アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第一章 輪廻のアルケミスト

第5話 三女神

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「…………」

 アウローラは無言で黙ったまま、僕とその女神と思しき女性を見比べている。

「ねえ、なんとか言いなよ!」
「……あなたの提案が受け容れられないからですよ。フォルトナ」

 けしかけるような言葉を浴びせられ、やっとアウローラが口を開いた。

「あーあ、またそうやってイイコちゃんぶって、一人だけで暴走するんだ?」

 フォルトナと呼ばれた女神は、不機嫌を露わにして足を組む。弾みか合図か、彼女の座る椅子は急降下し、床に落ちた。

 だが、衝撃音などはない。フォルトナはにやにやと笑いながら僕を眺め、大胆に足を組み替えた。彼女の足を包む金属製の防具や靴が、硬質な音を立てた。

「初めまして、グラス=ディメリア」

 赤みがかった白色の翼を好戦的に広げ、フォルトナが見下すように僕を見つめている。

「あなたは下がっていなさい、フォルトナ」

 アウローラが静かに牽制したが、フォルトナは片眉を持ち上げただけで聞き入れなかった。

「転生の条件って聞いてる?」

 不死鳥のような飾りのついた杖を弄びながら、フォルトナが僕に話しかける。条件らしい条件は聞いていなかったので、僕は首を横に振った。

「その者と話す必要はありません。転生は私が行います」
「私が、じゃなくてクロノスがやるんでしょ」
「決定権は私にあります」
「あたしにもあるけど?」

 アウローラとフォルトナの短い応酬が続けられている。フォルトナの出現によって、アウローラの耳触りの良い優しい言葉には裏があるような気がした。

 僕が殺めた養父も、本性を現す前はそうだったのだ。

「フォルトナ。転生には条件があるのか?」

 言い合う二人の間に割り入り、フォルトナに声をかける。

「ほら、あんたやっぱり話してなかったじゃん」

 フォルトナは勝ち誇ったようにアウローラを一瞥すると、椅子ごと前進して水晶の檻に近づいた。

「ただただ幸せそうな環境に置いてやって、新しい人生をプレゼントしますってのが、アウローラのやり方なの。だけど、せっかくの英雄なんだからさ、その知識なりなんなりも活かしてやらないと褒美になんないでしょ」
「それは危険です。人が持つ運命に干渉出来る女神だからこそ、その力は限定的であるべきです」

 僕が答える前にアウローラが鋭く口を挟んだ。

「お堅いなぁ。なにも、『アカシック・レコード』を使って運命を歪めようなんて言ってないじゃん。あたしはあくまで、こいつはこいつのまんま転生させてやればいいって言ってんの」

 転生のプロセスを僕は知らない。だが、アウローラとフォルトナの間で何か条件が違うということは理解出来た。

「あんたもさ、女神の言うことだからって騙されるんじゃないよ。大体、今回の『処刑』だって、輪廻転生のプロセスに反するからってアウローラがカシウスに命令したことなんだからさ」

 それは薄々感じていたことだが、自分の処刑の全貌を知ったところで、最早起きたことはどうしようもない。

「あたしは、あのホムンクルスにあんたの魂がちゃんと入るかどうかまで見定めてからでもいいと思ったんだけどね。魂がちゃんと入ってこその完成でしょ?」
「それだけの完成度はありました。失敗など考えられません」
「はいはい。正義のためだもんね」

 アウローラの言葉を遮るように頭の横でひらひらと手を振り、フォルトナが椅子から立ち上がった。金属製の靴や防具が冷たく鳴り、辺りに反響する。

「ねえ、あんただったらどっちがいい? 記憶も何もかもリセットされた赤ん坊として生まれるのと、今の記憶をぜーんぶ持ったまま転生するのと」

 アウローラの言う転生の条件は、記憶を失うことに同意することのようだ。条件を聞かされていないまま転生に同意していれば、無条件で『僕』は消し去られることになったらしい。だが、その条件は尤もらしさもある。それだけに、フォルトナの条件が気になった。

