アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第二章 誠忠のホムンクルス

第89話 老師の導き

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 夜遅くまで考えたところで、解決策はなにも浮かばなかった。完璧であったはずのホムに欠陥を植え付けてしまった後悔のようなものが、僕をさいなんだ。

 それは、グラスの頃の僕にはあり得ない変化でもあった。グラスならば、ホムンクルスを欠陥品として扱い、また新たなホムンクルスを錬成するだろう。だが、僕はその手段を真っ先に選択肢から外した。

 アルフェや僕の家族、セント・サライアス中学校、そしてタオ・ランが『ホム』として認めているホムンクルスは、最早唯一無二の存在だからだ。

 結局一睡も出来ないまま朝を迎えた僕は、気分を変えようと宿屋の女主人に台所を借り、朝食を作ることにした。宿の台所には本格的な調理道具が揃っていたので、細かく切った野菜を加熱魔導器レンジを使って火を通してから、じっくりと煮込んだスープを作ることに決めた。

 朝だし、胃に負担がかからないように軽めのものがいいだろう。昨日は鶏粥だったから、野菜スープに米を入れて、カナド風の粥を帝国風にアレンジしても良さそうだ。味付けは野菜の出汁を活かすことにして、それとは別に固形スープの素を女主人から分けてもらった。

「ほっほっほ。今日は随分と早起きじゃの、リーフ嬢ちゃん」
「おはようございます、老師」

 女主人しかいない早朝の台所に、タオ・ランが合流する。加熱魔導器がちょうど音を立てて加熱済みであることを知らせたので、扉を開くと野菜の良い香りがした。

「ほうほう。野菜のスープでも作るのかな?」
「はい。これに米を加えて、リゾット――帝国風の粥を作ってみようと思っています」

 鍋掴みを両手にはめて加熱魔導器からガラス製のボウルを取り出し、湯を沸かした鍋へと移す。

「リーフ嬢ちゃんは、これがなんなのか知っておるか?」

 調理を進める僕の傍で、タオ・ランが加熱魔導器を指して聞いた。

加熱魔導器レンジです」

 答えながら、奇妙な質問だと思った。使い方を分かっているというのに、僕がこの魔導器の名前を知らないとは、まさか思ってはいないだろう。質問の意図がわからないまま、僕はタオ・ランを見つめ、老師の次の言葉を待つことにした。

「……左様。レンジじゃ。わしの故郷にもこれとそっくりのものがあり、電子レンジと呼ばれておる」
「名前から察するに、魔導器ではないようですが、それは、どういう――」
「いわゆる禁忌の科学技術というやつじゃよ。ほっほっほ……」

 タオ・ランは僕の問いかけに笑って答えると、くるりと背を向けた。

「さて、今日の修行じゃが、休みにしよう。ホム嬢ちゃんの上達に合わせておったつもりが、わしとしたことが少し急ぎすぎたかもしれん」

 ――禁忌の科学技術。

 タオ・ランの不思議な質問と僕の問いかけへの答えを頭の中で繰り返す。老師の話では、カナド地方にはまだその名残があるらしい。それはホムのこととなにか関係があるのだろうか。そう問いたかったが、手許の鍋が噴きこぼれてしまい、話はそこで終わってしまった。


 天気が良いこともあり、朝食は庭の一角に長机と椅子を並べて摂ることにした。ホムが机と椅子を運び、アルフェが僕の作った朝食を盛り付けてくれる。配膳までやるつもりだったが、アルフェが自分も手伝いたいというので、任せることにした。

 アルフェに任せた理由はそれだけではなく、今朝の質問の意図を訊ねるべく、僕は少し離れた場所で日課の運動をしているタオ・ランに近づいた。

「老師。今朝の禁忌の科学技術の件ですが――」
「やはり気になっておったようじゃな」

 僕が訊ねることを見越していたように、タオ・ランが姿勢を正して僕と向き合う。

「この世界には、禁忌とされるものが幾つもあります。加熱魔導器と機能を同じくする科学技術は見過ごされている、だがそうではないものもある……ということなのでしょうか?」

 自分なりに考えたことを質問にまとめてみたが、どうにも引っかかる。上手く表現出来ていないし、僕自身がタオ・ランの話の意図を解釈出来ていないことが言葉にしてはっきりとわかってしまった。

