アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第三章 暴風のコロッセオ

第162話 貴族寮の罠

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 夕食後、良い場所があるというヴァナベルにつれられて、僕たちは飲み物を手に中庭に出た。

「すごーい、噴水があるんだね」

 遠目に噴水を見つけたアルフェが、嬉しそうに声を弾ませる。

「年がら年中枯れてるらしいけどな」

 噴水がある少しこぢんまりとした中庭は、貴族寮と平民寮の間の敷地にあるが、噴水に水が入っていないところを見るに、どうやら平民寮の敷地という扱いらしい。

「はぁ~っ、風があるだけでも随分違うぜ!」
「晩ごはんいっぱい食べたあとだから~、気持ちいいねぇ~」

 噴水の縁にまるく並んで腰かけ、外の風を浴びるのは、かなり心地良い。普段は夕食後すぐに部屋に戻って過ごしていただけに、こうした過ごし方をしていなかったのは少々勿体なかったかもしれない。

「こんだけ暑けりゃ、今日は水風呂でいいな!」
「いいねぇ、さんせ~い!」
「にゃはっ! 腹冷やさないようにしないとな」

 暑くなってきたら、散湯魔導器シャワーの温度を下げても気持ちがいいだろうな。冷風が送れる小型の魔導器を作ったら、夏には重宝するかもしれない。

 そんなことを考えていると、ホムが僕に身体を寄せて囁いてきた。

「マスター」
「どうした、ホム?」
「あれを」

 ホムが指差した先、貴族寮の廊下の窓際にグーテンブルク坊やとジョストが立っている。

「グーテンブルク坊やじゃないか」

 僕とホムが視線を向けると、ノートを広げて窓に押しつけた。

 用があるなら窓を開けて話せばいいのに、なぜ筆談なのだろう。疑問に思いながら、グーテンブルク坊やのメッセージに目を通す。

「……そっちに、リゼルとイグニスさんが向かってる。早く寮に戻れ」
「イグニスって誰だ?」

 僕の呟きにヴァナベルの兎耳族の耳が動き、耳ざとく訊ねてきた。

「生徒会の副会長だよぉ~」
「げっ! 思い出したぜ、貴族の中でもかなり嫌なヤツって噂――むぐっ!?」

 それ以上喋らせまいと、ヌメリンがヴァナベルの口許を塞ぐ、

「声がおっきいよ~」
「おやおや、自覚はあるようだな」

 だが、その甲斐虚しく、貴族寮の人間に聞きつけられてしまった。現れたのは1年A組のリゼルだ。

「話し声がうるさいと、クレームが入っている」

 逆立てた青髪を手のひらで撫でながら、リゼルが僕たちを睨めつける。その傍らには、やや長い赤髪を逆立てた上級生がいた。ひだの付いた白い胸飾りのついたシャツに、蒸し暑いというのにかっちりとした長い上着を着込んでいる。おそらく、グーテンブルク坊やの言っていたイグニスというのがこの上級生の名前だろうな。

