97 / 100
第97話
しおりを挟む泣いても死なない。
それが、こんなに怖いなんて思わなかった。
卒業ライブ枠を開いた瞬間、王都だけじゃない。港町の水晶灯も、山間の村の水晶灯も、夜勤の工房の隅の水晶灯も、いっせいに点いた。
空が、また“コメント欄”になった。
《戻った……》
《生きてた》
《やっと息ができる》
その文字が降るたび、私は「助かった」と言われている気がして、胸が詰まる。
――いや。助かったのは、私だけじゃない。
みんなもずっと、息を止めて見ていたんだ。
私が枠を切った夜、世界は静かだった。
でも静かだったのは、優しさじゃない。ただ、喉元まで溜めた声を、出す場所がなかっただけ。
今は違う。
声が、出てしまう。
《うちの親父、回線で持ってかれたままなんだ》
《祈ったのに、返ってこない》
《水晶灯が怖い。でも消したら生活が死ぬ》
《誰が返してくれるの》
慟哭って、こんなに文字になるんだ。
泣き叫ぶ代わりに、人は書く。書ける場所があると、止まらなくなる。
私は息を吸って、吐いた。
禁忌の精霊石が、私の意思を待っている。昔みたいに勝手に命令しない。
“あなたが言うなら、やる”
そういう目で、静かに光っている。
だから私は、逃げられない。
《スカーレット、助けて》
《契約者なんでしょ》
《王なんでしょ》
《返してよ》
画面の向こうに、顔はない。だけど、生活がある。
パンを焼く手。網を引く手。薬草を刻む手。子どもの髪を撫でる手。
その手が、祈りの燃料にされて、魂を吸われた。
私は、王になりたかったわけじゃない。
でも空は言う。「契約者」。みんなは言う。「王」。
そして赤字のログは、今も私の脳裏に貼りついたままだ。
【投票連動:地下扉開放→対象:リオン 処理 待機中】
客間で眠る弟の寝息を思い出す。
あの子の髪に残っていた、地下の石の匂い。
守れた。
でも“待機中”は、待っている。いつでも、どこでも、何かのきっかけで。
《弟くん、まだ危ないの?》
《その赤字、消して》
《消せないの? 王様なのに》
――王様だから、消せない。
多数派の意思が現実になる世界で、私が勝手に“なかったこと”にしたら、次に消されるのは誰?
「真実と嘘の境界」を、私が塗りつぶした瞬間。
私は、カイルと同じになる。
喉に刃がないのに、喉が痛い。
私はテロップを落とした。
【泣いていい】
一瞬、コメントが止まる。
そして次の瞬間、降ってきたのは言葉じゃなくて、ただの“嗚咽”みたいな文字列だった。
《ぁ》
《う》
《……っ》
《ごめん》
《こわかった》
《ずっと、こわかった》
私は初めて、泣いた。
誰にも見せないつもりだったのに、配信は見逃さない。
頬を伝う熱が、落ちていく。
死なない。
死なないから、泣ける。
泣けるから、みんなの泣き方が分かる。
「全部、私が直す」なんて言えない。
言ったら、嘘になる。
それに――私が直す世界は、私が壊せる世界だ。
そんな権限、持ちたくない。
私はもう一度、息で文字を落とす。
【私は神じゃない】
【だから“全部”は無理】
【でも、逃げない】
コメントが荒れる。怒りも混ざる。期待も混ざる。
その混ざり方が、現実を作る。
怖い。
だけど、今の私は逃げないって決めた。
私は続けて、最後のテロップを落とした。
【この枠は、今日でいったん終わり】
《え?》
《やめないで》
《また消えるの?》
私は首を横に振る。
声は出るようになったはずなのに、ここではまだ、文字のほうが正直だ。
【消えない】
【回線は残る。水晶灯は生活の灯】
【だから“切る”じゃなくて、“置く”】【ここに】
置く。置いて、みんなに返す。
王命放送じゃなく、スカーレットの枠でもなく。
“生活の灯”として。
そして私は、ほんの少しだけ、希望を混ぜた。
混ぜないと、世界はまた憎しみに飲まれる。
魔神は憎しみで増える。なら、逆を入れるしかない。
【またいつか】
【どこかで】
【配信するかもね】
《……待ってる》
《今度は、笑って見たい》
《弟くんも一緒に》
私は笑いそうになって、慌てて口元を押さえた。
もう死なないのに、癖が残ってる。
それでも、笑っていい未来を、想像してしまった。
精霊石が、静かに光る。
“意思待ち”の光。
私は最後に、赤字のログを見つめた。
待機中の処理。
弟の名前。
世界の嘘の残骸。
そして、枠の外にいる無数の生活。
――泣いていい。
泣いたぶんだけ、次は、嘘じゃない言葉を選べる。
私は枠を閉じる。
空の文字が薄れていく。
最後まで残ったのは、たった一行だった。
《またね、スカーレット》
11
あなたにおすすめの小説
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする
藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。
そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。
派手な魔法も、奇跡も起こさない。
彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、
魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。
代わりはいくらでもいる。
そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。
魔法は暴走し、結界は歪み、
国は自分たちが何に守られていたのかを知る。
これは、
魔法を使わなかった魔術師が、
最後まで何もせずに証明した話。
※主人公は一切振り返りません。
獣舎の全魔獣を管理していた私を、無能呼ばわりで解雇ですか?じゃあ好き勝手に旅をします。困っても知りません。
藤 ゆみ子
ファンタジー
光属性の魔力を持つフィーナは聖女の一人として王宮に就職するが、一向に治癒魔法を使うことができなかった。聖女として働けないと解雇されるが、帰る家なんてない。
そんな時、日々の癒しのためにこっそり行っていた獣舎の魔獣たちが騎士団長グランディに頼み、獣舎の掃除婦として働くことに。
実はフィーナの持つ魔力は人ではなく、魔獣や魔物に使えるものだった。
無自覚に使い魔たちを癒していたフィーナだったが、グランディに気に入られていることに不満を持つ王女に解雇されてしまう。
フィーナは王女の命令なら仕方ないと王宮を出る。
今だ見たこともない魔獣と出会うため、かつての親友だった魔獣のキュウと再会するために旅に出ることにするが、思わぬ事件や問題に巻き込まれていく。
一方でグランディや魔獣たちはフィーナを取り戻すため奮闘する。
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。
三月べに
恋愛
聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。
帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!
衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?
何故、逆ハーが出来上がったの?
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる