アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
84 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第84話 カナド流武芸

しおりを挟む
 タオ・ランがホムに選んだのは、足技を主体とした攻守の技だった。

 攻守の技とはいえ、その動きは非常に独特で、ゆったりと舞うような動きを基本動作として教え込まれた。

「アルフェ嬢ちゃんとホム嬢ちゃんは、呑み込みが早いのぅ」

 歌が好きなアルフェは、踊りの才能もあるようだ。たった一度見ただけで、タオ・ランの動きを模写したアルフェに続いて、ホムも二度目でその動きを自分のものにしている。僕はというと、言語化して記憶した方が二人の役に立てるような気がしてきた。

「……リーフ嬢ちゃんは、この動きの意味を早く知りたいようじゃな」

 年の功というべきか、タオ・ランが鋭い指摘を僕に向ける。一目で考えを見抜かれてしまうあたり、老師と向き合うときはかなり気をつけないとならないようだ。

「カナド武芸の概要は理解していますが、父上から聞いていた話とイメージが繋がらなかったものですから……」

 タオ・ランの教える武芸はカナド武芸の流れを汲むもので、父がホムに教えたものとは根本的に違っている。相手との間合いを一定に保つよう意識することはなく、遠距離からは牽制を主とし、近距離では手技と併せての超攻撃的な技を繰り出す。手技は相手の上半身からの攻撃を拘束することに特化し、攻撃方法は蹴りに集中させるというものだ。

 だが、今教わっているものは、ゆったりとした演舞のようなものであり、実戦向きとは到底思えなかった。

「基礎を丁寧になぞること、即ち習得の近道なり」

 僕の指摘など、百も承知という表情でタオ・ランが快活に笑う。僕とアルフェにはその真の意味が測りかねたが、ホムだけは、神妙な面持ちでその言葉に耳を傾けていた。

「……ホム嬢ちゃんは、どうやら理解しているようじゃな。どれ、ひとつ手合わせといこうか」
「宜しくお願い致します、老師様」

 ホムが頷き、一歩前へ進み出る。父から教わった基本姿勢も間合いとも違うその距離と構えだったが、タオ・ランは満足げに頷き、地面を擦るように右足を一歩前に動かした。

「当てずに来られるかの?」
「仰せの通りに」

 ホムが頷くと同時に、タオ・ランが脚を旋回させて一息にホムとの距離を詰める。ただゆったりと脚を回していただけのあの基本動作は、次の瞬間には鋭く急所を穿つ蹴りに代わり、ホムに襲いかかった。

「ホム!」

 あまりの早さに思わず叫ぶ。だが、ホムは僕の視界から一瞬にして消え、タオ・ランの後頭部にその爪先を突きつけていた。

「お見事」

 ホムの気配を正確に捉えていたタオ・ランが流れるように振り返り、その爪先をそっと下ろさせる。ホムはすぐに姿勢を正すと、深く頭を垂れて一歩下がった。

「……すごいすごい! これ、さっきの動きと同じなのに、おじいちゃんもホムちゃんも、全然そんな風に見えなかった!」

 アルフェの浄眼には、二人のエーテルの流れが軌跡として残って見えるのだろう。僕よりもはっきりと二人の動きを捉え、手を叩いてはしゃいだ。

「……さて、これで納得するに足りたかのう?」
「もちろんです、老師」

 こんな凄い技を見せられたら、もうお手上げだ。やっぱり僕には、こういう身体を動かすことは向いていないな。これを機に観察学習に徹することにしよう。


 その後は、タオ・ランに許可を得て、見学を主とする方にシフトさせてもらった。アルフェは緩やかな動きにはついていけるようで、舞うようにゆったりと身体を動かしている。真剣な顔をしているアルフェをこうして見ていると、なんだか自分だけなにもしていないようで申し訳ないような気分になるな。けれど、得意の観察眼を活かせば、なにか助けになれるはずだ。

 そう信じて見学するうちに、タオ・ランの教えの全貌が見え始めた。

 蹴り方にも特徴があり、父を始めとした軍式の直線的な蹴りのみならず、弧を描くような蹴りが合わさる。直線的な流れを描く蹴りは、穿脚せんきゃくと呼ばれるもので、爪先を相手の急所にめり込ませるように蹴るものだ。

 より実戦的にするならば、穿脚を二段ないし多段攻撃として用いる。時間差で素早く繰り出した穿脚で、まず鳩尾みぞおちを狙い、相手が身を屈めた隙を突いて喉と目を狙うのだ。実戦的かつ、体格差のある相手にも通用しうる技だ。

 もうひとつの弧を描くような蹴りは、内側から外側に向かって脚を旋回させて繰り出す外旋脚と、その逆の動きをする内旋脚がある。大きく円を描くものを大旋、小さく描くものを小旋といい、タオ・ランがそれを巧みに使い分けてみせると、ホムはそれをさらにアレンジして披露してみせた。

「ホム嬢ちゃんが、ここまで秀でているとは……。これは、普通の人間にするような指導では時間が勿体ないじゃろうな」

 ホムがホムンクルスであることは、タオ・ランにはわざわざ明かしていない。老師も深く聞いたりはしなかったが、やはり気がついていたようだ。

「ワタシはもう大丈夫だから、ホムちゃんに合わせて進めてください、おじいちゃん」

 ゆったりとした動きを繰り返していただけだが、アルフェもすっかり息が上がっている。タオ・ランと同じように体幹を維持しようと思えば、成長期の子供では筋肉量も足りなさそうだな。全てを最大値にしてあるホムは、全く息を切らしていないし、平然としている。そういう意味では、ホムンクルスは、人間よりも優秀だと言える。だからこそ、絶対にマスターの命令を裏切ることのないように運命づけられているのだけれど。
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...