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第二章 誠忠のホムンクルス
第88話 奥義・雷鳴瞬動
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朝食の後、僕たちはいつもの庭ではなく、街から少し離れた小高い丘へと移動した。
「加減を間違えて庭を破壊しては、宿を追い出されてしまうからの。ほっほっほ」
タオ・ランはそう笑い飛ばしていたが、とても冗談とは思えなかった。大の大人を一瞬にして高い壁の向こうへと吹き飛ばすほどの技は、いくら広いとはいえ、宿屋の庭で披露することさえ危険だということなのだろう。
「……さて、着いたぞ。今日はここで修行を行う」
タオ・ランの案内で辿り着いたその場所には、平たく円い巨岩が置かれており、さながら錬武場のようになっていた。周囲は開けており、龍樹の木が一本ある他には目立つ物はなにもない。
「ここならば、思う存分ホム嬢ちゃんの力を発揮できるじゃろう」
「……恐れ入ります、老師様」
「なに、あまり窮屈な思いをさせ続けるのも忍びないからの。ほっほっほ」
ホムには、人間に迷惑をかけるような行動は慎むようにとあらかじめ『常識』で仕込んであったのだが、修行の際の力加減にも随分と反映されていたようだ。タオ・ランは笑っていたが、師を相手に加減してしまうのは失礼に当たるのかもしれないな。とはいえ、今のホムの全力がどういうものになるのか、僕にも想像がつかないので許可を出すわけにはいかないのだけれど。
「では、早速奥義の伝授と行こうかのう。わしの奥義は『雷鳴瞬動』という――。まあ、百聞は一見にしかずじゃ」
タオ・ランが錬武場に見立てた巨岩の上に上り、右足を引いて低く腰を落とす。ゆっくりと手を前に構えたタオ・ランは、ふっと大きく息を吐くと、無詠唱で武装錬成と雷魔法を同時に発動させた。
「見ておれ……。雷鳴瞬動!」
タオ・ランが一歩踏み込んむと同時に、岩を破って二本の鋼鉄製の軌道がせりあがってくる。その軌道から迸る電流をその身に纏ったタオ・ランが、信じられないような速さで移動し、蹴りを繰り出した。
空気が破れる音を立て、遙か彼方の雲が見る間に真っ二つに割れていく。
「奥義・雷鳴瞬動じゃ。ふむ、帝国風の言葉で言うならブリッツレイドと言ったところかのう」
空に残るタオ・ランの蹴りの軌跡を呆然と見つめたままの僕たちを、タオ・ランが振り返る。あの凄まじい蹴りを繰り出したその足許は、武装錬成による鋼鉄で強化されていた。
なるほど、普通の装備ではあの威力に耐えられないから、武装錬成と組み合わせているのだろうな。軌道を流れる電流で装備が崩壊するよりも早く、再度武装錬成を行うことで、装備の形が維持され、あの技を繰り出せるようになっているらしい。
原理としては、あの電流が流れる二本の軌道を射出台に見立てて、自身の肉体を超高速で前方に移動させる仕組みのようだ。空気が破れる音が聞こえたということは、放たれたタオ・ランの蹴りは音の伝達速度よりも速いということになる。
「さて、これまでの応用の最終形態といったところじゃが……。どうかの、ホム嬢ちゃん?」
「やってみます」
ホムは頷き、真ん中に大きな凹みと罅割れの出来た巨岩の上に立つ。目を閉じ、先ほどタオ・ランが見せた奥義を反復したのち、ホムが目を見開いた。
「雷鳴瞬動!」
ホムの詠唱に伴い、岩を破って二本の鋼鉄製の軌道が具現する。だが、タオ・ランの奥義とは明確になにかが欠けていた。そのためか、ホムは軌道の上をタオ・ランと同じ速さで移動することができず、蹴りの威力にも変化がなかった。
「ほうほう。さすがのホム嬢ちゃんでも、これはちと難しかったようじゃな」
