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第一章 輪廻のアルケミスト
第27話 現代魔導器の進化
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「お帰りなさい、リーフ。今日は随分遅かったのね」
アルフェと明日の魔導工学の予習を終え、どうにか日が暮れる前に帰ってきた。しかし、母には余計な心配をかけてしまったようだ。
僕とアルフェが下校するタイミングで、最上級生らも下校を始めていたのだから無理もない。勉強に夢中になっていたとはいえ、新入生としての普通の振る舞いではなかったな。
「……申し訳ありません、母上。明日の授業の予習をしていたら時間を忘れてしまって――」
「アルフェちゃんも一緒だったの?」
素直に謝る僕に、母が笑顔で訊ねてくる。笑顔ではあったが、もしかしてアルフェを巻き込んで帰宅が遅くなったことを、怒っているのかもしれない。これまで、叱られたことなどなかったのだが、そろそろそういう時が来るのを覚悟しておくべきだろう。
「……はい。クリフォートさんにも謝罪した方が宜しいでしょうか?」
「謝罪?」
おずおずと訊ねた僕の言葉に、母は驚いたように目を瞬き、それから噴き出した。
「ふふふっ、謝ることなんてなにもないわ。でも、そう思わせてしまったならごめんなさい。そういう心配はしなくても大丈夫なのよ、リーフ」
朗らかな笑顔でそう話す母は、僕を安心させようと努めている。その言葉に偽りがないのは、これまでのリーフとしての人生経験からなんとなくわかった。
他人がいつ豹変するかわからないと考えてしまうグラスの癖も、そろそろ改めた方が良いのだろうな……。
なぜなら、それは到底『普通』の子供にはないはずの思考なのだから。……少なくとも僕が知る限りのこの街に於いては。
「……いいこと、リーフ。これだけは良く覚えておいて」
僕が急に謝罪したのを重く受け止めているのか、母は夕食の仕度をしていた手を止め、僕のそばまでやってきた。
「あなたたちが仲良くしてくれて、ママたちはとっても嬉しく思っているの」
笑顔のままではあったが、僕の目の高さに合わせて屈み、改まってそう話す母親の目は真剣そのものだ。
「……僕もアルフェと幼なじみで、とても嬉しいです。僕たちを引き合わせてくれて、本当にありがとうございます、母上」
だから僕も、今僕の中にある最大限のアルフェへの好意を口にした。その言葉はどうやら母を満足させたようで、深い頷きが返された。
「お礼を言うのは私とジュディさんの方よ。……でもね、リーフ。それとは別に、他にもたくさん友達が出来るといいわね」
その言葉は、裏返せばアルフェだけが友達ではないとも取れる。クラスメイトを見ていると、友達は多い方が良いと考えている人間が多数派なのも薄々理解している。
――でも、アルフェはどうなんだろう?
そう考えた瞬間、アルフェの『だいすき』と僕に伝える時の笑顔が脳裏を過った。きっと、アルフェにとっての友達は僕だけで、彼女は僕しかいらないんだろうな。
だから……というわけではないけれど、僕もアルフェに合わせることにした。
「その必要性は感じません。僕にはアルフェがいますから。それよりも、母上――」
「なあに、リーフ?」
言葉を途中で切り、母の反応を伺う。この切り出し方で、僕からの『お願い』があると察してくれたらしく、母は興味を持って耳を傾けてくれた。
「その……。もし良ければ、なんですが、僕にお手伝いをさせてもらえませんか?」
そう言いながら視線をキッチンの方へと向ける。ちょうど夕食の仕度の途中で、調理用魔導器にかかった鍋や湯沸かし用の給湯魔導器が忙しなく稼働しているところだ。
「まあ。いつもしてくれてるじゃない。どうしたの、改まって?」
「明日の魔導工学の授業に備えて、家で使っている魔導器に触れておきたいのです」
小学校に進学し、今の時代の魔導器の進化を詳しく知るという動機付けを得たのだ。この機会を逃す手はない。これまでは、家でも色々気になることはあったが、両親に怪しまれてもならないので質問をかなり選んでいたのだが、それを学んでいるという名目ならばどんな質問も受け付けてもらえそうだ。
「そういうことね。だったら、いい機会だから色々と教えてあげるわ。ただし、キッチンで使っているものは熱源になるものが多いの。火傷にはくれぐれも注意するのよ」
