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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第275話 アトリエでのギター修理

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 音楽室でのセッティングを終えて解散した後は、ホムのギターを修理するため、メルアのアトリエを借りることにした。

「わざわざ壊れたギターを使いたいっていうホムちゃんのために修理するなんて、師匠って本当にホムちゃんに甘いよね」

 寮で続きの練習をするというエステアに付き合いたいだろうに、メルアは修理の工程も見ておきたいからとわざわざ着いてきてくれている。

「まあね」

 甘いかどうかはわからないが、僕の父上と母上なら当然のように引き受けてくれそうなことだ。僕としても錬金術を使って、どうホムのギターを彼女に馴染むようにカスタマイズするかが楽しみなので、別に手間だとも思わない。

「さて……」

 引き上げて来たギターを作業台に載せて確認する。表面は塗装が剥げて見た目にボロボロであり、大きな傷もある。けれど、裏側は大きな欠損もなく、比較的綺麗だ。なぜこうなったのかを考えるに、持ち主に不慮の事故かなにかがあったのかもしれないな。それでも捨てられずに店主が残していて、引き取って修理したいという僕に惜しみなく部品の提供を申し出てくれたのも有り難い。

「でも、ほんとーに間に合うの? 楽器店の人の話だと、ひと月はかかるっちゅー話だったじゃない?」
「まあ、普通に職人が修理すればそうなるだろうね」

 錆びた螺旋ネジを外しながら、メルアに相槌を打つ。専門職の作業工程を考えれば、それだけの時間はかかるだろう。塗装の塗り直しひとつ見ても、まずは分解した上で今の塗装を剥がしてヤスリをかけ、更に大きな傷を埋めるという工程ののちに、初めて新しい塗装を施すことが出来るのだ。

「っちゅーことは、やっぱり魔法とか錬金術を使っちゃう感じ?」
「そのつもりだよ」

 正直なところ、真なる叡智の書アルス・マグナがあればかなり時間が短縮出来るのだが、メルアにあれを使っているところを見られるのはかなり微妙なところだ。これ以上余計な詮索を受けるのは避けたいので、塗装周りのことはひとまず後回しにしよう。

「魔法は後でアルフェに頼むから、先に錬金術周りのことをやろうかな」

 工程がわかっていた方がメルアも話しやすいだろう。魔法周りはアルフェの名前を出しておけば間違いないだろうし、アルフェにも後で話を合わせてもらわなければな。

「ん? 錬金術を使った修理も興味津々だけど、魔法ならアルフェちゃんの師匠のうちが代わりにやっても良くない?」
「それは有り難いけど、いいのかい?」
「だって、ししょーとアルフェちゃんの才能と技術を独占できちゃうんだよ! なんかうらやましくてさ~。うちもししょーの弟子だし、なんかファミリー感を出しておきたいっちゅーか」

 メルアがそう言いながら分解途中のギターを羨ましそうに見つめてくる。ああ、もしかするとメルアもなにか僕の手を借りたいことがあるのかもしれないな。ギターの修理を優先する必要があるとわかっている以上、言い出しにくいのかもしれない。

「……ホムを羨ましがるってことは、メルアはなにか欲しいものがあるのかい?」
「ありまくりだよ~。けど、今忙しいのはわかってるから、厳選する」

 メルアの正直な答えを聞いて、思わず噴き出してしまった。

「遠慮じゃない辺りがメルアらしいね」
「でしょ?」

 僕が笑顔を見せたことで安心したのだろう。メルアが調子良く応じ、分解し終えたボディ部分に視線を移した。

「早めに修理が終わったら、メルアの厳選したお願いを聞こうか」
「さっすがししょー!」

 僕の提案にメルアが浄眼を輝かせて笑顔を見せる。アルフェもそうだけれど、浄眼の金色は、喜びの感情を強く反映するようだ。

「じゃあ、早速だけど土魔法で塗装をぱぱぱーっと剥がしちゃお~!」
「悪いけど頼めるかい?」
「もちろん! あと、うちの手を借りるのに悪いなんて思わなくていーから。これでも弟子なんだし、ばしばし使って~」

 先輩という立場よりも僕の弟子であるという立場をメルアは誇りに思っているようだ。だったら僕もメルアに力を貸す代わりに、しっかり頼らせてもらおう。

 土魔法という選択肢も悪くないし、そもそも武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯でメルアが土魔法が得意なこともわかっている。だとすれば、僕が選択肢に入れていた土魔法サンドスムーサーあたりを考えているだろうな。

