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第二章 誠忠のホムンクルス
第71話 新年に向かう街
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新年を控えた黒竜教の教会が、色とりどりの造花で飾られている。
下校中、休憩を兼ねて立ち寄った教会の片隅で、僕とアルフェは温かな飲み物の施しを受けて、一息吐いた。
黒竜神が甘い物を好むという言い伝えに合わせてか、飲み物にも甘味が足されている。あまり飲んだことのない飲み物は、街の西側にあるカナド人街で好まれている香茶というものらしい。
「甘くて美味しいね、リーフ」
「そうだね」
飲み物のせいだけでなく、吐く息が白くなっている。やれやれ、こんな寒い日にアルフェには回り道をさせてしまって申し訳ないな。
「付き合わせて悪いね、アルフェ」
「ううん。リーフといつもより長く一緒にいられて嬉しいよ」
冬休みを控えて、学校に置いておいた荷物を引き上げることにしたまでは良かったが、自分が成長しない身体だということを失念していた。一般的な中学生の荷物は、幼女の姿のままの僕には多すぎたし重すぎたのだ。
「……それなら良かった」
スカートからのぞくアルフェの膝が、かじかんで赤くなっている。やはり寒いのか、アルフェが香茶のカップを太腿に押し当てながら少し笑った。白い吐息が零れて、風に流れていくのをぼんやりと眺めながら、僕もアルフェに倣った。
「さて、温まったことだしそろそろ行こうか」
「もう……?」
アルフェが、まだ少しだけ残っている香茶をちびちびと飲みながら僕を見つめる。
「別に急いで帰らなければならない用事があるわけじゃないけど、ここは寒いし、温かい家に帰った方がいいよ。風邪を引いたら、新年のお参りに行けなくなるからね」
新年のお参りというのは、黒竜教の参拝のことだ。今居るこの教会――黒竜教では竜堂と呼ばれる建物が飾られているのも、その参拝に備えての準備の一環だ。トーチ・タウンに住む人々は、大切な人と共にこの竜堂を訪れ、無事と平安を祈願する。
年が明ければ僕とアルフェが座っているこの長椅子がある一画も、黒竜神に捧げる菓子を売る屋台が所狭しと建ち並ぶ。子供たちにとっては、黒竜神へのお供え物という名目とともに、普段はあまり口に出来ないような高級な菓子を食べられる良い機会でもあるのだ。
「……一緒に行ってくれる?」
「もちろん。今年食べ損なった雲みたいなお菓子も食べないとね」
アルフェがそう返すことはわかっていたので、新年の記憶を交えて頷いた。雲のような菓子というのは、砂糖を溶融させ、ごく細い糸状にしたもの綿状に絡めた菓子のことだ。
「……えへへ、リーフが覚えてくれてたの、嬉しいな」
安価で子供のお小遣いでも手に入るこの菓子が売り切れていたのが、アルフェはやはり心残りだったようだ。
「少し早起きして行こうか。それとも新年だし夜に行くべきかな?」
新年のこの日ばかりは子供も夜更かしを許される。冬休みにホムンクルスの錬成計画を立てていることもあり、僕はきっと夜遅くまで起きているだろう。
「リーフは忙しくなりそうだけど、平気?」
「新年にアルフェと過ごせる時間くらいは確保するよ。それに、材料はもうほとんど揃っているし」
懸念していた飼育用の試験管は、リオネル先生経由で学校から貸与を受けられることになったし、学校での研究に協力してもらう予定があるという名目で、魔導培養液も用意してもらえることになった。
いずれも明日、父に頼んで学校から自宅に運搬することになっている。
「優秀な人材に相応の研究設備や備品を提供するのも、この学園の務め……か」
ふと思い出してリオネル先生の言葉を繰り返す。アルフェが笑顔で頷き、僕の身体を優しく包み込むようにして抱き締めた。
「リーフはすごいよ。アルフェにはずっとキラキラして見えてるんだ」
「ありがとう、アルフェ」
それがエーテルによるものなのか、それともアルフェの憧憬によるものかは水を差すから聞かないでおこう。間近にあるアルフェの顔を見上げて微笑み返すと、頬に冷たいものが落ちた。
「あ、雪……」
アルフェが呟いて宙を仰ぐ。細かな雪がゆっくりと空から降ってくるのが見えた。
「本格的に降る前に、早く帰ろう」
「うん」
アルフェが頷き、空になったコップを引き取って竜堂の端にあるゴミ箱に入れに行く。その間、僕は引き上げてきた荷物をひとつひとつ腕や肩にかけていった。
少し休んだおかげで、なんとか家に帰ることが出来そうだ。この先も荷物が増えるだろうから、なにか対策を考えておいた方がいいだろうな。
「……ワタシ、なにか持とうか?」
「大丈夫だよ。アルフェだって大荷物なんだし」
体格差もあって僕ほどではないにしても、アルフェも魔法学の授業で作った創作物などでかなりの荷物だ。
「……そっか、お揃いだね」
アルフェは僕と自分の荷物を見比べて笑い、ゆっくりと歩き始める。雪を眺めながら歩いていると、竜堂の敷地を出たところで、運河を進む大きな資材船に出くわした。
西側の軍港に向かっているところを見ると、魔導研究施設の建築用の資材なのかもしれない。このところ、トーチ・タウンの西側にある山間部には、皇帝の勅令で次々と魔導研究施設が建築されている。
今度で七つ目になるだろう研究施設は、しかし、なんの研究をしているのかまでは明かされておらず、トーチ・タウンの住民の中でも時折噂になっている。単なる魔導研究施設というわけではなく、軍の管轄に入っていることも、気になるところだ。
