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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第256話 エステアvsタオ・ラン
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「さて、わしはここで――」
「タオ・ラン老師。私にも稽古をつけてくださいませんか?」
ホムに触発されたのか、エステアがタオ・ラン老師の前に進み出る。
「ほっほっほ。ミソラと同じ瞳をしておる……。これは断るだけ無駄というものじゃのう」
「強情なところは母譲りと言われております」
納屋の方へと向かいながら応えるタオ・ラン老師の柔らかな口調に、エステアが険しい表情で微笑んだ。
「あやつの娘であることを、なにより実感した。……では、どこからでもかかってくるがいい」
タオ・ラン老師が納屋から木刀を取りだし、エステアへと投げ寄越す。
「……良いのですか?」
素手で戦うつもりだったらしいエステアは、意外そうに木刀を見つめて訊いた。
「ミソラの娘であるならば、カナド流刀剣術・旋煌刃の使い手なのじゃろう?」
「はい。ですが――」
「心配はいらぬ。いざとなれば、リーフ嬢ちゃんとアルフェ嬢ちゃんに宿を直してもらえるからの」
そう言いながらタオ・ラン老師がアルフェと僕を見つめる。先ほどからアルフェが的確に防御結界を展開しているのをきちんと把握していたようだ。
「直撃しない限りは防御できるよ」
「ありがとうございます」
かつてホムが寮の中庭で戦った時、手も足も出なかった相手だ。武侠宴舞・カナルフォード杯ではホムが勝ったとはいえ、生身ではどれほど肉迫出来ているかもわからない。タオ・ラン老師の実力を疑う訳ではないが、こんな所で戦って大丈夫なのだろうか。
「参ります!」
エステアが刀を抜き放つような仕草をする。次の瞬間、強い風が吹き、新緑色に輝く風の刃が木刀に宿った。
「加減はいらぬ。全力で来い」
老師も拳を武装錬成で固める。
エステアは初手からタオ・ラン老師との距離を一息に詰め、その懐に飛び込んだ。
「ハッ!」
タオ・ラン老師はエステアの一撃を躱して宙に身体を躍らせ、背後から頭部に蹴りを浴びせる。
エステアはそれを読んでいたように体勢を低くし、身体を回転させるようにして次の技を繰り出した。
「壱ノ太刀『颯』!」
木刀に旋風のような刃が重なり、十字の風がタオ・ラン老師に襲いかかる。
「いい手じゃ!」
老師は拳を固めていた籠手を肥大させ、右腕で一撃目を、左腕で二撃目を相殺し、がら空きになっていたエステアの胴に前蹴りを浴びせた。
「……ぐっ」
エステアが低く呻き、その身体が地面に打ち付けられる。だが、次の瞬間には起き上がり、木刀を構えて再び 颯を繰り出した。
「……っ!」
タオ・ラン老師が素早く反応し、その間合いから退く。
「甘いです! 壱ノ太刀、颯が崩し、疾風!」
エステアは追撃とばかりに風の刃を放つ。風を纏った刀の連撃がタオ・ラン老師を襲うが、老師はそれを籠手を肥大させた拳で受け止めていなしたかと思うと、間を置かず跳躍してエステアとの間合いを一気に詰めた。
「さて、どうする?」
追撃はせずに、喉元に手刀を突きつけたタオ・ラン老師が静かな声で訊ねる。
「……実力の差は明らかです。ですが、私はまだ全てを出し切っていません」
「では、続けるとするかの」
エステアの返答に再び間合いを取ったタオ・ラン老師が拳を構える。
「弐ノ太刀、旋風車」
エステアは頷き、木刀を回転させるように振った。詠唱と同時に風が渦を巻き、竜巻のように広がり始める。
「あの時と同じ……」
小石や砂塵を巻き上げて加速していく風の刃を、アルフェが展開してくれた防御結界の内側で見守りながら、ホムが呟く。
「まるで同じだね。でも、立場が逆だ」
エステアが意識しているかどうかはわからないが、この戦い方はホムとエステアが初めて戦った時の状況とほとんど一致している。唯一異なるのは、エステアがタオ・ラン老師相手に手も足も出ず、圧倒されているということだ。
「あの時は暴風と感じたのに、今は――」
「ええ……」
