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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第255話 二つの雷鳴
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タオ・ラン老師を訪ねると、老師が常宿にしている部屋の前に大きな荷物が積み重ねられていた。
「これは、一体――」
荷物のせいで部屋に入ることはままならない。ホムが不安げに呟いたその時、中庭の方から懐かしい声が響いた。
「おお、嬢ちゃんたちか!」
「老師様!」
いち早く反応したのはもちろんホムだった。
「ホムよ、息災のようじゃの」
「老師様もお元気そうで何よりです。しかし、この荷物は……一体どうされたのですか?」
タオ・ラン老師の無事に安堵しつつも、まだ不安を拭いきれない様子でホムが訊ねる。
「今日にでもここを引き払うのじゃ。実は、我が部族であるタオ族を収めている弟が、病に倒れたという知らせを受けてのう」
多くは語らなかったが、恐らくもうここに戻ってくることはないのかもしれない。急遽故郷に帰ることになったタオ・ラン老師は長く伸びた白い髭を撫でながら、僕たちを眩しげに見つめた。
「ここで会えたのもなにかの縁じゃな」
「本当に、今日ここでお会い出来たご縁に感謝しなくてはなりません」
ホムが深く頷き、タオ・ラン老師に向かい、抱拳礼という右手の拳を左の手のひらに押し当てるというカナド式の挨拶をする。老師もホムの礼に応え、同じように抱拳礼を返すと、皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。
「では、最後の稽古とするかの」
「宜しくお願い致します、老師様」
ホムは深々と頭を垂れ、タオ・ラン老師に導かれて中庭へと移動した。
「庭で良いのですか?」
「もう加減を間違えるようなこともないじゃろう? ほっほっほ」
ホムの問いかけに、タオ・ラン老師が身体を揺らしながら楽しげに応じる。先を進んでいた老師は中庭の中央まで歩を進めると、立ち止まってゆっくりと振り返った。
「さあ、見せてみよ。お主の雷鳴瞬動を」
自らの奥義雷鳴瞬動をホムの技として読み替えてくれたのは、老師なりのホムへの敬意だろう。ホムはタオ・ラン老師との間合いを充分に取ると、僕が贈った改良版の飛雷針を握りしめた。
「上空で打ち合うぞ」
「はい、老師様」
二人がゆっくりと右足を引いて低く腰を落とす。手を前に構えて向かい合うその姿は、対を成して美しくさえある。タオ・ラン老師が淡く微笑んだかと思うと、ホムとほとんど同時に無詠唱で武装錬成と雷魔法を同時に発動させた。ホムも飛雷針を使って雷魔法を発動させ、大きく一歩踏み込む。
「「はぁあああああっ!!」」
タオ・ラン老師とホムの声が重なったかと思うと、鋼鉄製の軌道レールが地面からせり上がり、二人同時に上空へと飛び出していった。
「……っ!」
周囲の音が消えたように感じられた次の瞬間、凄まじい衝撃波が降ってくる。咄嗟に身構えたが、アルフェが柔らかな防御結界を展開してくれたおかげで、上空の二人の動きを冷静に観察することが出来た。
互いの雷鳴瞬動の勢いで弾かれた二人が点のように小さく見える。それに気づいたアルフェが水魔法による映像盤を具現させた直後、ホムの叫ぶような声が響いた。
「武装錬成」
宙に武装錬成で足場が形成され、同時に飛雷針からの充填が行われている。稲妻は先ほどよりも激しく迸り、尾のようにホムの半身から伸びた。
「すごい……」
アルフェの呟きに同意を示す間も、瞬きする間もなく、無詠唱で同じように武装錬成で足場を作ったタオ・ラン老師とホムが再び跳躍する。
「雷鳴瞬動!!」