 タオ・ランは僕の問いかけに肯定とも否定とも取れない頷きを見せ、アルフェとホムの方を見遣った。

「……なぜ、今の世界に科学技術が存在しないのかは知っておるな?」
「はい。戦争を終わらせた英雄たちが、旧人類の技術を禁忌と称してそれらを封印したからです」

 これについては、魔法歴史学や魔導工学の授業で幾度か触れてきたし、グラスも知っている話だ。

「ほうほう、よく勉強しておるな。それを実行したのが誰じゃ?」
「ワタシ、知ってるよ! 八英雄さまだよね、アルフェはサライ様が好きだよ」

 僕たちの話を聞いていたのか、アルフェが手を挙げて答える。

「ほほう。わしも、サライ様は好きじゃよ。だが、科学技術を封印したのはサライ様ではない」

 そのとおりだ。教科書では有耶無耶にされているが、僕は知っている。

「ユーゼス・アルカディア。このアルカディア帝国をつくった始祖皇帝です」
「左様。かの男が旧人類を虐殺し、その技術の全てを闇に葬った……」

 幾分か暗い声で呟くように述べたタオ・ランが、その経緯を語り始める。

 ユーゼスは新人類解放軍のリーダーだったヨシュア・アルカディアの息子であり、戦争の天才という異名を持っていた。武勇に優れ、父親譲りのカリスマ性を持ち、新人類らの希望の象徴となっていた。

 だが、父親のヨシュアが戦死し、自身が解放軍のリーダーとなった辺りから、彼は少しずつ狂っていった。戦争によって犠牲が増えるごとに、ユーゼスは多くの友を、愛する者の命を奪われ、旧人類を激しく憎むようになった。その怨恨は、戦勝者となったユーゼスに、旧人類の殲滅という凶行をもたらしたのだ。

「……朝からする話ではなかったのう……」

 凄惨な話を聞き、言葉を失うアルフェに申し訳なさそうな顔をしながら、タオ・ランは続けた。

「わしらカナド人は、ユーゼスのやり方についていけなくなった新人類の末裔じゃ。カナド人のルーツは知っておるか?」
「確か、八英雄のイザナギ様とイザナミ様だったと記憶しています」

 僕の答えに、タオ・ランは長い髭を揺らして深く頷いた。

「そうじゃ。かの兄妹は旧人類と仲が良かった。その旧人類たちは和の心を持ち、穏健な人々だったと伝え聞く。だが、ユーゼスの虐殺は争いを好まぬ者たちにも容赦なく及んだ。ユーゼスの蛮行を見かねたイザナギとイザナミは、反ユーゼスを掲げる人々と共に、大陸の北部に移り住むようになったのだ」

 それ故、カナド人は科学技術を忌避せず、今でも生活の中で科学を日常的に扱っているらしい。やっと話が少し読めてきた気がする。

雷鳴瞬動らいめいしゅんどうも、わしの故郷にあるレールガンという巨大な砲台の仕組みを真似しておる。用いるのはこの身と魔法じゃが、同じようなことは、レールガンという武器で代用出来るじゃろう」

 タオ・ランはそう言って足元にあの軌道レールを具現させ、その上に飛び乗った。電流は流れておらず、次の動作も行わない。ただ、静かに話を続けるだけだ。

「新人類は科学を嫌い、多くの犠牲を払いながら科学を手放した。だが、今では科学を模倣した発明品を作っておる……。かつて、旧人類が作ったものを別の方法で再現しているのじゃ」

 ああ、だから加熱魔導器と電子レンジの話をしたのか。旧人類の科学技術を知っているならば、今の簡易術式で制御されている魔導器の普及は複雑だろうな。

 タオ・ランの言葉を借りれば、一度全て手放して滅ぼしたものを、別のやり方で作り直しているだけなのだから。つまり、不要として手放したものが本当は必要だったのだと、認めているようなものなのだ。

「……老人の戯言と思ってくれてもいい。だが、こういう話があったことを覚えておいてほしい」
「戯言なんて――」
「力や技術に善悪はない。善悪を決めるのは扱う人間によるものじゃ。そして悪を生まぬよう、子供たちを善の心に導くのは大人の役割じゃ」

 その真っ直ぐな目を見て、ホムの修行をどうして無償で引き受けてくれたのかが、やっと理解出来た気がした。僕の、ホムに抱いている悪しき感情はもう既に見抜かれていたのかもしれない。

「リーフ嬢ちゃん……。この世界には、『旧人類』や『新人類』という区別は不要じゃった。皆、等しく『人』であることを認めておれば、あのような戦争もなかったじゃろう。どのような姿であれ、人のかたちを取る者は等しく人である。それを忘れてはならぬぞ」

 当然その中には、ホムンクルスも混じっている。養父やグラスにはなかった概念だが、リーフとして生きる以上は、ホムのことを一人の人間として認める必要がある。アルフェとホムの手前、かなり遠回りして伝えられたが、しっかりと釘をさされたようだ。

「……わかりました、老師」

 今世では人の役に立ちたいし、身近な人間を幸せにしたい。ホムを欠陥品だと切り捨てられないのも、リーフとして生きてきた僕の経験がそうさせている。だからといって、ホムを今すぐ人間のように扱うことは難しいけれど。


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