アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
240 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第240話 最後の力

しおりを挟む

「そろそろお終いにしましょう。あなたは充分戦いました」
「わたくしは……、わたくしの力は、まだ全て出し切ったわけではありません!」

 ホムが泥の泥濘ぬかるみに脚を取られながら、上下左右に蹴りを繰り出す。脚を蹴り出すたびに黒血油こっけつゆが散り、エステアのセレーム・サリフの白い装甲に返り血のように散っていく。

「動きが緩慢になってますね。失血死の前にせめてものはなむけをあげます」

 エステアがホムにとどめを刺そうとしていることが、僕にもわかる。

「壱ノ太刀、はやて!」

 セレーム・サリフの刀が風の刃をまとう。エーテルの回復が充分ではないはずなのに、直撃を喰らえばただではすまないことを予感させる。

 エステアにはホムしか見えていない。今が最大の好機だ。

 真なる叡智の書アルス・マグナが僕の意を汲んで簡易術式を広げている。手を翳し、エーテルを流すと同時に詠唱を叫んだ。

「水よ、我が意に従い激流となれ。スプラッシュ・フラッド!」

 地面に広がった氷の壁の残骸は大きな泥濘ぬかるみを動かし、セレーム・サリフの両脚を泥の中に沈ませる。

「ここでアーケシウスが動いたぁああああああっ! 魔装兵並の魔法をまた見せつけてくるのかぁあああああっ!!」
「クリエイト・ウォーター!」

 機兵で戦うという制限がある以上、アーケシウスにとどめを刺されれば終わってしまう。だから、その前にこの状況をホムが有利に動けるように乱す。

「どうして水なんか――……っ!」

 エステアの呟きはそこで途絶え、驚嘆の叫びが短く聞こえた。僕がクリエイトウォーターで生み出した水が、大闘技場コロッセオの地面の至る所から噴き出し始めたのだ。

「す、凄まじい水がぁああああああっ! 濁流となって大闘技場コロッセオを水浸しにしているぅうううううううっ!!! セレーム・サリフ、身動きが取れないぃいいいいいいっ!! し、しかも、水の勢いで浮き上がりはじめたぁああああああっ!!!!」

 ジョニーの驚嘆の叫びに観客らも驚きの声を上げて宙を指差す。僕が生み出した水は、間欠泉のように激しく湧き出し、セレーム・サリフを宙に浮かび上がらせた。

「さしずめ、これは水の牢獄といったところかぁああああああっ!! 下は濁流と噴出する水の嵐! 噴射推進装置バーニアを起動させようにも、水の勢いがぁああああ、強すぎるぅうううううううっ!!」

「ホム!!」

 僕は濁流の最中に立ち、セレーム・サリフを見据えるホムに向かって叫んだ。

 これはホムにとっての最後の機会だ。僕が出来ることは、きっともう全て出し切った。ここから先は、ホムが自分のために戦う場になる。そうしなければならない。

「参ります!」

 ホムが噴射推進装置バーニアの力を借りて濁流の中を駆け出す。黒血油こっけつゆに塗れたアルタードが失血死するのはもう時間の問題だ。

 ホムの疾走に合わせて、壁にめり込んだままのレムレスが魔導杖を構えた。

 ――間に合った。

「アルフェ!!」
「アルフェ様!!」

 ホムと僕の声が重なる。アルフェは魔導杖を振るい、残る全ての魔力を賭した。

磁力加速リニア・アクセル!」

 ホムの行く先に加速魔法陣が次々と浮かび上がっていく。上空に向けて伸び続ける魔法陣は、空高くアルタードを運んでいく。まるで巨大な雷鳴瞬動ブリッツ・レイドの起動のように。

 アルタードが加速魔法陣を通るたび、機体が加速していく。約二〇枚、全ての加速魔法陣を抜けた先、アルタードは遙か上空に姿を消した。

「ありがとう、アルフェ。君のおかげでホムを送り出せた」
「…………」

 アルフェの応えはない。魔力切れで気を失ったのだ。だが、審判が撃墜判定を下す前に、上空でエステアの冷たい声が響いた。

「弐ノ太刀、旋風車つむじぐるま

 エステアが機体を翻して旋風を起こし、水の牢獄から抜け出す。弾かれた水がアーケシウスの上に落ちたかと思うと、泥の飛沫を上げてセレーム・サリフが目の前に着地した。

 クリエイトウォーターの効力はもう切れている。大闘技場コロッセオを満たす水のせいで、アーケシウスはほとんど水に浸かってしまっている。

「抵抗しないのですか?」

 刀を向けながらエステアが聞いた。

「見ての通り動けない。僕の役目は終わった。それに、君を倒すのはホムだ」
「そうですか」

 エステアが抑揚のない声で呟き、左腕でアーケシウスを泥濘みの中から強引に引き落とした。

「ではここで、見届けることです」
「油断しない方がいいよ。あの子は強い。きっと君が想像しているよりも、ずっとね」
「それは楽しみです」

 エステアはそう言うと、アーケシウスの左腕を斬り落とした。有効部位二箇所を破壊されたアーケシウスは撃墜扱いで、もう戦うことができない。

 だが、エステアが機体を起こしてくれたおかげで、あと少しだけここに居られる。

しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

処理中です...