軌道に乗り、射出されたホムの声が遠く響き渡る。意外なことにホムは得意とする蹴りではなく、拳に勢いを乗せ、タオ・ラン老師とぶつかり合った。
老師もまたホムと同じく拳で迎え撃つ。武装錬成で強化された二人の巨大な拳がぶつかり合ったかと思うと、再び衝撃波によって突風が巻き起こり、砕けた籠手の破片が散り散りになって降ってきた。
二人による二度の雷鳴瞬動の衝撃波により、彼方の雲が散り散りになり、冬の眩いまでの晴天が姿を見せる。その光の向こうから、老師とホムが降下してくるのが見えた。
「……見事じゃ、ホム。わしを見て咄嗟に拳でぶつかり合うことを選択するとはのぉ」
「……ありがとうございます、老師様」
タオ・ラン老師は、一歩も退かぬ雷鳴瞬動で見事に技を相殺したホムを手放しに褒めた。
「魔導器を使って己が出すことの出来なかった雷属性のエーテルを補うとは、よく考えたものじゃ。扱いにおいて恐怖も躊躇いもないところを見るに、雷への先天的恐怖の克服も近いようじゃな」
「すべてマスターのおかげです」
飛雷針のことは一言も話していないが、あの一瞬で全てを見抜いてしまうあたり、さすがタオ・ラン老師だ。元はといえば、ホムの雷への先天的恐怖は、僕が記憶と感情の同期中に感電したことが原因なのだが、その克服を迷いなく僕のおかげだと言ってくれるのは有り難いな。
今はお守り代わりの飛雷針が必要だけれど、いつかホムも自力で雷属性のエーテルが出せるようになる日がくるのかもしれない。そうすれば、僕が感じている負い目も少し軽くなるだろうか。
「……良い出会いがあったようじゃな」
ホムの成長を喜ぶタオ・ラン老師は、あれだけの技を繰り出した後にもかかわらず、平然とした様子だ。これからカナド地方にある老師の故郷に戻ったとしても、ホムも安心出来るだろう。短い間とはいえ、修行を通じて繋がってきたホムと老師にとっては、こうして互いの技を交えるのが一番通じ合えるのだろうな。
「これからも鍛錬を続け、老師様に恥じぬ弟子であり続けます」
「その意気じゃよ、ホム」
老師は頷き、ホムの頭にそっと手のひらを乗せた。ホムはそれを受けて地面に片膝をつき、ゆっくりと頭を垂れる。これで最後なのだと互いに言い聞かせているような仕草だった。
「……さて、そっちの娘さんじゃが――」
ホムとの修行を終えたタオ・ラン老師が、ゆっくりと首を巡らせる。老師の視線は真っ直ぐにエステアを捉えていた。
「もしやミソラの娘か?」
「母をご存じなのですか?」
「ミソラがお前さんくらいの年頃に、少しな。あの頃のミソラにそっくりじゃ」
懐かしそうに目を細めた老師が、自らの武者修業時代を掻い摘まんで語ってくれる。
「武者修行のため、諸国を放浪していた頃――。今より二十年以上は前のことじゃ。偶然立ち寄った街で手合わせを頼まれてな。年頃の嬢ちゃんじゃからと加減したのを見抜かれて、まともに勝負してもらえるまで家には帰らぬと駄々をこねられてしまってのう……」
「それで、どうされたのですか?」
「さすがに家には帰ってもらったが、それから毎日朝早くから宿に張り込まれ、手合わせに付き合う毎日じゃ。だが、相手をしているうちにどんどん成長して、今ではいい思い出じゃ」
「母はそんなこと、一言も……」
「そりゃそうじゃろう。わしが相手とはいえ、年頃の嬢ちゃんが若い男につきまとったと言えば、父親は複雑じゃろうて」
「ふふふっ」
タオ・ラン老師の言わんことを察したのか、アルフェが噴き出す。
「確かに言われてみればそうですね」
エステアも思い至ったようで可笑しげに表情を崩した。
「ですが、私が知る厳格な母にもそのようなお転婆な時期があったのだと思うと、今一度母の人柄についてもっと知りたいと感じました」
「ああ、それはそうじゃろうて……」
老師の話を聞く限り、エステアの母親は身分の高い貴族の出身というわけではなさそうだ。それが、シドラ家という帝国貴族に嫁いだとなれば、並々ならぬ苦労があったのだろうな。老師はおそらくそれを察したのだろう。
