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第三章 暴風のコロッセオ
第197話 公園のエアボード
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放課後から食堂での夕食までの小一時間ほど、エステアとメルアはカフェでのティータイムを過ごすのが常だ。決まった時間を定めているわけではないが、なんとなく合流してスイーツと紅茶を楽しむらしいのだが……
「うちが大遅刻したから、怒って帰っちゃったのかと思ったけどさ、そもそもカフェにも来てないっていうし~。なんでぇ~」
そのエステアの姿が見えないらしく、いつになくメルアが慌てている。頭に浮かんでいる不安をそのまま吐露しているらしく、何を言っているかいまひとつ要領を得ない。
なにがあったかはわからないけれど、ひとまずメルアを落ち着かせないといけないということだけは理解できた。
「ちょっと落ち着こうよ、メルア」
宥めるようにメルアの手に触れ、今にも泣き出しそうな浄眼を見上げる。
「エステアのことなんだから、生徒会の用事かもしれないよ」
「うちもその生徒会なんですけどぉ~」
そういえばそうだった。恐らく、エステアに関してはルームメイトで同じ生徒会のメルアが誰よりも詳しいだろう。そのメルアが混乱しているということは、非常事態なのかもしれない。
かといって、広い学園内を闇雲に探すのは現実的ではないし、拡声魔法を使って呼びかけるのはエステアにとって不都合な事態を呼ぶかもしれない。
「あ……」
考え倦ねていると、ふと思いついたようにアルフェが短く呟いた。
「なになに!? アルフェちゃん!?」
心当たりがあるのかと、メルアがアルフェに飛びつく。
「あのね。エステアさんのエーテルも結構独特だから、ワタシとメルア先輩で視たら見つけられないかなーって」
「あ! そっか!」
ああ、そういえば、メルアは大闘技場で僕のエーテルを手掛かりにあの人混みから見つけ出したんだった。だとすれば、アルフェの提案した方法はかなり良さそうだ。
「浄眼が三つもあれば、すぐ見つけられるよね! よーし!」
エステアを見つけられる算段がついたこともあり、途端にメルアの声が明るくなる。
「……エステアのエーテル、エステアのエーテル……。あっ! あっちっぽい~!」
程なくしてエステアのエーテルからその気配を見つけたメルアが、商業区の方を指差した。
* * *
「こっちこっち! 間違いナイって~! なんなら声もするし~!」
「あ、ホントだ。ファラちゃんたちもいるみたいだよ」
メルアとアルフェの案内で辿り着いたのは、商業区の公園だった。
鋼鉄製のレールや、巨大な楕円形の配管を半分に切ったような形の曲面を二つ合わせたような奇妙な形の遊具などがあちこちに配置されている。
僕の背丈の約二倍ほどのその巨大な遊具の上を、板状の乗り物に乗ったヴァナベルが回転しながら自在に飛び回っている姿が見えた。
それに続いて大跳躍を見せているのは、ホムだ。
「わー、すごーい!」
「めっちゃ遊んでんじゃん! エステア~~!」
アルフェがぱちぱちと拍手をし、エステアの姿を見つけたメルアが大きく手を振る。ファラとヌメリンの姿も見つけられた。
楽しげにしている様子を見るに、どうやらこの板状の乗り物で遊んでいたようだ。
「マスター!」
ホムが板状の乗り物から降り、脇に抱えて駆け寄ってくる。
「珍しい乗り物に乗っているね。これはなんだい?」
見たこともない乗り物を間近で観察しながら聞くと、ホムはヴァナベルたちを一瞥して説明した。
「ヴァナベルによると、エアボードというそうです。これがなかなか興味深い乗り物で……」
「私も通りがかりに見て、気になっちゃって……」
自在にエアボードを操りながら近づいて来たエステアが、申し訳なさそうにメルアを見る。
「どこにもいないから心配したよ~。ってか、エステア、エアボード乗れたんだ!?」
「ううん、今日が初めてよ」
「もー! そういうこと、サラッと言う~!」
エステアが少し恥じらいながら応えると、メルアが苦笑を浮かべて軽く曲げた腕をぶんぶんと振った。