軍の機密があるだろうから、父に聞いてもなにもわからないだろうけれど、この平和が続くことを祈るばかりだ。
下校中、休憩を兼ねて立ち寄った教会の片隅で、僕とアルフェは温かな飲み物の施しを受けて、一息吐いた。
黒竜神が甘い物を好むという言い伝えに合わせてか、飲み物にも甘味が足されている。あまり飲んだことのない飲み物は、街の西側にあるカナド人街で好まれている香茶というものらしい。
「甘くて美味しいね、リーフ」
「そうだね」
飲み物のせいだけでなく、吐く息が白くなっている。やれやれ、こんな寒い日にアルフェには回り道をさせてしまって申し訳ないな。
「付き合わせて悪いね、アルフェ」
「ううん。リーフといつもより長く一緒にいられて嬉しいよ」
冬休みを控えて、学校に置いておいた荷物を引き上げることにしたまでは良かったが、自分が成長しない身体だということを失念していた。一般的な中学生の荷物は、幼女の姿のままの僕には多すぎたし重すぎたのだ。
「……それなら良かった」
スカートからのぞくアルフェの膝が、かじかんで赤くなっている。やはり寒いのか、アルフェが香茶のカップを太腿に押し当てながら少し笑った。白い吐息が零れて、風に流れていくのをぼんやりと眺めながら、僕もアルフェに倣った。
「さて、温まったことだしそろそろ行こうか」
「もう……?」
アルフェが、まだ少しだけ残っている香茶をちびちびと飲みながら僕を見つめる。
「別に急いで帰らなければならない用事があるわけじゃないけど、ここは寒いし、温かい家に帰った方がいいよ。風邪を引いたら、新年のお参りに行けなくなるからね」
新年のお参りというのは、黒竜教の参拝のことだ。今居るこの教会――黒竜教では竜堂と呼ばれる建物が飾られているのも、その参拝に備えての準備の一環だ。トーチ・タウンに住む人々は、大切な人と共にこの竜堂を訪れ、無事と平安を祈願する。
年が明ければ僕とアルフェが座っているこの長椅子がある一画も、黒竜神に捧げる菓子を売る屋台が所狭しと建ち並ぶ。子供たちにとっては、黒竜神へのお供え物という名目とともに、普段はあまり口に出来ないような高級な菓子を食べられる良い機会でもあるのだ。
「……一緒に行ってくれる?」
「もちろん。今年食べ損なった雲みたいなお菓子も食べないとね」
アルフェがそう返すことはわかっていたので、新年の記憶を交えて頷いた。雲のような菓子というのは、砂糖を溶融させ、ごく細い糸状にしたもの綿状に絡めた菓子のことだ。
「……えへへ、リーフが覚えてくれてたの、嬉しいな」
安価で子供のお小遣いでも手に入るこの菓子が売り切れていたのが、アルフェはやはり心残りだったようだ。
「少し早起きして行こうか。それとも新年だし夜に行くべきかな?」
新年のこの日ばかりは子供も夜更かしを許される。冬休みにホムンクルスの錬成計画を立てていることもあり、僕はきっと夜遅くまで起きているだろう。
「リーフは忙しくなりそうだけど、平気?」
「新年にアルフェと過ごせる時間くらいは確保するよ。それに、材料はもうほとんど揃っているし」
懸念していた飼育用の試験管は、リオネル先生経由で学校から貸与を受けられることになったし、学校での研究に協力してもらう予定があるという名目で、魔導培養液も用意してもらえることになった。
いずれも明日、父に頼んで学校から自宅に運搬することになっている。
「優秀な人材に相応の研究設備や備品を提供するのも、この学園の務め……か」
ふと思い出してリオネル先生の言葉を繰り返す。アルフェが笑顔で頷き、僕の身体を優しく包み込むようにして抱き締めた。
「リーフはすごいよ。アルフェにはずっとキラキラして見えてるんだ」
「ありがとう、アルフェ」
それがエーテルによるものなのか、それともアルフェの憧憬によるものかは水を差すから聞かないでおこう。間近にあるアルフェの顔を見上げて微笑み返すと、頬に冷たいものが落ちた。
「あ、雪……」
アルフェが呟いて宙を仰ぐ。細かな雪がゆっくりと空から降ってくるのが見えた。
「本格的に降る前に、早く帰ろう」
「うん」
アルフェが頷き、空になったコップを引き取って竜堂の端にあるゴミ箱に入れに行く。その間、僕は引き上げてきた荷物をひとつひとつ腕や肩にかけていった。
少し休んだおかげで、なんとか家に帰ることが出来そうだ。この先も荷物が増えるだろうから、なにか対策を考えておいた方がいいだろうな。
「……ワタシ、なにか持とうか?」
「大丈夫だよ。アルフェだって大荷物なんだし」
体格差もあって僕ほどではないにしても、アルフェも魔法学の授業で作った創作物などでかなりの荷物だ。
「……そっか、お揃いだね」
アルフェは僕と自分の荷物を見比べて笑い、ゆっくりと歩き始める。雪を眺めながら歩いていると、竜堂の敷地を出たところで、運河を進む大きな資材船に出くわした。
西側の軍港に向かっているところを見ると、魔導研究施設の建築用の資材なのかもしれない。このところ、トーチ・タウンの西側にある山間部には、皇帝の勅令で次々と魔導研究施設が建築されている。
今度で七つ目になるだろう研究施設は、しかし、なんの研究をしているのかまでは明かされておらず、トーチ・タウンの住民の中でも時折噂になっている。単なる魔導研究施設というわけではなく、軍の管轄に入っていることも、気になるところだ。
軍の機密があるだろうから、父に聞いてもなにもわからないだろうけれど、この平和が続くことを祈るばかりだ。
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