「それにしても、あやつも今では人の親か。時が経つのは早いものじゃな」
老師はエステアの母、ミソラとの思い出話をそう締めくくった。
「これは、一体――」
荷物のせいで部屋に入ることはままならない。ホムが不安げに呟いたその時、中庭の方から懐かしい声が響いた。
「おお、嬢ちゃんたちか!」
「老師様!」
いち早く反応したのはもちろんホムだった。
「ホムよ、息災のようじゃの」
「老師様もお元気そうで何よりです。しかし、この荷物は……一体どうされたのですか?」
タオ・ラン老師の無事に安堵しつつも、まだ不安を拭いきれない様子でホムが訊ねる。
「今日にでもここを引き払うのじゃ。実は、我が部族であるタオ族を収めている弟が、病に倒れたという知らせを受けてのう」
多くは語らなかったが、恐らくもうここに戻ってくることはないのかもしれない。急遽故郷に帰ることになったタオ・ラン老師は長く伸びた白い髭を撫でながら、僕たちを眩しげに見つめた。
「ここで会えたのもなにかの縁じゃな」
「本当に、今日ここでお会い出来たご縁に感謝しなくてはなりません」
ホムが深く頷き、タオ・ラン老師に向かい、抱拳礼という右手の拳を左の手のひらに押し当てるというカナド式の挨拶をする。老師もホムの礼に応え、同じように抱拳礼を返すと、皺だらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑った。
「では、最後の稽古とするかの」
「宜しくお願い致します、老師様」
ホムは深々と頭を垂れ、タオ・ラン老師に導かれて中庭へと移動した。
「庭で良いのですか?」
「もう加減を間違えるようなこともないじゃろう? ほっほっほ」
ホムの問いかけに、タオ・ラン老師が身体を揺らしながら楽しげに応じる。先を進んでいた老師は中庭の中央まで歩を進めると、立ち止まってゆっくりと振り返った。
「さあ、見せてみよ。お主の雷鳴瞬動を」
自らの奥義雷鳴瞬動をホムの技として読み替えてくれたのは、老師なりのホムへの敬意だろう。ホムはタオ・ラン老師との間合いを充分に取ると、僕が贈った改良版の飛雷針を握りしめた。
「上空で打ち合うぞ」
「はい、老師様」
二人がゆっくりと右足を引いて低く腰を落とす。手を前に構えて向かい合うその姿は、対を成して美しくさえある。タオ・ラン老師が淡く微笑んだかと思うと、ホムとほとんど同時に無詠唱で武装錬成と雷魔法を同時に発動させた。ホムも飛雷針を使って雷魔法を発動させ、大きく一歩踏み込む。
「「はぁあああああっ!!」」
タオ・ラン老師とホムの声が重なったかと思うと、鋼鉄製の軌道レールが地面からせり上がり、二人同時に上空へと飛び出していった。
「……っ!」
周囲の音が消えたように感じられた次の瞬間、凄まじい衝撃波が降ってくる。咄嗟に身構えたが、アルフェが柔らかな防御結界を展開してくれたおかげで、上空の二人の動きを冷静に観察することが出来た。
互いの雷鳴瞬動の勢いで弾かれた二人が点のように小さく見える。それに気づいたアルフェが水魔法による映像盤を具現させた直後、ホムの叫ぶような声が響いた。
「武装錬成」
宙に武装錬成で足場が形成され、同時に飛雷針からの充填が行われている。稲妻は先ほどよりも激しく迸り、尾のようにホムの半身から伸びた。
「すごい……」
アルフェの呟きに同意を示す間も、瞬きする間もなく、無詠唱で同じように武装錬成で足場を作ったタオ・ラン老師とホムが再び跳躍する。
「雷鳴瞬動!!」
軌道に乗り、射出されたホムの声が遠く響き渡る。意外なことにホムは得意とする蹴りではなく、拳に勢いを乗せ、タオ・ラン老師とぶつかり合った。