タオ・ランが生み出された軌道とホムを見比べながら巨岩の上に飛び乗る。だが、ホムを見る限り、難しかったから失敗したというわけではなさそうだった。現に軌道は生み出せているし、ホムの脚には武装錬成で生み出した頑丈な靴が備わっている。
「雷魔法、出てないみたい……」
アルフェの呟きで、違和感の正体がわかった。この奥義の動力とも言える雷魔法が生み出せていないのだ。その証拠に、射出台の役割を果たす軌道の生成には成功しているが、そこには肝心の電流が走っていない。
「……ホム、指先から電流を出せるか?」
指示したのは最も初歩的な雷の魔法だ。一応見本にと自分の指先から小さな雷を出してホムに見せてやった。ホムは頷き、「雷よ――」と詠唱を始めたが、その指先にはなんの変化ももたらさなかった。
やはりなにかがおかしい。僕ができて、ホムが出来ないという道理はないはずだ。
もう関係がないだろうと酸素供給魔導器が停止した事故の影響を排除していたが、ここにきてなにかが起こっているとしか思えない。
そこまで考えて、ふとあの時起こったことを思い出した。
漏れ出したアムニオス流体に流れた電流に、僕は感電していたのだ。
「……ホム、雷魔法――電気に対して、どんなイメージを持っている?」
「……怖いもの、です。マスター」
恐れていた答えが戻って来た。あのとき、僕はエーテル過剰生成症候群のお陰で、一瞬にして治癒したけれど、普通の人間ならば、かなり恐ろしいことになっていたはずだ。
あの時僕と感情などを同調させていたホムにも、当然そのイメージは伝わっている。錬成時に恐怖という感情を抑制するように設定してあるにもかかわらずに、『怖い』という反応が出てしまうのは……。
「何故、怖がる?」
「感電は痛く、皮膚が焼けただれて苦しむからです、マスター……」
僕がそうであったように、と続けようとしたホムを視線で辛うじて制し、僕は大きく息を吐いた。僕の経験が、常人ならば死を覚悟するあの一瞬がホムに多大な影響を与えてしまっているようだ。
「……アルフェ。すまないけど、ホムのことを浄眼で見てもらえるかい?」
「もちろん」
アルフェが錬武場の上に上り、ホムと向き合う。
「ホム、魔法は出さなくていい。手のひらに属性エーテルを作ってくれ」
「かしこまりました、マスター。アルフェ様、よろしいでしょうか?」
「いつでもいいよ、ホムちゃん」
アルフェが明るく応じるのを合図に、ホムが目を閉じ意識を手のひらに集中させる。僕にはなにも見えないけれど、アルフェの浄眼には属性エーテルの色が見えるはずだ。
「……赤……、水色……、緑色……、茶色……。ひとつ足りないみたい……」
思った通りだった、火のエーテルはアルフェの浄眼では赤に、水のエーテルは水色、風のエーテルは緑色、土のエーテルは茶色に見える。だが、黄色に見えるはずの雷のエーテルは出せていないようだ。
「ホムちゃん、雷のエーテルだけ出してみて」
アルフェに促され、ホムが再び意識を集中させる。だが、次の瞬間、ぶるぶるとホムの手が震えだした。
「……申し訳ありません、アルフェ様……」
「いいよ、ホムちゃん。無理させちゃってごめんね」
ホムが腕を押さえて謝罪する。アルフェは首を横に振り、ホムを慰めると、僕の方に向き直った。
やはり、雷のエーテルだけは出すことができないらしい。つまりホムは、特定の属性エーテルを出せない属性欠落疾患を抱えてしまっているようだ。
「……マスター……」
「いい、これは僕のせいでもある」
やはりホムの育成中に起きたあの感電が原因で間違いないな。僕が感じた痛みや、本来の人間ならそうなるであろうという一瞬のイメージが、恐怖の感情抑制が意味をなさないほどの恐怖となって、ホムに植えつけられてしまったのだ。
「……老師様、申し訳ございません。わたくしには――」
「気に病むことはない。少し休むとしよう」
