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第三章 暴風のコロッセオ
第240話 最後の力
しおりを挟む「そろそろお終いにしましょう。あなたは充分戦いました」
「わたくしは……、わたくしの力は、まだ全て出し切ったわけではありません!」
ホムが泥の泥濘みに脚を取られながら、上下左右に蹴りを繰り出す。脚を蹴り出すたびに黒血油が散り、エステアのセレーム・サリフの白い装甲に返り血のように散っていく。
「動きが緩慢になってますね。失血死の前にせめてもの餞をあげます」
エステアがホムにとどめを刺そうとしていることが、僕にもわかる。
「壱ノ太刀、颯!」
セレーム・サリフの刀が風の刃を纏う。エーテルの回復が充分ではないはずなのに、直撃を喰らえばただではすまないことを予感させる。
エステアにはホムしか見えていない。今が最大の好機だ。
真なる叡智の書が僕の意を汲んで簡易術式を広げている。手を翳し、エーテルを流すと同時に詠唱を叫んだ。
「水よ、我が意に従い激流となれ。スプラッシュ・フラッド!」
地面に広がった氷の壁の残骸は大きな泥濘みを動かし、セレーム・サリフの両脚を泥の中に沈ませる。
「ここでアーケシウスが動いたぁああああああっ! 魔装兵並の魔法をまた見せつけてくるのかぁあああああっ!!」
「クリエイト・ウォーター!」
機兵で戦うという制限がある以上、アーケシウスにとどめを刺されれば終わってしまう。だから、その前にこの状況をホムが有利に動けるように乱す。
「どうして水なんか――……っ!」
エステアの呟きはそこで途絶え、驚嘆の叫びが短く聞こえた。僕がクリエイトウォーターで生み出した水が、大闘技場の地面の至る所から噴き出し始めたのだ。
「す、凄まじい水がぁああああああっ! 濁流となって大闘技場を水浸しにしているぅうううううううっ!!! セレーム・サリフ、身動きが取れないぃいいいいいいっ!! し、しかも、水の勢いで浮き上がりはじめたぁああああああっ!!!!」
ジョニーの驚嘆の叫びに観客らも驚きの声を上げて宙を指差す。僕が生み出した水は、間欠泉のように激しく湧き出し、セレーム・サリフを宙に浮かび上がらせた。
「さしずめ、これは水の牢獄といったところかぁああああああっ!! 下は濁流と噴出する水の嵐! 噴射推進装置を起動させようにも、水の勢いがぁああああ、強すぎるぅうううううううっ!!」
「ホム!!」
僕は濁流の最中に立ち、セレーム・サリフを見据えるホムに向かって叫んだ。
これはホムにとっての最後の機会だ。僕が出来ることは、きっともう全て出し切った。ここから先は、ホムが自分のために戦う場になる。そうしなければならない。
「参ります!」
ホムが噴射推進装置の力を借りて濁流の中を駆け出す。黒血油に塗れたアルタードが失血死するのはもう時間の問題だ。
ホムの疾走に合わせて、壁にめり込んだままのレムレスが魔導杖を構えた。
――間に合った。
「アルフェ!!」
「アルフェ様!!」
ホムと僕の声が重なる。アルフェは魔導杖を振るい、残る全ての魔力を賭した。
「磁力加速!」
ホムの行く先に加速魔法陣が次々と浮かび上がっていく。上空に向けて伸び続ける魔法陣は、空高くアルタードを運んでいく。まるで巨大な雷鳴瞬動の起動のように。
アルタードが加速魔法陣を通るたび、機体が加速していく。約二〇枚、全ての加速魔法陣を抜けた先、アルタードは遙か上空に姿を消した。
「ありがとう、アルフェ。君のおかげでホムを送り出せた」
「…………」
アルフェの応えはない。魔力切れで気を失ったのだ。だが、審判が撃墜判定を下す前に、上空でエステアの冷たい声が響いた。
「弐ノ太刀、旋風車」
エステアが機体を翻して旋風を起こし、水の牢獄から抜け出す。弾かれた水がアーケシウスの上に落ちたかと思うと、泥の飛沫を上げてセレーム・サリフが目の前に着地した。
クリエイトウォーターの効力はもう切れている。大闘技場を満たす水のせいで、アーケシウスはほとんど水に浸かってしまっている。
「抵抗しないのですか?」
刀を向けながらエステアが聞いた。
「見ての通り動けない。僕の役目は終わった。それに、君を倒すのはホムだ」
「そうですか」
エステアが抑揚のない声で呟き、左腕でアーケシウスを泥濘みの中から強引に引き落とした。
「ではここで、見届けることです」
「油断しない方がいいよ。あの子は強い。きっと君が想像しているよりも、ずっとね」
「それは楽しみです」
エステアはそう言うと、アーケシウスの左腕を斬り落とした。有効部位二箇所を破壊されたアーケシウスは撃墜扱いで、もう戦うことができない。
だが、エステアが機体を起こしてくれたおかげで、あと少しだけここに居られる。
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