誰が、どうして、彼女を殺したか

さくら

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「成程。過去のお姉さんや知人と、未来のお姉さんが鉢合わせにならないようになっているんですね」
「おそらく。でも今回、少し妙なのよ」
「妙?」
 小首を傾げる愛瑠に、恵は難しそうな表情で大仰に頷いた。
「今回、事件の瞬間に私は現場にいなかった。でも、よく知った人達がいた。だから過去に戻るなら、事件の直前か、事件の直後だと思っていたわ。なのに何故か、私はここにいる。事件が起こるまで、だいぶ時間もあるのに」
 恵は時計ではなく、傾きかけている太陽を見て言った。事件が起こるのは日没後なのだろうか。
「それにね、ここから事件現場へは少し距離があるのよ。歩けない距離ではないけど、現場以外の場所に時間を遡ったことっていままでなかったから、不思議で」
「それは確かに妙ですね。現場以外に現れた原因に心当たりは?」
 逡巡する素振りを見せてから、恵が小さく頷く。
「一応、あるわ。過去に戻った私は、いつも誰とも顔を合わせない。未来を変えてしまわないために、大勢の野次馬に混ざったことはあっても、誰かと正面から顔を合わせたことはないの」
「なら、なんで私の前に……」
「今回、事件現場には私のよく知る人達がいたし、現場は密室だった。そのせいで事件前後の現場には戻れなかったんだと思う。優とあなたにも関係深い事件だから、余計に」
 現場が隠れる場所のない密室で知人もいたのなら、事件の瞬間に戻れなかった理由としては充分だろうか。
「今日が事件当日なら、いまも事件前と言えます。なら考えるべきは、何故、お姉さんが私の前に現れたのか。ここに謎を解くための鍵がありそうでは?」
 未来の愛瑠が事件関係者だというのなら、いまの愛瑠が事件の話を聞いてしまうのはまずいはずだ。なのに恵は、鬼気迫る様子を隠そうとしながらも、愛瑠に声をかけてきた。
 なら、愛瑠が未来を知ることで解ける謎がある。と考えるのは安易だろうか。
 恵も判断がつかないのだろう。唇に指先を当て、困惑と焦燥と僅かな苛立ちを表情に滲ませて、独り言を呟いている。
「愛瑠ちゃんと会っても、どうせ未来に関する口封じは成される。でも、もし優に……」
「口封じって、なんだか物騒な単語ですね」
 考えを整理している様子の恵に、愛瑠は思わず口を挟んでしまった。
 恵ははたと口を噤むと、改めて怪訝な表情を向けてくる。
「愛瑠ちゃんは本当に、私が未来から来たって話を信じてるの?」
「勿論。そういう奇妙な体質なら、私も持っていますから」
 愛瑠が笑顔で答えると、恵は表情いっぱいに困惑を滲ませた。
「どういうこと?」
「見えるんです。子どもの頃から。所謂、運命の赤い糸が」
 小指から伸びる赤い糸。糸を垂らしている人は全員、その先に結ばれるべき運命の相手が存在する。中学の担任も、友人の姉も、友人も。みんな指から赤い糸を垂らしていて、糸で繋がる相手と結ばれた。
 糸を垂らしていない人は、まだ運命の相手と出会えていない証だ。
 高校生の頃、母親と保険の勧誘にやって来た男性が顔を合わせた瞬間に、二人の指に赤い糸が垂れるのを目撃した。母親が彼と再婚したのはそれから一年半後のことだ。
「お姉さん、未来で結婚していますか?」
「ええ。二ヵ月前に籍を入れたばかりよ。いまから丁度、十ヵ月後ね」
「お相手は溝口恒太さんですよね。職場の上司だと、以前に紹介してくれた」
 恵は目を見開き「本当に見えるのね」と呟いた。
「はい。でも残念ながら、私の指には、赤い糸は見えないんです」
「え」
 愛瑠の指に赤い糸がないことは、優が愛瑠の運命の相手ではないことを意味する。その事実に気付いたのだろう恵が「でも」と慰めるように口を開いた。
「自分のことだけはわからないってことも……」
「そうならいいんですけど」
 曖昧な笑みで誤魔化して、話題をもとへと戻す。
「それで。これから起こる事件って、どんなものなんですか?」
 恵は答えていいものか悩んでいる様子だったが、あまり間を置かずに事件の内容を話して聞かせてくれた。
 恵にとっては一年前。愛留にとっては明朝。泥酔した男が自分のベッドで目を覚ますと、腕の中で恋人が死んでいたのだという。男の手には包丁が握られ、刃は女の胸に深く突き刺さっていた。男は驚愕し、取り乱しながらもすぐに警察へと通報した。
 本件は殺人事件として扱われ、警察は男の犯行であると判断したそうだ。遺体には胸部への一撃の他に腹部にも複数の刺し傷があったが、女が抵抗した痕跡はなく、眠っているところを襲ったと見るのが妥当らしい。女からもアルコールが検出され、男の証言から、前日の晩に二人が一緒に酒を呑んでいたことは間違いない。だが泥酔した男の記憶は不明瞭で、リビングで呑んでいたところまでは覚えているが、ベッドに移動した記憶はなく、当然、女を刺した記憶もないという。
 犯行に使われた包丁は男の部屋の台所に常備されていたもので、二人が呑んで眠っていたのも、男が暮らすアパートの一室だった。男は酔うと朝まで起きることなく眠り続ける体質ではあったが、酒を呑んで暴力を振るうようなことは過去に一度もなかったと、複数の友人から証言が出ている。男が女を殺す動機も存在していなかった。
 本当に男が女を刺したのか。恵は一年が過ぎた事件の真相を知りたいと強く願い、気付けばここに立っていたという。
 
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