落ち込んだ様子のホムの言葉を遮り、タオ・ランが優しく促す。その間にも、僕はこの問題をどう解決すべきか考え続けていた。
「加減を間違えて庭を破壊しては、宿を追い出されてしまうからの。ほっほっほ」
タオ・ランはそう笑い飛ばしていたが、とても冗談とは思えなかった。大の大人を一瞬にして高い壁の向こうへと吹き飛ばすほどの技は、いくら広いとはいえ、宿屋の庭で披露することさえ危険だということなのだろう。
「……さて、着いたぞ。今日はここで修行を行う」
タオ・ランの案内で辿り着いたその場所には、平たく円い巨岩が置かれており、さながら錬武場のようになっていた。周囲は開けており、龍樹の木が一本ある他には目立つ物はなにもない。
「ここならば、思う存分ホム嬢ちゃんの力を発揮できるじゃろう」
「……恐れ入ります、老師様」
「なに、あまり窮屈な思いをさせ続けるのも忍びないからの。ほっほっほ」
ホムには、人間に迷惑をかけるような行動は慎むようにとあらかじめ『常識』で仕込んであったのだが、修行の際の力加減にも随分と反映されていたようだ。タオ・ランは笑っていたが、師を相手に加減してしまうのは失礼に当たるのかもしれないな。とはいえ、今のホムの全力がどういうものになるのか、僕にも想像がつかないので許可を出すわけにはいかないのだけれど。
「では、早速奥義の伝授と行こうかのう。わしの奥義は『雷鳴瞬動』という――。まあ、百聞は一見にしかずじゃ」
タオ・ランが錬武場に見立てた巨岩の上に上り、右足を引いて低く腰を落とす。ゆっくりと手を前に構えたタオ・ランは、ふっと大きく息を吐くと、無詠唱で武装錬成と雷魔法を同時に発動させた。
「見ておれ……。雷鳴瞬動!」
タオ・ランが一歩踏み込んむと同時に、岩を破って二本の鋼鉄製の軌道がせりあがってくる。その軌道から迸る電流をその身に纏ったタオ・ランが、信じられないような速さで移動し、蹴りを繰り出した。
空気が破れる音を立て、遙か彼方の雲が見る間に真っ二つに割れていく。
「奥義・雷鳴瞬動じゃ。ふむ、帝国風の言葉で言うならブリッツレイドと言ったところかのう」
空に残るタオ・ランの蹴りの軌跡を呆然と見つめたままの僕たちを、タオ・ランが振り返る。あの凄まじい蹴りを繰り出したその足許は、武装錬成による鋼鉄で強化されていた。
なるほど、普通の装備ではあの威力に耐えられないから、武装錬成と組み合わせているのだろうな。軌道を流れる電流で装備が崩壊するよりも早く、再度武装錬成を行うことで、装備の形が維持され、あの技を繰り出せるようになっているらしい。
原理としては、あの電流が流れる二本の軌道を射出台に見立てて、自身の肉体を超高速で前方に移動させる仕組みのようだ。空気が破れる音が聞こえたということは、放たれたタオ・ランの蹴りは音の伝達速度よりも速いということになる。
「さて、これまでの応用の最終形態といったところじゃが……。どうかの、ホム嬢ちゃん?」
「やってみます」
ホムは頷き、真ん中に大きな凹みと罅割れの出来た巨岩の上に立つ。目を閉じ、先ほどタオ・ランが見せた奥義を反復したのち、ホムが目を見開いた。
「雷鳴瞬動!」
ホムの詠唱に伴い、岩を破って二本の鋼鉄製の軌道が具現する。だが、タオ・ランの奥義とは明確になにかが欠けていた。そのためか、ホムは軌道の上をタオ・ランと同じ速さで移動することができず、蹴りの威力にも変化がなかった。
「ほうほう。さすがのホム嬢ちゃんでも、これはちと難しかったようじゃな」
タオ・ランが生み出された軌道とホムを見比べながら巨岩の上に飛び乗る。だが、ホムを見る限り、難しかったから失敗したというわけではなさそうだった。現に軌道は生み出せているし、ホムの脚には武装錬成で生み出した頑丈な靴が備わっている。
「雷魔法、出てないみたい……」
