。

そして――止められない「配信枠」。

空の端に、小さな表示が貼りついている。

【24時間観察チャンネル:対象/王太子カイル(元)】

【ルール:停止不可/改ざん不可/逃走不可】

【虚偽検知:心音字幕(強制)】

彼は、ここでも“見られて”いた。

ただし今度は、守ってくれる檻じゃない。逃げ道を塞ぐだけの監視だ。

「……水」

喉がひりつく。

言葉にした瞬間、心音字幕が走る。

【……誰か、持ってこい。命令しろ。】

【……違う。俺はもう命令できない。】

彼は自分の本音に、顔を歪めた。

命令禁止。抜け道禁止。迂回も禁止。

スカーレットと“契約”したあの条項が、まだ彼の指を縛っている。

水桶を抱えて走ってきたのは、痩せた少年だった。

裸足。膝に古い傷。

けれど目だけは、強い。

「飲む?」

少年は、桶を差し出した。

敬語じゃない。媚びもない。

カイルは反射で怒鳴りそうになって、喉が詰まった。

王都では、そんな口を利いた瞬間、鞭が飛んだ。

だがここでは、誰も飛ばさない。

「……助かる」

そう言うのが、彼は初めてだった。

少年は、顔をしかめて笑った。

「へえ。言えるんだ」

その言葉が、胸に刺さる。

言えなかった。

言う必要がない世界に、彼はいた。

仕事は、土を運ぶことから始まった。

干上がった畑に水路を通す。

石をどかす。砂を掘る。

そして、崩れたらまた積む。

腕が震える。指が裂ける。

肩が抜けそうになる。

彼は何度も膝をついて、砂を吐いた。

【……こんなの、下民の仕事だ。】

【……でも、やらないと終わらない。】

終わる?

何が?

彼の中で、答えは分かっていた。

“終わらない配信”だ。

働かない姿も、逃げる姿も、嘘も、全部が記録になる。

そして、その記録は消えない。精霊契約のログだから。

昼過ぎ、倒れた彼の影を、誰かが覆った。

古い外套。

汗臭いけど、あったかい。

「寝るな。死ぬぞ」

低い声。

振り向くと、白髪の男が立っていた。

片腕がない。

もう片方の手で、器用に縄を結んでいる。

「お前、王都から来たやつだな」

「……そうだ」

「顔がいい。腹は黒そうだ」

言い方が雑で、でも正確だった。

カイルは笑いそうになり、喉が詰まった。

笑っていいのか分からない。

男は、土のうを渡してきた。

「持て。お前の分だ」

「俺に、こんな……」

「お前にもだ。ここはそういう場所だ」

“ここはそういう場所”。

その一言が、カイルの胸を殴った。

王都では、場所が人を決めた。

貴族は座り、民は跪く。

それが秩序だと、彼は教えられてきた。

でも、ここは違う。

立っている者が、働く。

倒れた者を、誰かが起こす。

夕方。

水路に、細い水が通った。

最初は泥色で、すぐに澄んでいく。

畑の端で、子どもたちが歓声を上げた。

「水だ!」

「明日、植えられる!」

カイルは、その声で息が止まりそうになった。

自分が、かつて捨てた声だ。

王都の帳簿で「調整」して、飢饉対策を遅らせた。

配給を削り、誰かの生存を数字にした。

【……俺が削った分だ。】

【……俺が笑っていた分だ。】

膝が震える。

砂に落ちた汗が、塩の味になる。

「……すまない」

口から、勝手に出た。

誰も返事をしない。

許しも、罵りもない。

ただ、作業が続く。

それが、いちばんきつかった。

怒鳴られたほうが、殴られたほうが、まだ“罰”として終われる。

でもここは、終わらせてくれない。

夜。

焚き火のそばで、彼は握り飯を受け取った。

昼に水をくれた少年が、隣に座る。

「なあ」

少年は言った。

「王都の王子って、ほんとに“全部”持ってた?」

カイルは答えられなかった。

持っていたのは、権限と嘘と、命令できる空気だけ。

水も土も、誰かの手も、何ひとつ自分のものじゃなかった。

握り飯が、喉につかえる。

噛むたびに、胸の奥が熱くなる。

それが何か、彼はもう知っていた。

「……俺は」

声が震えた。

「俺は、何も……」

言葉が続かない。

目が勝手に滲む。

情けないほど、止まらない。

【……泣くな。】

【……泣いたら、終わる。いや、もう終わってる。】

【……俺は、終わった。】

少年は、黙って火を見ていた。

そして小さく言った。

「泣けるなら、まだ働けるな」

その一言で、カイルの肩が崩れた。

泣きながら、彼は握り飯を食べた。

泣きながら、明日の土のうを数えた。

泣きながら、働く場所を探した。

空の端で、観察チャンネルが淡々と記録する。

王都で“優しい王子”だった男が、辺境で泥だらけになっていく姿を。

そして、彼は初めて理解した。

多数派は、嘘も作る。

でも同じくらい残酷に、真実も作る。

いま彼を生かしている真実は、たった一つ。

彼が捨てた人々が、彼を殺さず、使っている。

そのほうが、この土地が少しだけ良くなるから。

カイルは泣いたまま、土のうを抱え直した。

逃げる場所はない。

終わらせ方もない。

――この地獄だけが、彼に与えられた“生”だった。

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