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第二章 誠忠のホムンクルス
第61話 料理の喜び
しおりを挟む鶏肉とじゃがいも、香草、牛肉をマリネ液に浸けたもの、ブロッコリー、にんじん、かぶ、卵、牛乳にソーセージ……。数日前に買い出しに行ったばかりということもあり、冷蔵魔導器の中にはたくさんの食材があった。
牛肉のマリネ液漬けは母に聞いてから使った方が良いが、その他は、自由に使って良いはずだ。これで、昼食と夕食の献立を考えてみることにしよう。
ここで母に聞いては本末転倒なので、ひとまず本棚からレシピ本を引っ張り出してテーブルに並べる。食材別に料理が紹介されているので、今記憶した食材を中心に目星を付けていく。
料理の基本というものも、一応は押さえておいた方がいいな。なんでも茹でたり焼いたりするだけが料理じゃないだろうし。
そう思って本を読み進めたところ、蒸すという方法があることを思い出したので、じゃがいも、にんじん、ブロッコリーは少し手間がかかるが蒸すことにした。栄養が水に溶け出さなくて良いらしい。目に見えるわけではないから、わからないけれど。
野菜を丁寧に洗い、じゃがいもは芽を取り、皮ごと蒸す。にんじんは皮を剥いて、適当な大きさに切って蒸す、ブロッコリーも蒸した。
かぶは蒸すかどうか迷ったが、レシピ本にあった「かぶのとろとろスープ」というのが美味しそうだと思ったので、作ってみることにした。
固くてすりおろすのは少し手間だが、やってみると、かぶの繊維が取れて面白い。すりおろしたことで、とろみがついている気がする。牛乳と一緒に煮込むと、確かにとろとろになった。
メインは温かいものが良いだろうと、鶏肉に塩胡椒をまぶして、室温に戻す。スープを仕上げてから、蒸したじゃがいもと一緒にフライパンで焼く。皮目を下にして焼いた鶏肉から脂が浸み出しはじめると、香ばしい匂いがしてきた。
「……それにしても……」
じゃがいもも、鶏肉も、レシピ本と比べるとかなり大きい気がするな。もっと一口で食べられるように切ってからの方が、良かったかもしれない。
そんなことを考えながら香ばしく焼けた鶏肉を裏返し、フライパンに蓋をして蒸し焼きにする。焼き上がりに合わせてブロッコリーやにんじんを皿に盛りつけていると、母が戻ってきた。
「母上……?」
一瞬、料理に手間取って昼時を過ぎてしまったかと思ったが、丁度良い時間だった。
「とっても良い匂いがしていたから、お腹が空いてきちゃった」
「まだお昼には早いですよ」
驚きと喜びの入り混じった無邪気な表情を見せる母は、ここ最近で一番の笑顔を見せている。やっぱり料理をしてみて良かったようだ。
「すごいわ、リーフ。これ、全部リーフが作ったの?」
「母上のように、上手くは出来ませんでしたが……」
言いかけて、火にかけたままのフライパンを思い出し、慌てて火を止める。鶏肉にはしっかり火が通ってはいたが、じゃがいもも鶏肉もそれぞれ少し焦がしてしまった。
「香ばしくて、すごく美味しそうよ。冷めないうちにいただいてもいいかしら?」
「もちろんです、母上。あ――」
鶏肉を皿に盛り付けながら、失敗に気づく。
しまった、グラスの時の癖で、皿を一枚しか用意していなかった。二人で食べるとわかっているのだから、ここは二枚用意すべきだった。
「これ、ママが運んでもいい?」
僕の失敗に気づいた様子もなく、母が取り分け用のナイフとフォークを手に、皿に手を伸ばす。
「はい。残りは僕が運びますから、母上は座って待っていてくださいね」
「そうさせてもらうわね」
皿を運ぶ母が、笑顔で鼻先を近づけて料理の匂いを楽しんでいる。
「本当に美味しそう。今日はお昼からご馳走ね」
「母上の口に合うと良いのですが……」
「合わないはずがないわ。大好きなリーフが作ってくれたんですもの」
その言葉どおり、母は何度も「美味しい」と頷きながら僕の作った料理を食べ進め、笑顔で完食した。
「あんまり美味しくて、全部食べちゃったけど、ルドラの分も残しておけばよかったかしら?」
「大丈夫です。料理で母上のお役に立てることがわかりましたし、これからはどんどん作りますよ。良ければ、夕食も作らせてもらえませんか?」
僕の提案に母は目を潤ませて頷いた。
「本当に嬉しいし、助かるわ、リーフ……。じゃあ、牛肉をマリネしてあるのがあるから、一緒にお料理しましょう」
「色々教えてください、母上」
「いいわよ。リーフのことだから、あっという間にママを追い越してしまいそうね」
笑顔の母を見て、やっと少し安心できた。
