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第二章 誠忠のホムンクルス
第84話 カナド流武芸
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タオ・ランがホムに選んだのは、足技を主体とした攻守の技だった。
攻守の技とはいえ、その動きは非常に独特で、ゆったりと舞うような動きを基本動作として教え込まれた。
「アルフェ嬢ちゃんとホム嬢ちゃんは、呑み込みが早いのぅ」
歌が好きなアルフェは、踊りの才能もあるようだ。たった一度見ただけで、タオ・ランの動きを模写したアルフェに続いて、ホムも二度目でその動きを自分のものにしている。僕はというと、言語化して記憶した方が二人の役に立てるような気がしてきた。
「……リーフ嬢ちゃんは、この動きの意味を早く知りたいようじゃな」
年の功というべきか、タオ・ランが鋭い指摘を僕に向ける。一目で考えを見抜かれてしまうあたり、老師と向き合うときはかなり気をつけないとならないようだ。
「カナド武芸の概要は理解していますが、父上から聞いていた話とイメージが繋がらなかったものですから……」
タオ・ランの教える武芸はカナド武芸の流れを汲むもので、父がホムに教えたものとは根本的に違っている。相手との間合いを一定に保つよう意識することはなく、遠距離からは牽制を主とし、近距離では手技と併せての超攻撃的な技を繰り出す。手技は相手の上半身からの攻撃を拘束することに特化し、攻撃方法は蹴りに集中させるというものだ。
だが、今教わっているものは、ゆったりとした演舞のようなものであり、実戦向きとは到底思えなかった。
「基礎を丁寧になぞること、即ち習得の近道なり」
僕の指摘など、百も承知という表情でタオ・ランが快活に笑う。僕とアルフェにはその真の意味が測りかねたが、ホムだけは、神妙な面持ちでその言葉に耳を傾けていた。
「……ホム嬢ちゃんは、どうやら理解しているようじゃな。どれ、ひとつ手合わせといこうか」
「宜しくお願い致します、老師様」
ホムが頷き、一歩前へ進み出る。父から教わった基本姿勢も間合いとも違うその距離と構えだったが、タオ・ランは満足げに頷き、地面を擦るように右足を一歩前に動かした。
「当てずに来られるかの?」
「仰せの通りに」
ホムが頷くと同時に、タオ・ランが脚を旋回させて一息にホムとの距離を詰める。ただゆったりと脚を回していただけのあの基本動作は、次の瞬間には鋭く急所を穿つ蹴りに代わり、ホムに襲いかかった。
「ホム!」
あまりの早さに思わず叫ぶ。だが、ホムは僕の視界から一瞬にして消え、タオ・ランの後頭部にその爪先を突きつけていた。
「お見事」
ホムの気配を正確に捉えていたタオ・ランが流れるように振り返り、その爪先をそっと下ろさせる。ホムはすぐに姿勢を正すと、深く頭を垂れて一歩下がった。
「……すごいすごい! これ、さっきの動きと同じなのに、おじいちゃんもホムちゃんも、全然そんな風に見えなかった!」
アルフェの浄眼には、二人のエーテルの流れが軌跡として残って見えるのだろう。僕よりもはっきりと二人の動きを捉え、手を叩いてはしゃいだ。
「……さて、これで納得するに足りたかのう?」
「もちろんです、老師」
こんな凄い技を見せられたら、もうお手上げだ。やっぱり僕には、こういう身体を動かすことは向いていないな。これを機に観察学習に徹することにしよう。
その後は、タオ・ランに許可を得て、見学を主とする方にシフトさせてもらった。アルフェは緩やかな動きにはついていけるようで、舞うようにゆったりと身体を動かしている。真剣な顔をしているアルフェをこうして見ていると、なんだか自分だけなにもしていないようで申し訳ないような気分になるな。けれど、得意の観察眼を活かせば、なにか助けになれるはずだ。
そう信じて見学するうちに、タオ・ランの教えの全貌が見え始めた。
蹴り方にも特徴があり、父を始めとした軍式の直線的な蹴りのみならず、弧を描くような蹴りが合わさる。直線的な流れを描く蹴りは、穿脚と呼ばれるもので、爪先を相手の急所にめり込ませるように蹴るものだ。
より実戦的にするならば、穿脚を二段ないし多段攻撃として用いる。時間差で素早く繰り出した穿脚で、まず鳩尾を狙い、相手が身を屈めた隙を突いて喉と目を狙うのだ。実戦的かつ、体格差のある相手にも通用しうる技だ。
もうひとつの弧を描くような蹴りは、内側から外側に向かって脚を旋回させて繰り出す外旋脚と、その逆の動きをする内旋脚がある。大きく円を描くものを大旋、小さく描くものを小旋といい、タオ・ランがそれを巧みに使い分けてみせると、ホムはそれをさらにアレンジして披露してみせた。
「ホム嬢ちゃんが、ここまで秀でているとは……。これは、普通の人間にするような指導では時間が勿体ないじゃろうな」
ホムがホムンクルスであることは、タオ・ランにはわざわざ明かしていない。老師も深く聞いたりはしなかったが、やはり気がついていたようだ。
「ワタシはもう大丈夫だから、ホムちゃんに合わせて進めてください、おじいちゃん」
ゆったりとした動きを繰り返していただけだが、アルフェもすっかり息が上がっている。タオ・ランと同じように体幹を維持しようと思えば、成長期の子供では筋肉量も足りなさそうだな。全てを最大値にしてあるホムは、全く息を切らしていないし、平然としている。そういう意味では、ホムンクルスは、人間よりも優秀だと言える。だからこそ、絶対にマスターの命令を裏切ることのないように運命づけられているのだけれど。