老師もまたホムと同じく拳で迎え撃つ。武装錬成で強化された二人の巨大な拳がぶつかり合ったかと思うと、再び衝撃波によって突風が巻き起こり、砕けた籠手の破片が散り散りになって降ってきた。
二人による二度の雷鳴瞬動の衝撃波により、彼方の雲が散り散りになり、冬の眩いまでの晴天が姿を見せる。その光の向こうから、老師とホムが降下してくるのが見えた。
「……見事じゃ、ホム。わしを見て咄嗟に拳でぶつかり合うことを選択するとはのぉ」
「……ありがとうございます、老師様」
タオ・ラン老師は、一歩も退かぬ雷鳴瞬動で見事に技を相殺したホムを手放しに褒めた。
「魔導器を使って己が出すことの出来なかった雷属性のエーテルを補うとは、よく考えたものじゃ。扱いにおいて恐怖も躊躇いもないところを見るに、雷への先天的恐怖の克服も近いようじゃな」
「すべてマスターのおかげです」
飛雷針のことは一言も話していないが、あの一瞬で全てを見抜いてしまうあたり、さすがタオ・ラン老師だ。元はといえば、ホムの雷への先天的恐怖は、僕が記憶と感情の同期中に感電したことが原因なのだが、その克服を迷いなく僕のおかげだと言ってくれるのは有り難いな。
今はお守り代わりの飛雷針が必要だけれど、いつかホムも自力で雷属性のエーテルが出せるようになる日がくるのかもしれない。そうすれば、僕が感じている負い目も少し軽くなるだろうか。
「……良い出会いがあったようじゃな」
ホムの成長を喜ぶタオ・ラン老師は、あれだけの技を繰り出した後にもかかわらず、平然とした様子だ。これからカナド地方にある老師の故郷に戻ったとしても、ホムも安心出来るだろう。短い間とはいえ、修行を通じて繋がってきたホムと老師にとっては、こうして互いの技を交えるのが一番通じ合えるのだろうな。
「これからも鍛錬を続け、老師様に恥じぬ弟子であり続けます」
「その意気じゃよ、ホム」
老師は頷き、ホムの頭にそっと手のひらを乗せた。ホムはそれを受けて地面に片膝をつき、ゆっくりと頭を垂れる。これで最後なのだと互いに言い聞かせているような仕草だった。
「……さて、そっちの娘さんじゃが――」
ホムとの修行を終えたタオ・ラン老師が、ゆっくりと首を巡らせる。老師の視線は真っ直ぐにエステアを捉えていた。
「もしやミソラの娘か?」
「母をご存じなのですか?」
「ミソラがお前さんくらいの年頃に、少しな。あの頃のミソラにそっくりじゃ」
懐かしそうに目を細めた老師が、自らの武者修業時代を掻い摘まんで語ってくれる。
「武者修行のため、諸国を放浪していた頃――。今より二十年以上は前のことじゃ。偶然立ち寄った街で手合わせを頼まれてな。年頃の嬢ちゃんじゃからと加減したのを見抜かれて、まともに勝負してもらえるまで家には帰らぬと駄々をこねられてしまってのう……」
「それで、どうされたのですか?」
「さすがに家には帰ってもらったが、それから毎日朝早くから宿に張り込まれ、手合わせに付き合う毎日じゃ。だが、相手をしているうちにどんどん成長して、今ではいい思い出じゃ」
「母はそんなこと、一言も……」
「そりゃそうじゃろう。わしが相手とはいえ、年頃の嬢ちゃんが若い男につきまとったと言えば、父親は複雑じゃろうて」
「ふふふっ」
タオ・ラン老師の言わんことを察したのか、アルフェが噴き出す。
「確かに言われてみればそうですね」
エステアも思い至ったようで可笑しげに表情を崩した。
「ですが、私が知る厳格な母にもそのようなお転婆な時期があったのだと思うと、今一度母の人柄についてもっと知りたいと感じました」
「ああ、それはそうじゃろうて……」
老師の話を聞く限り、エステアの母親は身分の高い貴族の出身というわけではなさそうだ。それが、シドラ家という帝国貴族に嫁いだとなれば、並々ならぬ苦労があったのだろうな。老師はおそらくそれを察したのだろう。
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