アルフェの呟きで、違和感の正体がわかった。この奥義の動力とも言える雷魔法が生み出せていないのだ。その証拠に、射出台の役割を果たす軌道の生成には成功しているが、そこには肝心の電流が走っていない。
「……ホム、指先から電流を出せるか?」
指示したのは最も初歩的な雷の魔法だ。一応見本にと自分の指先から小さな雷を出してホムに見せてやった。ホムは頷き、「雷よ――」と詠唱を始めたが、その指先にはなんの変化ももたらさなかった。
やはりなにかがおかしい。僕ができて、ホムが出来ないという道理はないはずだ。
もう関係がないだろうと酸素供給魔導器が停止した事故の影響を排除していたが、ここにきてなにかが起こっているとしか思えない。
そこまで考えて、ふとあの時起こったことを思い出した。
漏れ出したアムニオス流体に流れた電流に、僕は感電していたのだ。
「……ホム、雷魔法――電気に対して、どんなイメージを持っている?」
「……怖いもの、です。マスター」
恐れていた答えが戻って来た。あのとき、僕はエーテル過剰生成症候群のお陰で、一瞬にして治癒したけれど、普通の人間ならば、かなり恐ろしいことになっていたはずだ。
あの時僕と感情などを同調させていたホムにも、当然そのイメージは伝わっている。錬成時に恐怖という感情を抑制するように設定してあるにもかかわらずに、『怖い』という反応が出てしまうのは……。
「何故、怖がる?」
「感電は痛く、皮膚が焼けただれて苦しむからです、マスター……」
僕がそうであったように、と続けようとしたホムを視線で辛うじて制し、僕は大きく息を吐いた。僕の経験が、常人ならば死を覚悟するあの一瞬がホムに多大な影響を与えてしまっているようだ。
「……アルフェ。すまないけど、ホムのことを浄眼で見てもらえるかい?」
「もちろん」
アルフェが錬武場の上に上り、ホムと向き合う。
「ホム、魔法は出さなくていい。手のひらに属性エーテルを作ってくれ」
「かしこまりました、マスター。アルフェ様、よろしいでしょうか?」
「いつでもいいよ、ホムちゃん」
アルフェが明るく応じるのを合図に、ホムが目を閉じ意識を手のひらに集中させる。僕にはなにも見えないけれど、アルフェの浄眼には属性エーテルの色が見えるはずだ。
「……赤……、水色……、緑色……、茶色……。ひとつ足りないみたい……」
思った通りだった、火のエーテルはアルフェの浄眼では赤に、水のエーテルは水色、風のエーテルは緑色、土のエーテルは茶色に見える。だが、黄色に見えるはずの雷のエーテルは出せていないようだ。
「ホムちゃん、雷のエーテルだけ出してみて」
アルフェに促され、ホムが再び意識を集中させる。だが、次の瞬間、ぶるぶるとホムの手が震えだした。
「……申し訳ありません、アルフェ様……」
「いいよ、ホムちゃん。無理させちゃってごめんね」
ホムが腕を押さえて謝罪する。アルフェは首を横に振り、ホムを慰めると、僕の方に向き直った。
やはり、雷のエーテルだけは出すことができないらしい。つまりホムは、特定の属性エーテルを出せない属性欠落疾患を抱えてしまっているようだ。
「……マスター……」
「いい、これは僕のせいでもある」
やはりホムの育成中に起きたあの感電が原因で間違いないな。僕が感じた痛みや、本来の人間ならそうなるであろうという一瞬のイメージが、恐怖の感情抑制が意味をなさないほどの恐怖となって、ホムに植えつけられてしまったのだ。
「……老師様、申し訳ございません。わたくしには――」
「気に病むことはない。少し休むとしよう」
落ち込んだ様子のホムの言葉を遮り、タオ・ランが優しく促す。その間にも、僕はこの問題をどう解決すべきか考え続けていた。
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