「へぇ……。風のルーンを複数組み合わせることで、板を浮遊させているんだね。エステアとは相性が良さそうだ」
風魔法を得意とするエステアなら、難なく乗りこなせるだろう。とはいえ、この板の上でバランスを取りながら高速で滑空するには、かなりの身体能力を求められそうだな。
「勝手に連れ出して悪かったな。なんか、行き詰まってたみたいだからさ」
「ホムちゃん、風魔法ですっごい大ジャンプを決めてたんだよぉ~。初めてなのにすごいよねぇ~」
長靴に仕込んである風魔法とエアボードを組み合わせようと考えつくあたりは、さすがはホムだ。
「楽しかったかい?」
「はい、とても」
僕の問いかけにホムがはにかむような笑顔を見せる。決闘でエステアに負けてからというもの、どこか暗い表情だっただけになんだか嬉しくなった。しかも、エステアがいても笑顔を見せてくれたということは、彼女自身に対しての悪感情は持っていないようだ。
「なっ! 気分転換に来て正解だっただろ!?」
「にゃはっ! ヴァナベルもたまには良いこと思いつくよな」
「たまには、は余計だっての!」
気分を良くしたヴァナベルがにやりと笑う。混ぜっ返すファラに頬を膨らませながらも、ヴァナベルもかなり楽しそうだ。
「ホムちゃん、最初は渋々って感じだったからねぇ~」
「ええ……確かに最初は、特訓を差し置いて気分転換とは……と不満でしたが……」
実際ヴァナベルたちと来てみたら、楽しかったのだろう。ホムにしては珍しく少し興奮した様子だ。
「風を操るように空を駆け、自身の体幹に強く意識を向けられたことで、なにかひとつ殻を破れたような気がします」
「そうそう、オレ直伝の空中宙返りもあっというまにモノにしちまったぐらいだからな!」
「エステア様が三回転を披露されたのには驚きでした」
誇らしげに言うヴァナベルの隣で、ホムが尊敬の眼差しでエステアを見つめる。エステアは恐縮したように微笑んだ。
「ヴァナベルのお手本が良かったからです」
「だろ!? 最初に教えたのはオレだっつーの!」
エステアのフォローに気を良くしたヴァナベルが胸を張る。
「にゃははははははっ」
「ふふふふっ」
わかりやすいヴァナベルの様子にファラが噴き出し、エステアがつられて笑った。
僕が知らないうちに、このエアボードでの遊びを通じて、それなりの交流がはかれたようだ。
「ともあれ、無事で良かったよ~。うち、温厚なエステアを遂に怒らせたかと思ってヒヤヒヤしちゃったんだから」
「メルアに怒ることなんてないでしょ?」
改めて安堵の声を漏らすメルアに、エステアが不思議そうに返す。
「それがそうでもないんだよ~。うちがさ約束の時間に大遅刻しちゃって――」
メルアがそう言って公園の時計を見上げたその刹那。
「「「あーーーーーーっ!!!!」」」
食堂が閉まる時間が迫っていることに気づき、全員が大声を上げた。
「やべぇ、急ぐぞ!」
「片付けは、わたくしにお任せください!」
「走るよぉ~!」
「にゃはははっ! あたしがいっちばーん!」
「おい、コラ待て!」
ヴァナベルとファラ、ヌメリンがばたばたと走って行き、ホムが残ったエアボードを倉庫に片付け始める。エステアもホムに倣ってエアボードを倉庫にしまうと、僕たちに会釈した。
「私たちも、これで」
「またね、ししょ~!」
メルアとエステアが手を振りながら去って行く。その後ろ姿を手を振って見送った僕は、名残惜しそうに片付けたエアボードを見つめているホムに声をかけた。
「かなり楽しかったようだね」
「……はい。それと、ひとつ技を思いつきました」
ホムが興奮していると感じたのは、どうやら間違いではなかったようだ。
「どんな技だい?」
「ヴァナベルに倣った宙返りを使い、上空で雷鳴瞬動を発動すれば、落下速度と電磁加速を利用した垂直落下攻撃を編み出せないものでしょうか?」
「それはいいね」
エアボードそのものを機兵用に用意するかどうかは別として、それを可能にする噴射式推進装置は必ず実装したいものだ。
「技名は差し詰め雷鳴天駆と言ったところかな」
「……さすがです、マスター。必ず、わたくしの力にして見せます」