「一人じゃ怖ぇからって先輩を連れて来たって訳か?」

 リゼルを挑発するようにヴァナベルが立ち上がる。

「なんだと――」
「生徒会の一員として、寮の規律を破る輩を見過ごすわけにはいかなくてね」

 挑発に乗りかけたリゼルを、イグニスが落ち着いた様子で制した。

「規律ってなんだよ。消灯時間でもなんでもねぇし、ここは共有スペースだろ?」

 生徒会と聞いてもヴァナベルは自分の考えを曲げない。僕としても問題視されるほどの声量ではないという認識だったので、同意を示して頷いた。

「ほう……」

 ヴァナベルの反論を聞き、イグニスが吊り上がった眉をさらに吊り上げる。

「人間モドキの平民が貴族に口答えをするとは。さすが身の程知らずのF組だな」
「……てめぇも亜人差別者かよ」

 態度を豹変させたイグニスに、ヴァナベルが呻るように呟く。

「差別? 勘違いするな、これは区別だ。情けで与えられた人権を振り翳して、対等に立ったと思うなよ、人間モドキ」
「てめぇ、何様のつもりだぁ!?」

 カッとなったヴァナベルがイグニスの胸ぐらを掴む。

「そっちこそ、どういうつもりだ? その拳で俺を殴るか? 暴力に訴えるしか能がないあたりは、所詮ケモノだな」

 こういうとき、ブレーキをかけるのが僕の仕事だ。

「……ヴァナベル」
「わぁってんよ」

 声をかけただけで、ヴァナベルは大人しく手を離してくれた。

「手ぇ出すのは悪手だよな。そんくらいはオレでも――」
「ヴァナベル!」

 ヴァナベルが言い終わらないうちに鋭い声を上げたのはファラだった。

「うぉおおおおっ!」

 背後から突然、杖を振りかぶった生徒が襲ってきたのだ。

「……どういうつもりなんだ?」

 杖を受け止めたファラが、ヴァナベルと揃って襲いかかってきた生徒を睨む。

「おっと済まない。副会長がやられると思ったら、咄嗟に杖が出てしまった」
「……わざとなのはわかってる。あたしの眼は誤魔化せない」
「チッ、亜人の上に魔眼持ちか……」

 舌打ちして呟いたのはイグニスだった。

「そういうこと」

 ファラはそれに頷き、ざっと周囲を見回して大きく手を広げた。

「……ところで、さっきから、結構気になってるんだよ。そこの茂みとか木のかげとかにさ、あんたたちのお仲間がたくさんいる。あたしたちを囲んで、どうするつもり?」
「嫌がらせってヤツか? F組から機兵適性値の満点が出たからって――」
「悪い芽は摘み取るだけだ。お前たち、やれ!」

 イグニスの合図に、中庭に隠れていた取り巻きたちが襲ってくる。明確な敵意を向けられたこともあり、ファラとヴァナベルが先陣を蹴散らした。

「……なあ、リーフ。オレたちなにか間違ってるか?」
「大人しくやられろなんて、僕には言えない」

 にやりと笑ったヴァナベルが聞いてくる。罠にはかかったと思う。だけど、他に良い案もなにもない。

「……ワタシ、ワタシ、知ってる!」

 と、不意にそれまで黙っていたアルフェが急に大きな声を上げた。

「アルフェ?」

 アルフェは、ぎゅっと拳を握りしめ、震える足でイグニスの前へと進み出る。

「ねえ、副会長さん。この学園では、揉め事は決闘で決着を付けるんでしょ?」
「規律ではそうなっているが? それがどうした? 先に手を出したのはそっちだぞ」

 どちらが先に手を出したかなんて話は、僕たちが不利に決まっている。ヴァナベルが挑発に乗ってイグニスの胸ぐらを掴んだときから、僕たちはもうヤツらの罠にかかっているのだから。

「ヴァナベルちゃんが先に手を出したのは悪かったと思うけど、今『やれ』って命令したの、ワタシ、ちゃんと記録してるよ」

 アルフェはそう言うと、水鏡を空間に浮かび上がらせる。水鏡に投影魔法で映されるのは、先ほどのイグニスたちの言動だ。

「馬鹿な!? あの一瞬で……」

 イグニスは驚愕に目を見開き、悔しげに唇を歪ませている。取り巻きたちは思わぬ事態におろおろと後退を始めた。ここはアルフェの勇気をしっかりと汲み取らないといけないな。それをまとめるのはきっと僕の役目だ。

「さて、これを見られたら、立場的に困るだろうね。だったら、アルフェの言う通り、生徒同士の揉め事として決闘で決着するのはどうだろうか」

 僕の提案にイグニスは歯噛みし、リゼルは落ち着きなく左右に身体を揺らしている。

「……F組唯一の人間は、どうにも厄介だな」

 ややあって、イグニスが観念したように口を開いた。

「いいだろう、その話に乗ってやろう。ただし、一対一だ」
「オレが行く」
「ヴァナベルは駄目だ」

 やってやると言わんばかりに拳を叩きながら前に出るヴァナベルを、反射的に止めた。

「お前、本当にブレーキかけてくんなぁ……」

 後ろ頭をがりがりと掻くヴァナベルは、明らかに怒っている。

「ベルは頭に血が上ってるしぃ~、ヌメも反対だよぉ~」
「こんだけ馬鹿にされて、冷静でいられるかよ」

 だが、僕とヌメリンの忠告は受け入れてくれたようで、それ以上なにも言わなかった。

「にゃはっ、まあそうだよな。あたしも冷静じゃいられない」
「……わたくしが参ります」

 ファラが自ら冷静でないと発言するのは意外だった。だとすれば、この中で最も冷静で、かつ勝ち目があるのはホムだろう。

「悪いが頼んだよ、ホム」
「かしこまりました、マスター」

 貴族寮の言いがかりが発端で、ホムとイグニスの決闘が行われることになってしまった。

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