エステアの剣技を一言で評するなら、『暴風』という言葉が最もしっくりくると思っていた。だが、今は違う。彼女の起こす風の刃は、全てを飲み込み、切り刻む、まさに風の暴君だったはずなのに、タオ・ラン老師に敵う気がしない。
「参ります! 参ノ太刀、飛燕」
暴風が吹き荒れ、風の刃が膨らんでいく。エステアの斬撃と共に射出された風の刃はしかし、タオ・ラン老師を掠めることさえ許されない。
「これで終いかのう?」
武装錬成で軌道を形成したタオ・ラン老師がエステアの頭上から問う。
「……っ!」
エステアが爪先で地面を蹴り、軌道上の老師へ向けて一太刀を振るう。一撃目で放たれた風の刃が到達するのを待たず、タオ・ラン老師が稲妻を纏った鋭い蹴りを閃かせた。
「雷鳴瞬動!」
「肆ノ太刀、清龍舞」
迎え撃つエステアの斬撃は、タオ・ラン老師の雷鳴瞬動を辛うじて防御する。
「伍ノ太刀、空破烈風」
防戦を強いられながらもエステアが次の一撃を繰り出そうとしたその刹那。
「雷神功!」
タオ・ラン老師の強い声が轟いたかと思うと、老師の身体を眩いばかりの雷が包み込んだ。
「……これは……」
見たこともない技にホムが目を見開いている。
「肉体強化魔法……。多分、雷魔法の力で筋力や反応速度を底上げしているんだ」
雷鳴瞬動だけが奥義だと思っていたが、タオ・ラン老師にはまだその先があったらしい。エステアの空破烈風も発生させた暴風によって自らの速度を底上げする技だが、タオ・ラン老師の雷神功はそれを上回る。
老師は目にも留まらぬ速さでエステアの懐に飛び込むと、鳩尾に一撃を喰らわせた。
「ここまでじゃ」
その声とほとんど同時に、エステアがその場に膝を折って崩れる。
「……私の負けです、老師……」
絞り出すようなエステアの声は、彼女のこれまで聞いたどの声よりも苦しげだった。
「わしとしたことが、本気のお主に少々加減を忘れてしまったようじゃ」
「……いえ。元より手加減など望んでおりません」
タオ・ラン老師の言葉に蹌踉めきながら立ち上がり、エステアが意地で笑顔を見せる。
「あの頃のミソラを上回る良い戦いじゃった。だが、どうやらお主は自信を失っているようじゃ。太刀筋に迷いがある。自分の剣を見失ったのではないかの?」
「それは……」
タオ・ラン老師に見抜かれたエステアの目が泳ぎ、ホムをほんの一瞬だけ一瞥した。
「タオ・ラン老師。私にも稽古をつけてくださいませんか?」
ホムに触発されたのか、エステアがタオ・ラン老師の前に進み出る。
「ほっほっほ。ミソラと同じ瞳をしておる……。これは断るだけ無駄というものじゃのう」
「強情なところは母譲りと言われております」
納屋の方へと向かいながら応えるタオ・ラン老師の柔らかな口調に、エステアが険しい表情で微笑んだ。
「あやつの娘であることを、なにより実感した。……では、どこからでもかかってくるがいい」
タオ・ラン老師が納屋から木刀を取りだし、エステアへと投げ寄越す。
「……良いのですか?」
素手で戦うつもりだったらしいエステアは、意外そうに木刀を見つめて訊いた。
「ミソラの娘であるならば、カナド流刀剣術・旋煌刃の使い手なのじゃろう?」
「はい。ですが――」
「心配はいらぬ。いざとなれば、リーフ嬢ちゃんとアルフェ嬢ちゃんに宿を直してもらえるからの」
そう言いながらタオ・ラン老師がアルフェと僕を見つめる。先ほどからアルフェが的確に防御結界を展開しているのをきちんと把握していたようだ。
「直撃しない限りは防御できるよ」
「ありがとうございます」
かつてホムが寮の中庭で戦った時、手も足も出なかった相手だ。武侠宴舞・カナルフォード杯ではホムが勝ったとはいえ、生身ではどれほど肉迫出来ているかもわからない。タオ・ラン老師の実力を疑う訳ではないが、こんな所で戦って大丈夫なのだろうか。
「参ります!」
エステアが刀を抜き放つような仕草をする。次の瞬間、強い風が吹き、新緑色に輝く風の刃が木刀に宿った。
「加減はいらぬ。全力で来い」
老師も拳を武装錬成で固める。
エステアは初手からタオ・ラン老師との距離を一息に詰め、その懐に飛び込んだ。
「ハッ!」
タオ・ラン老師はエステアの一撃を躱して宙に身体を躍らせ、背後から頭部に蹴りを浴びせる。
エステアはそれを読んでいたように体勢を低くし、身体を回転させるようにして次の技を繰り出した。