「その危険性については、存じ上げています。充分に注意しますが、到らないところがあればご指摘ください、母上」
そうしてキッチンの魔導器に触れる許可を得た僕は、母から現代魔導器の扱い方の説明と手ほどきを受けながら、夕食の仕度に勤しんだ。
これまでは、火や熱湯を扱うということで不用意に立ち入ることを控えていたキッチンだが、想像以上に現代魔導器の宝庫だった。
例えば、給湯魔導器の場合は、『沸騰』と書かれている簡易術式がボタンを押すことで起動し、お湯を沸かしてくれるのだが、その他に『保温』という別のボタンがあり、一定時間湯の温度を一定に保つという機能を備えている。
グラスとしての僕の知識と理論では、水と加熱を組み合わせた簡易術式で炎に頼らずに熱のエネルギーだけを取り出すことが限りなく難しかったのだが、現代は水の加熱に最適化された簡易術式がそれを可能にしていた。
――これが、三百年後の未来か……。
その他にも清掃用魔導器の場合は『吸引』という簡易術式と『強』『弱』のボタンを組み合わせることで、吸引力を調整するという機能が加わっていた。以前は吸い込むことしか能がなかった清掃用魔導器だったが、最近は小型の自動清掃機能を備えた円盤型の魔導器まであるらしい。
そもそも、僕がグラスとして生きていた時代の魔導器と言えば、機兵の魔導炉や制御回路等の部品に使われるものがメインだったのだが、今の時代では一般家庭に普及するレベルまで簡略された上、産業化されて普及しているのだから驚きだ。
「……やっと興味を持ってくれたみたいで嬉しいわ。錬金術のことでよければ、ママはもっと詳しく話せるわよ」
夕食後の片付けをしながら、母が笑顔で僕に話しかけてくれる。その厚意自体はとても有り難いのだが、仮に頼んだとして、質問を選ぶのに苦労しそうだな……。
アルフェと明日の魔導工学の予習を終え、どうにか日が暮れる前に帰ってきた。しかし、母には余計な心配をかけてしまったようだ。
僕とアルフェが下校するタイミングで、最上級生らも下校を始めていたのだから無理もない。勉強に夢中になっていたとはいえ、新入生としての普通の振る舞いではなかったな。
「……申し訳ありません、母上。明日の授業の予習をしていたら時間を忘れてしまって――」
「アルフェちゃんも一緒だったの?」
素直に謝る僕に、母が笑顔で訊ねてくる。笑顔ではあったが、もしかしてアルフェを巻き込んで帰宅が遅くなったことを、怒っているのかもしれない。これまで、叱られたことなどなかったのだが、そろそろそういう時が来るのを覚悟しておくべきだろう。
「……はい。クリフォートさんにも謝罪した方が宜しいでしょうか?」
「謝罪?」
おずおずと訊ねた僕の言葉に、母は驚いたように目を瞬き、それから噴き出した。
「ふふふっ、謝ることなんてなにもないわ。でも、そう思わせてしまったならごめんなさい。そういう心配はしなくても大丈夫なのよ、リーフ」
朗らかな笑顔でそう話す母は、僕を安心させようと努めている。その言葉に偽りがないのは、これまでのリーフとしての人生経験からなんとなくわかった。
他人がいつ豹変するかわからないと考えてしまうグラスの癖も、そろそろ改めた方が良いのだろうな……。
なぜなら、それは到底『普通』の子供にはないはずの思考なのだから。……少なくとも僕が知る限りのこの街に於いては。
「……いいこと、リーフ。これだけは良く覚えておいて」
僕が急に謝罪したのを重く受け止めているのか、母は夕食の仕度をしていた手を止め、僕のそばまでやってきた。
「あなたたちが仲良くしてくれて、ママたちはとっても嬉しく思っているの」
笑顔のままではあったが、僕の目の高さに合わせて屈み、改まってそう話す母親の目は真剣そのものだ。
「……僕もアルフェと幼なじみで、とても嬉しいです。僕たちを引き合わせてくれて、本当にありがとうございます、母上」
だから僕も、今僕の中にある最大限のアルフェへの好意を口にした。その言葉はどうやら母を満足させたようで、深い頷きが返された。
「お礼を言うのは私とジュディさんの方よ。……でもね、リーフ。それとは別に、他にもたくさん友達が出来るといいわね」
その言葉は、裏返せばアルフェだけが友達ではないとも取れる。クラスメイトを見ていると、友達は多い方が良いと考えている人間が多数派なのも薄々理解している。
――でも、アルフェはどうなんだろう?