ホムはホムで、武侠宴舞で勝つために日々精進を重ねているのが伝わってくる。それに応えられるのは、僕しかいないのだと改めて気を引き締めた。
「僕もそれが発動できる機兵を仕上げるよ。一日でも早くね」
「うちが大遅刻したから、怒って帰っちゃったのかと思ったけどさ、そもそもカフェにも来てないっていうし~。なんでぇ~」
そのエステアの姿が見えないらしく、いつになくメルアが慌てている。頭に浮かんでいる不安をそのまま吐露しているらしく、何を言っているかいまひとつ要領を得ない。
なにがあったかはわからないけれど、ひとまずメルアを落ち着かせないといけないということだけは理解できた。
「ちょっと落ち着こうよ、メルア」
宥めるようにメルアの手に触れ、今にも泣き出しそうな浄眼を見上げる。
「エステアのことなんだから、生徒会の用事かもしれないよ」
「うちもその生徒会なんですけどぉ~」
そういえばそうだった。恐らく、エステアに関してはルームメイトで同じ生徒会のメルアが誰よりも詳しいだろう。そのメルアが混乱しているということは、非常事態なのかもしれない。
かといって、広い学園内を闇雲に探すのは現実的ではないし、拡声魔法を使って呼びかけるのはエステアにとって不都合な事態を呼ぶかもしれない。
「あ……」
考え倦ねていると、ふと思いついたようにアルフェが短く呟いた。
「なになに!? アルフェちゃん!?」
心当たりがあるのかと、メルアがアルフェに飛びつく。
「あのね。エステアさんのエーテルも結構独特だから、ワタシとメルア先輩で視たら見つけられないかなーって」
「あ! そっか!」
ああ、そういえば、メルアは大闘技場で僕のエーテルを手掛かりにあの人混みから見つけ出したんだった。だとすれば、アルフェの提案した方法はかなり良さそうだ。
「浄眼が三つもあれば、すぐ見つけられるよね! よーし!」
エステアを見つけられる算段がついたこともあり、途端にメルアの声が明るくなる。
「……エステアのエーテル、エステアのエーテル……。あっ! あっちっぽい~!」
程なくしてエステアのエーテルからその気配を見つけたメルアが、商業区の方を指差した。
* * *
「こっちこっち! 間違いナイって~! なんなら声もするし~!」
「あ、ホントだ。ファラちゃんたちもいるみたいだよ」
メルアとアルフェの案内で辿り着いたのは、商業区の公園だった。
鋼鉄製のレールや、巨大な楕円形の配管を半分に切ったような形の曲面を二つ合わせたような奇妙な形の遊具などがあちこちに配置されている。
僕の背丈の約二倍ほどのその巨大な遊具の上を、板状の乗り物に乗ったヴァナベルが回転しながら自在に飛び回っている姿が見えた。
それに続いて大跳躍を見せているのは、ホムだ。
「わー、すごーい!」
「めっちゃ遊んでんじゃん! エステア~~!」
アルフェがぱちぱちと拍手をし、エステアの姿を見つけたメルアが大きく手を振る。ファラとヌメリンの姿も見つけられた。
楽しげにしている様子を見るに、どうやらこの板状の乗り物で遊んでいたようだ。
「マスター!」
ホムが板状の乗り物から降り、脇に抱えて駆け寄ってくる。
「珍しい乗り物に乗っているね。これはなんだい?」
見たこともない乗り物を間近で観察しながら聞くと、ホムはヴァナベルたちを一瞥して説明した。
「ヴァナベルによると、エアボードというそうです。これがなかなか興味深い乗り物で……」
「私も通りがかりに見て、気になっちゃって……」
自在にエアボードを操りながら近づいて来たエステアが、申し訳なさそうにメルアを見る。
「どこにもいないから心配したよ~。ってか、エステア、エアボード乗れたんだ!?」
「ううん、今日が初めてよ」
「もー! そういうこと、サラッと言う~!」
エステアが少し恥じらいながら応えると、メルアが苦笑を浮かべて軽く曲げた腕をぶんぶんと振った。
「へぇ……。風のルーンを複数組み合わせることで、板を浮遊させているんだね。エステアとは相性が良さそうだ」
風魔法を得意とするエステアなら、難なく乗りこなせるだろう。とはいえ、この板の上でバランスを取りながら高速で滑空するには、かなりの身体能力を求められそうだな。