攻守の技とはいえ、その動きは非常に独特で、ゆったりと舞うような動きを基本動作として教え込まれた。
「アルフェ嬢ちゃんとホム嬢ちゃんは、呑み込みが早いのぅ」
歌が好きなアルフェは、踊りの才能もあるようだ。たった一度見ただけで、タオ・ランの動きを模写したアルフェに続いて、ホムも二度目でその動きを自分のものにしている。僕はというと、言語化して記憶した方が二人の役に立てるような気がしてきた。
「……リーフ嬢ちゃんは、この動きの意味を早く知りたいようじゃな」
年の功というべきか、タオ・ランが鋭い指摘を僕に向ける。一目で考えを見抜かれてしまうあたり、老師と向き合うときはかなり気をつけないとならないようだ。
「カナド武芸の概要は理解していますが、父上から聞いていた話とイメージが繋がらなかったものですから……」
タオ・ランの教える武芸はカナド武芸の流れを汲むもので、父がホムに教えたものとは根本的に違っている。相手との間合いを一定に保つよう意識することはなく、遠距離からは牽制を主とし、近距離では手技と併せての超攻撃的な技を繰り出す。手技は相手の上半身からの攻撃を拘束することに特化し、攻撃方法は蹴りに集中させるというものだ。
だが、今教わっているものは、ゆったりとした演舞のようなものであり、実戦向きとは到底思えなかった。
「基礎を丁寧になぞること、即ち習得の近道なり」
僕の指摘など、百も承知という表情でタオ・ランが快活に笑う。僕とアルフェにはその真の意味が測りかねたが、ホムだけは、神妙な面持ちでその言葉に耳を傾けていた。
「……ホム嬢ちゃんは、どうやら理解しているようじゃな。どれ、ひとつ手合わせといこうか」
「宜しくお願い致します、老師様」
ホムが頷き、一歩前へ進み出る。父から教わった基本姿勢も間合いとも違うその距離と構えだったが、タオ・ランは満足げに頷き、地面を擦るように右足を一歩前に動かした。
「当てずに来られるかの?」
「仰せの通りに」
ホムが頷くと同時に、タオ・ランが脚を旋回させて一息にホムとの距離を詰める。ただゆったりと脚を回していただけのあの基本動作は、次の瞬間には鋭く急所を穿つ蹴りに代わり、ホムに襲いかかった。
「ホム!」
あまりの早さに思わず叫ぶ。だが、ホムは僕の視界から一瞬にして消え、タオ・ランの後頭部にその爪先を突きつけていた。
「お見事」
ホムの気配を正確に捉えていたタオ・ランが流れるように振り返り、その爪先をそっと下ろさせる。ホムはすぐに姿勢を正すと、深く頭を垂れて一歩下がった。
「……すごいすごい! これ、さっきの動きと同じなのに、おじいちゃんもホムちゃんも、全然そんな風に見えなかった!」
アルフェの浄眼には、二人のエーテルの流れが軌跡として残って見えるのだろう。僕よりもはっきりと二人の動きを捉え、手を叩いてはしゃいだ。
「……さて、これで納得するに足りたかのう?」
「もちろんです、老師」
こんな凄い技を見せられたら、もうお手上げだ。やっぱり僕には、こういう身体を動かすことは向いていないな。これを機に観察学習に徹することにしよう。
その後は、タオ・ランに許可を得て、見学を主とする方にシフトさせてもらった。アルフェは緩やかな動きにはついていけるようで、舞うようにゆったりと身体を動かしている。真剣な顔をしているアルフェをこうして見ていると、なんだか自分だけなにもしていないようで申し訳ないような気分になるな。けれど、得意の観察眼を活かせば、なにか助けになれるはずだ。
そう信じて見学するうちに、タオ・ランの教えの全貌が見え始めた。
蹴り方にも特徴があり、父を始めとした軍式の直線的な蹴りのみならず、弧を描くような蹴りが合わさる。直線的な流れを描く蹴りは、穿脚と呼ばれるもので、爪先を相手の急所にめり込ませるように蹴るものだ。
より実戦的にするならば、穿脚を二段ないし多段攻撃として用いる。時間差で素早く繰り出した穿脚で、まず鳩尾を狙い、相手が身を屈めた隙を突いて喉と目を狙うのだ。実戦的かつ、体格差のある相手にも通用しうる技だ。
もうひとつの弧を描くような蹴りは、内側から外側に向かって脚を旋回させて繰り出す外旋脚と、その逆の動きをする内旋脚がある。大きく円を描くものを大旋、小さく描くものを小旋といい、タオ・ランがそれを巧みに使い分けてみせると、ホムはそれをさらにアレンジして披露してみせた。
「ホム嬢ちゃんが、ここまで秀でているとは……。これは、普通の人間にするような指導では時間が勿体ないじゃろうな」
ホムがホムンクルスであることは、タオ・ランにはわざわざ明かしていない。老師も深く聞いたりはしなかったが、やはり気がついていたようだ。
「ワタシはもう大丈夫だから、ホムちゃんに合わせて進めてください、おじいちゃん」
ゆったりとした動きを繰り返していただけだが、アルフェもすっかり息が上がっている。タオ・ランと同じように体幹を維持しようと思えば、成長期の子供では筋肉量も足りなさそうだな。全てを最大値にしてあるホムは、全く息を切らしていないし、平然としている。そういう意味では、ホムンクルスは、人間よりも優秀だと言える。だからこそ、絶対にマスターの命令を裏切ることのないように運命づけられているのだけれど。
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