そう考えた瞬間、アルフェの『だいすき』と僕に伝える時の笑顔が脳裏を過った。きっと、アルフェにとっての友達は僕だけで、彼女は僕しかいらないんだろうな。
だから……というわけではないけれど、僕もアルフェに合わせることにした。
「その必要性は感じません。僕にはアルフェがいますから。それよりも、母上――」
「なあに、リーフ?」
言葉を途中で切り、母の反応を伺う。この切り出し方で、僕からの『お願い』があると察してくれたらしく、母は興味を持って耳を傾けてくれた。
「その……。もし良ければ、なんですが、僕にお手伝いをさせてもらえませんか?」
そう言いながら視線をキッチンの方へと向ける。ちょうど夕食の仕度の途中で、調理用魔導器にかかった鍋や湯沸かし用の給湯魔導器が忙しなく稼働しているところだ。
「まあ。いつもしてくれてるじゃない。どうしたの、改まって?」
「明日の魔導工学の授業に備えて、家で使っている魔導器に触れておきたいのです」
小学校に進学し、今の時代の魔導器の進化を詳しく知るという動機付けを得たのだ。この機会を逃す手はない。これまでは、家でも色々気になることはあったが、両親に怪しまれてもならないので質問をかなり選んでいたのだが、それを学んでいるという名目ならばどんな質問も受け付けてもらえそうだ。
「そういうことね。だったら、いい機会だから色々と教えてあげるわ。ただし、キッチンで使っているものは熱源になるものが多いの。火傷にはくれぐれも注意するのよ」
「その危険性については、存じ上げています。充分に注意しますが、到らないところがあればご指摘ください、母上」
そうしてキッチンの魔導器に触れる許可を得た僕は、母から現代魔導器の扱い方の説明と手ほどきを受けながら、夕食の仕度に勤しんだ。
これまでは、火や熱湯を扱うということで不用意に立ち入ることを控えていたキッチンだが、想像以上に現代魔導器の宝庫だった。
例えば、給湯魔導器の場合は、『沸騰』と書かれている簡易術式がボタンを押すことで起動し、お湯を沸かしてくれるのだが、その他に『保温』という別のボタンがあり、一定時間湯の温度を一定に保つという機能を備えている。
グラスとしての僕の知識と理論では、水と加熱を組み合わせた簡易術式で炎に頼らずに熱のエネルギーだけを取り出すことが限りなく難しかったのだが、現代は水の加熱に最適化された簡易術式がそれを可能にしていた。
――これが、三百年後の未来か……。
その他にも清掃用魔導器の場合は『吸引』という簡易術式と『強』『弱』のボタンを組み合わせることで、吸引力を調整するという機能が加わっていた。以前は吸い込むことしか能がなかった清掃用魔導器だったが、最近は小型の自動清掃機能を備えた円盤型の魔導器まであるらしい。
そもそも、僕がグラスとして生きていた時代の魔導器と言えば、機兵の魔導炉や制御回路等の部品に使われるものがメインだったのだが、今の時代では一般家庭に普及するレベルまで簡略された上、産業化されて普及しているのだから驚きだ。
「……やっと興味を持ってくれたみたいで嬉しいわ。錬金術のことでよければ、ママはもっと詳しく話せるわよ」
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