誰が、どうして、彼女を殺したか

さくら

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「事件については何度も調べて、警察から聞き出せることは全て聞いた。でも、どうしても謎が解けないの。彼が犯人なわけがないのに、未だに無実を証明できない」
 絶望に染まった表情で、恵が捲し立てる。
 彼女が容疑者の無罪を信じる理由はわからないが、それよりも愛瑠には気になる点があった。
「その事件に、私と優はどう関係しているんですか?」
 未来を変えてしまう危険性からか、恵は口を噤んでいる。
 仕方がない、と愛瑠は腕時計を確認した。思ったよりも時間が経過している。
 そろそろ夕食の材料を買って帰らなければ、優の帰宅に間に合わない。恵の話は興味深いが、愛瑠にとっては今後関わるかもしれない事件よりも、優のために造る夕食のほうが大事だ。
 真剣に悩んでいる恵を置いて帰るのは多少なりとも気が引けるが、過去へ飛んで来たということはいずれ事件の真相は暴かれるのだろう。そうすれば恵の憂いも晴れるのだろうし、晴れなければ未来の愛瑠に相談してもらえばいい。
「すみません。そのお話、もう少し聞いていたいんですけど、もう帰らないと。本当にごめんなさい」
 愛瑠は断りを入れて、帰宅途中にあるスーパーに急ごうと、恵の横を通り抜けようとした。が、腕を掴まれて止められてしまう。
「お姉さん。本当に悪いんですけど……」
「これは言ったら駄目なことだと思う。未来を変えてしまうことだって理解してる。でも私はもう、覚えのないことで責められて、苦しむ弟の姿を見たくないのよ!」
 そう叫んだ恵は、驚愕の真実を口にした。
 事件の容疑者は優で、殺害された女は愛留だと言うのだ。
「優は逮捕された。この一年、殺人犯と呼ばれ、世間から責められ、友人を失い、追い詰められて疲弊してる。裁判も不利な状況で、本当に辛そうなの。自分は殺してないって何度も訴えてる。勿論、私は弟の無実を信じてるわ」
 恵の手が離れると、あまりの力強さに痛んだ腕を愛瑠はそっと摩った。視線の先では感情的になっている、否、感情を抑えることをやめた恵が我を忘れた様子で口述を続けている。
「でもあの子、あんなに追い詰められながらも怒るの。真犯人に対して、自分が辛い目に遭っていることではなく、あなたが殺されたことを怒るの。どうして彼女が殺されなきゃいけなかったんだって。優は、愛瑠ちゃんのことを本当に愛していたのよ」
 愛瑠に知ってほしいというよりは裁判官に訴えかけるように、恵は弟の無実と愛情を主張している。
 献身的な恵の金切り声を聞きながら、愛瑠は謎の答えを悟った。
 未来の自分が死後も優に愛されている。それを知った瞬間、愛瑠は事件の全貌を理解した。すとんと、納得のいく答えが胸の奥に収まったのだ。
 思わず笑みを零しそうになるのを耐える愛瑠に、涙を滲ませた恵が縋りついてくる。
「だからお願い。予定が出来たとでも言って、今日は優のもとには帰らないで。あなた、まだ自分の部屋を引き払っていないわよね? 今日はそっちに……ううん、それでも犯人に狙われるかもしれない。ご実家にでも帰ったら? ストーカーがいるとでも言って、ご両親や警察にも警戒してもらって。しっかり安全を確保した上で、優から離れて!」
 優が犯人扱いされてしまわないように。優が恋人を喪って悲しむことのないように。恵は思いつく限りの策を口にしているようだ。
 弟想いの姉だ。少なからず愛留の身も案じてくれているようだが、なにより心から、これ以上、心身共に追い詰められていく弟を見たくないと思っているのだろう。
 殺人犯のレッテルを貼られて、未来の優は社会的立場も危うくなっているはずだ。世間から白い目を向けられ、彼も家族も、これから先ずっと後ろ指をさされながら生きることになるのかもしれない。
 切実な訴えをしてくる恵の様子から、未来の優の苦しみが窺える。愛留が死ぬことで、心も体も限界まで弱っているのだろう。
 ぞくりと、全身を快感が走った。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
 愛留は恵の肩にそっと触れ、彼女を安心させるように微笑んだ。
「私は誰にも殺されません」
「じゃ、じゃあ今日はご実家に――」
「いいえ。彼の部屋に帰ります」
 恵の言葉を遮って穏やかに答える。
 彼女は真っ青な顔をして頭を振った。
「だ、駄目。言ったでしょ。このまま帰ったら、あなたは弟の部屋で誰かに殺されるの」
「誰かじゃありません。私、わかったんです。私を殺した犯人と、動機も」
 人差し指をぴんとたて、愛留は探偵にでもなった気分で語ってみせる。
「朝、優の腕の中で私は死んでいた。事件発覚の前日、私達はアパートでお酒を呑んでいた。それって不思議です。私達、別にいつもお酒を呑んでいるわけじゃないのに。買ったとしても、私は缶ビールを二本しか買いません。泥酔した彼が朝まで目を覚まさないのを知っているから、家では一人一本までと決めているんです。なのに何故、今日に限って私は、彼が潰れるほどのお酒を買って帰ったのでしょう?」
 疑問形にしながら、愛瑠は恵の回答を待たなかった。
「答えは簡単です。彼を酔わせて眠らせる必要が、私にあったから」
「……どういう意味?」
 
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