これからはもっと家族の時間も大事にしよう。これ以上、余計な心配はかけたくない。
その夜、仕事を早めに切り上げた母は、約束どおり僕と一緒に台所に立ってくれた。
「……そろそろ良いでしょうか、母上?」
「そうね。マリネ液が跳ねるかもしれないから、気をつけてね」
余熱したフライパンに、牛肉のマリネ漬けを並べていく。フライパンがジュワッと音を立てたのはほんの一瞬で、すぐに底面の温度が下がったのか肉が焼ける速さが鈍った。
「もう少し室温で置いておくべきでしたね」
「今日は肌寒いから、こんな感じじゃないかしら。じっくり焼いても美味しいわよ」
母がそういううちにも、肉の表面からは肉汁が溢れてぐつぐつと音を立てている。強火にしてもこの調子では、旨味も逃げていきそうだ。
「……母上、もっと火力が強ければ、余分な水分を蒸発させて旨味を閉じ込められませんか?」
「面白いことを思いつくわね、リーフ。ただ、火力を強くするとフライパンの底から火がはみ出してしまって危ないんじゃないかしら?」
「確かにそうですね……」
良い案だと思ったが、生活の規格には合っていないようだ。
どうすれば、よいのだろうか……。
もしも、道具や魔導器の工夫ひとつで、ジュディさんのような料理が、簡単に作れるようになったら――。
「そろそろ裏返してもいいわよ、リーフ」
「す、すみません。母上――」
考えているうちに、肉を焼きすぎてしまったようだ。慌ててフライ返しで肉を裏返しながら、僕は少し焦げた肉の匂いに鼻を鳴らした。
「大丈夫よ。リーフは、本当に色々と考えることが好きなのね」
「……そうですね。もっと生活が便利になったり、母上や父上の役に立てるようなことがあればいいとは、日々思っています」
「そのうち凄い魔導器を開発したりするんじゃないかしら。楽しみだわ」
僕の発言に母は目を細めて頷き、台所から家全体を見渡すように視線を巡らせた。この家にはたくさんの魔導器がある。それらは現代に欠かせないもので、生活を便利に快適にしてくれている。けれど、僕は……
「……魔導器も良いですが、僕としてはやはり錬金術を用いたいところですね」
自分にはやはり錬金術しかないだろう。そう口にしながらフライパンの柄を持ち、肉の焼き加減を確かめようとしたところで、ふと思いついた。
「あ――」
「リーフ、大丈夫!? 火傷、してない?」
動きを急に止めたので、母を驚かせてしまったらしい。
「はい、大丈夫です」
僕は頷き、火を止めながら改めてフライパンを見つめた。
「……あの、母上。錬金術で、熱伝導の良い調理器具を作るというのはどうでしょうか?」
「……すごいわ……、すごく、いいアイディアだと思う。出来たら是非使ってみたいわ」
母は僕の提案に驚いたように目を丸くしたが、すぐに微笑んで何度も頷いてくれた。
「ありがとうございます。設計や方法を考えてみますね」
母との会話から思いがけない着想を得て、早速アトリエで作業をしたかったのだが、勤務明けの父が帰宅してきたので先送りになった。
「……連勤終わりに、こんなご褒美があるとはな……」
「味付けは母上ですし、僕は野菜を蒸して肉を焼いたぐらいですよ、父上」
「いやいや、娘の手料理に迎えられるという幸せを、味わえてる……。最高の夕食だ」
大袈裟なくらいに目を潤ませながら、父が料理を食べ進めている。両親にこんなに喜んでもらえるのなら、もっと早くやっていればよかったな。
「リーフはお昼も作ってくれたのよ。かぶのスープの美味しかったことったらないわ」
「なんて羨ましいんだ、ナタル! 初めて君に嫉妬しそうだ」
「また作りますから、仲良くしてください。父上、母上」
僕のせいで喧嘩にでもなるのかと真面目に間に入ったが、二人は顔を見合わせて笑っただけだった。
「楽しみにしているわね、リーフ」
「はい、期待に添えるように腕を磨きますね」
やれやれ。自分がグラスだった頃も、料理はしていたが、カビの生えたパンを焼くとかとんでもないことばかりしていたな。
昨日と今日でわかったのは、レシピ通りに作れば、その通りのものが出来るし、基礎を知れば自由にアレンジ出来る。これは、錬金術にも通じるところがあるし、意外と楽しい。
前世でも食の楽しみを知れば、幸福というものに少しは近づけたかもしれない。そういう意味では、グラスはなにも知らなかった。
錬金術で真理に何度近づいたところで、幸福というものについては、なにひとつわかっていなかったんだ。
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