「勝手に連れ出して悪かったな。なんか、行き詰まってたみたいだからさ」
「ホムちゃん、風魔法ですっごい大ジャンプを決めてたんだよぉ~。初めてなのにすごいよねぇ~」
長靴に仕込んである風魔法とエアボードを組み合わせようと考えつくあたりは、さすがはホムだ。
「楽しかったかい?」
「はい、とても」
僕の問いかけにホムがはにかむような笑顔を見せる。決闘でエステアに負けてからというもの、どこか暗い表情だっただけになんだか嬉しくなった。しかも、エステアがいても笑顔を見せてくれたということは、彼女自身に対しての悪感情は持っていないようだ。
「なっ! 気分転換に来て正解だっただろ!?」
「にゃはっ! ヴァナベルもたまには良いこと思いつくよな」
「たまには、は余計だっての!」
気分を良くしたヴァナベルがにやりと笑う。混ぜっ返すファラに頬を膨らませながらも、ヴァナベルもかなり楽しそうだ。
「ホムちゃん、最初は渋々って感じだったからねぇ~」
「ええ……確かに最初は、特訓を差し置いて気分転換とは……と不満でしたが……」
実際ヴァナベルたちと来てみたら、楽しかったのだろう。ホムにしては珍しく少し興奮した様子だ。
「風を操るように空を駆け、自身の体幹に強く意識を向けられたことで、なにかひとつ殻を破れたような気がします」
「そうそう、オレ直伝の空中宙返りもあっというまにモノにしちまったぐらいだからな!」
「エステア様が三回転を披露されたのには驚きでした」
誇らしげに言うヴァナベルの隣で、ホムが尊敬の眼差しでエステアを見つめる。エステアは恐縮したように微笑んだ。
「ヴァナベルのお手本が良かったからです」
「だろ!? 最初に教えたのはオレだっつーの!」
エステアのフォローに気を良くしたヴァナベルが胸を張る。
「にゃははははははっ」
「ふふふふっ」
わかりやすいヴァナベルの様子にファラが噴き出し、エステアがつられて笑った。
僕が知らないうちに、このエアボードでの遊びを通じて、それなりの交流がはかれたようだ。
「ともあれ、無事で良かったよ~。うち、温厚なエステアを遂に怒らせたかと思ってヒヤヒヤしちゃったんだから」
「メルアに怒ることなんてないでしょ?」
改めて安堵の声を漏らすメルアに、エステアが不思議そうに返す。
「それがそうでもないんだよ~。うちがさ約束の時間に大遅刻しちゃって――」
メルアがそう言って公園の時計を見上げたその刹那。
「「「あーーーーーーっ!!!!」」」
食堂が閉まる時間が迫っていることに気づき、全員が大声を上げた。
「やべぇ、急ぐぞ!」
「片付けは、わたくしにお任せください!」
「走るよぉ~!」
「にゃはははっ! あたしがいっちばーん!」
「おい、コラ待て!」
ヴァナベルとファラ、ヌメリンがばたばたと走って行き、ホムが残ったエアボードを倉庫に片付け始める。エステアもホムに倣ってエアボードを倉庫にしまうと、僕たちに会釈した。
「私たちも、これで」
「またね、ししょ~!」
メルアとエステアが手を振りながら去って行く。その後ろ姿を手を振って見送った僕は、名残惜しそうに片付けたエアボードを見つめているホムに声をかけた。
「かなり楽しかったようだね」
「……はい。それと、ひとつ技を思いつきました」
ホムが興奮していると感じたのは、どうやら間違いではなかったようだ。
「どんな技だい?」
「ヴァナベルに倣った宙返りを使い、上空で雷鳴瞬動を発動すれば、落下速度と電磁加速を利用した垂直落下攻撃を編み出せないものでしょうか?」
「それはいいね」
エアボードそのものを機兵用に用意するかどうかは別として、それを可能にする噴射式推進装置は必ず実装したいものだ。
「技名は差し詰め雷鳴天駆と言ったところかな」
「……さすがです、マスター。必ず、わたくしの力にして見せます」
ホムはホムで、武侠宴舞で勝つために日々精進を重ねているのが伝わってくる。それに応えられるのは、僕しかいないのだと改めて気を引き締めた。
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