「壱ノ太刀『颯』!」
木刀に旋風のような刃が重なり、十字の風がタオ・ラン老師に襲いかかる。
「いい手じゃ!」
老師は拳を固めていた籠手を肥大させ、右腕で一撃目を、左腕で二撃目を相殺し、がら空きになっていたエステアの胴に前蹴りを浴びせた。
「……ぐっ」
エステアが低く呻き、その身体が地面に打ち付けられる。だが、次の瞬間には起き上がり、木刀を構えて再び 颯を繰り出した。
「……っ!」
タオ・ラン老師が素早く反応し、その間合いから退く。
「甘いです! 壱ノ太刀、颯が崩し、疾風!」
エステアは追撃とばかりに風の刃を放つ。風を纏った刀の連撃がタオ・ラン老師を襲うが、老師はそれを籠手を肥大させた拳で受け止めていなしたかと思うと、間を置かず跳躍してエステアとの間合いを一気に詰めた。
「さて、どうする?」
追撃はせずに、喉元に手刀を突きつけたタオ・ラン老師が静かな声で訊ねる。
「……実力の差は明らかです。ですが、私はまだ全てを出し切っていません」
「では、続けるとするかの」
エステアの返答に再び間合いを取ったタオ・ラン老師が拳を構える。
「弐ノ太刀、旋風車」
エステアは頷き、木刀を回転させるように振った。詠唱と同時に風が渦を巻き、竜巻のように広がり始める。
「あの時と同じ……」
小石や砂塵を巻き上げて加速していく風の刃を、アルフェが展開してくれた防御結界の内側で見守りながら、ホムが呟く。
「まるで同じだね。でも、立場が逆だ」
エステアが意識しているかどうかはわからないが、この戦い方はホムとエステアが初めて戦った時の状況とほとんど一致している。唯一異なるのは、エステアがタオ・ラン老師相手に手も足も出ず、圧倒されているということだ。
「あの時は暴風と感じたのに、今は――」
「ええ……」
エステアの剣技を一言で評するなら、『暴風』という言葉が最もしっくりくると思っていた。だが、今は違う。彼女の起こす風の刃は、全てを飲み込み、切り刻む、まさに風の暴君だったはずなのに、タオ・ラン老師に敵う気がしない。
「参ります! 参ノ太刀、飛燕」
暴風が吹き荒れ、風の刃が膨らんでいく。エステアの斬撃と共に射出された風の刃はしかし、タオ・ラン老師を掠めることさえ許されない。
「これで終いかのう?」
武装錬成で軌道を形成したタオ・ラン老師がエステアの頭上から問う。
「……っ!」
エステアが爪先で地面を蹴り、軌道上の老師へ向けて一太刀を振るう。一撃目で放たれた風の刃が到達するのを待たず、タオ・ラン老師が稲妻を纏った鋭い蹴りを閃かせた。
「雷鳴瞬動!」
「肆ノ太刀、清龍舞」
迎え撃つエステアの斬撃は、タオ・ラン老師の雷鳴瞬動を辛うじて防御する。
「伍ノ太刀、空破烈風」
防戦を強いられながらもエステアが次の一撃を繰り出そうとしたその刹那。
「雷神功!」
タオ・ラン老師の強い声が轟いたかと思うと、老師の身体を眩いばかりの雷が包み込んだ。
「……これは……」
見たこともない技にホムが目を見開いている。
「肉体強化魔法……。多分、雷魔法の力で筋力や反応速度を底上げしているんだ」
雷鳴瞬動だけが奥義だと思っていたが、タオ・ラン老師にはまだその先があったらしい。エステアの空破烈風も発生させた暴風によって自らの速度を底上げする技だが、タオ・ラン老師の雷神功はそれを上回る。
老師は目にも留まらぬ速さでエステアの懐に飛び込むと、鳩尾に一撃を喰らわせた。
「ここまでじゃ」
その声とほとんど同時に、エステアがその場に膝を折って崩れる。
「……私の負けです、老師……」
絞り出すようなエステアの声は、彼女のこれまで聞いたどの声よりも苦しげだった。
「わしとしたことが、本気のお主に少々加減を忘れてしまったようじゃ」
「……いえ。元より手加減など望んでおりません」
タオ・ラン老師の言葉に蹌踉めきながら立ち上がり、エステアが意地で笑顔を見せる。
「あの頃のミソラを上回る良い戦いじゃった。だが、どうやらお主は自信を失っているようじゃ。太刀筋に迷いがある。自分の剣を見失ったのではないかの?」
「それは……」
タオ・ラン老師に見抜かれたエステアの目が泳ぎ、ホムをほんの一瞬だけ一瞥した。
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