「……そんなことが可能なのか?」
「当たり前じゃん。で、どっちなの?」

 別の条件を突きつけられるかと思ったが、そういうものはないのだろうか。

「……記憶を持ったまま転生すれば、人生がやり直せる……? 今話している条件というのは、記憶があるかないかの違いだけか?」
「そうね。今度は良い環境に生まれるように計らうから、あの酷い人生と比べたらかなりいい感じになるんじゃないかな。まあ、幸福だとかなんとか感じられるかは、それを知らないあんたには難しいかもしれないけど」
「…………」

 楽しげに笑いながら話すフォルトナには、少しだけ好感が持てた。アウローラのように同情されるよりも、はっきりと自分の状況を客観的に示された方が僕としては妙に納得するものがあったのだ。

 もしも、フォルトナが言うとおりだとすれば、生まれ持っての孤独や不幸がなかった場合の人生はどうだったのだろうか。

「ほら、興味湧いてきたでしょ? あと、記憶はあるんだし錬金術の研究だって続きが出来るんじゃない?」
「フォルトナ」

 フォルトナがダメ押しとばかりに促したが、いつ気まぐれな禁忌に触れるかわかったものではない。その証拠にアウローラの声音が変わった。

「……それは、今は考えられない」
「あーあ、可哀想に。怯えさせちゃってるよ? そんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃん」

 他人事のようにフォルトナがアウローラを見上げて言う。

「グラスにではなく、あなたに怒っているのです」
「なんで? 別に禁止されてるわけじゃないし、今までだってあんたの美学に付き合ってただけじゃん」

 そう言うと、フォルトナは視線を僕に戻した。

「あんたも、処刑されてるんだし、悪さはもうしないでしょ?」
「新たな生については、その心配がないように過ごそう」

 そもそも新たな生を授かるのならば、禁忌を犯す必要がなくなるのだ。錬金術のない人生というものにも興味が湧いた。

「ほらね。大丈夫だって。あたしも、記憶を持ったままこの英雄を転生させたら、どう生きてくのか観察するのにちょうどいいと思ってたし」
「……あなたの娯楽で、転生を歪めることは承服しかねます」

 アウローラは言葉を選んで反対の意を示したが、それを逆撫でするようにフォルトナが指を指して笑った。

「大反対って顔に書いてあるよ」
「わかっているならば、ただちに止めることです」
「やなこった!」

 アウローラの声が微かに怒りに震えているが、フォルトナは全く意に介さない。それどころかアウローラの忠告を突っぱねると、手にした杖を宙に向かって掲げた。

「クロノス! 起きろ、このねぼすけ!」

 宙に浮かぶ空の椅子が淡い光を放ち始める。ぼんやりとした淡い光は、静かに人の形をなぞり、赤みがかった亜麻色の髪と、髪と似たような色の衣服をまとった少女の姿が現れた。

 少女の手には、機械仕掛けのゼンマイを模したような金の杖が握られている。椅子に静かに座して目を閉じている少女をフォルトナは床から仰ぐと、苛立ったように靴の踵を鳴らした。

「起きろって言ってんの!」

 フォルトナが翼を羽ばたかせると同時に疾風が駆け抜け、椅子が吹き飛ぶ。目を閉じたままの少女はびくりと身体を震わせ、のろのろと空中で立ち上がった。

「ふわぁああ……。寝起きに酷いじゃないか、フォル姉」
「昼寝に戻りたかったら、さっさとこいつを転生させなさい。クロノス!」

 厳しい口調でフォルトナが命ずる。目覚めたばかりと思しき少女の姿の女神――クロノスは、目をぱちぱちとしばたかせて僕を見つめた。

「ダメです、クロノス。その者にはまだ記憶が――」
「あたしの言うことが聞けないの!?」

 アウローラの言葉を無視したフォルトナが強く命じる。クロノスは、その勢いに負けたように機械仕掛けのような金の杖をひるがえした。

「転生に同意します。この者に新たなる生命を――」

 クロノスの言葉に反応し、金の杖についたゼンマイが動き始める。それと同時に、白い床に見たこともない文字の羅列が浮かび上がった。

「僕は、承諾した覚えはないぞ!」

 叫ぶ僕を目がけて凄まじい光の奔流が殺到する。水晶の檻が砕けて光は瞬く間に僕を呑み込んだ。

「あんたに拒否権はないんだよ。せいぜい、良い実験台になるんだね!」

 最期に聞いたのは、嘲笑うようなフォルトナの声だった。

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