「メルアに甘えてボディは任せるよ。傷を埋めるのは後でやるから、ひとまず表面を削ってもらえるかい?」
「おっけ~!」

 メルアは頷いて風魔法を起こしてギターのボディを持ち上げると、表面をじっくりと観察しながら土魔法の詠唱をはじめた。

「砂よ、這い均し、鏡の如く磨き上げよ。サンドスムーサー」

 浄眼持ちということもあり、風魔法と同時発動を難なくこなして見せるのは、流石メルアだな。サンドスムーサーでボディの塗装が剥がされ、磨かれていく過程を眺めながら、僕は次の作業に取りかかった。

 ネックは指板周りが歪んだり外れたりしているので、フレットと呼ばれる棒状の金属を外してつけかえる。これに関しては楽器店の店主から預かった部品の中に丁度いいものがあったので、簡単に付け替えることができた。

 細かな傷はあるけれど、ここも塗装の際に綺麗に調整すればいいだろう。ついでにホムに向けたメッセージを記してあげれば喜んでくれるだろうか。僕としては、ホムがエステアと打ち解けて自主性を持って接するようになったことが本当に嬉しいので、それをなにかの形にして残してあげたいところだ。いつかホムが振り返ったときに、大切な思い出としていつまでも残しておければいい。

 さて、傷を埋めるのは煉瓦にも使われるカイタバがいいな。少量で済むし、このアトリエにもあるだろうか。

「ねえ、メルア。カイタバを譲ってもらうことはできるかい?」
「もち! あっちの戸棚にあるよ~」

 僕がそう聞いてくるのをわかっていたかのように、メルアが風魔法を操って戸棚の扉を開いてくれる。戸棚まで進むと粘土状のカイタバが袋に入れられているのがわかった。

「塗装剥がしてみたら、おっきい傷だけど浅めだったし、カイタバで埋めた後に火魔法で加減して焼けば良い感じになるよね。塗装の前に自然乾燥させても二晩くらいで間に合うけど」

 ボディを土魔法サンドスムーサーで磨き上げ終えたメルアが、傷の具合を確かめながらいう。

「そうだね。火魔法でもいいけど、メルアに頼むなら風魔法との抱き合わせで乾燥魔法に出来ないかな?」
「あっ、いいね。キャンプとか行った時に髪乾かすときに使うやつ!」

 僕の言わんとしていることを理解したメルアが嬉しそうに頷く。そんな使い方をしたことはなかったが、確かに覚えておくと便利そうではあるな。

「じゃあ、今埋めてしまうから、頼めるかい?」
「はーい」

 真なる叡智の書アルス・マグナを頼りにしてばかりいたが、こういう共同作業が可能な場合は、誰かの力を借りるのも悪くないな。グラスと違ってリーフには頼れる人がたくさんいる。これは、僕の新しい人生におけるかなり大きな変化だ。

「ありがとう。メルアがいてくれて助かるよ」

 カイタバで手早く傷を埋め、メルアに乾燥を頼む。次は錆びたピックアップと呼ばれるパーツを交換して、ピックガードを新しいものに貼り直そう。

 その間に、塗装もメルアに魔法でお願いしよう。この場合は、ペインターという塗料を生み出す水と土属性の複合魔法があるから、風魔法で霧状に散布して貰うのがいいだろうな。

「メルア、塗装も頼めるかい?」
「もち! ペインター使えば一発だしね。カラーってししょーのベースと同じ感じのチェリーサンバーストでいい? サンバーストって、真ん中から外側に向かってグラデーション状に色が濃くなっていく感じなんだけど、チェリーカラーで揃えたらかわいいかなって」

 細かなところまで見てくれているあたり、メルアには僕のこだわりがわかるようだ。そう言えばグラスの魔導具も見た目を気に入っていてくれたな。

「それでお願いするよ」

 メルアは僕の言葉に頷くと、待っていましたとばかりに塗装魔法ペインターの詠唱を始めた。

「水と土よ。混ざり合い、色を成せ! ペインター」

 ここでも無詠唱で風魔法を入れてくるあたりがメルアだな。この魔法は術者の記憶にある色を任意で生成することが可能なので、メルアは僕のベースの色と揃えるように塗装を進めてくれている。

 さて、この塗装の間にギターとしての要であるピックアップにある簡易術式をアレンジしてみようかな。

 本来のギターは、この簡易術式で音信号を増音魔導器アンプに送る仕組みになっているのだけれど、ホムの感情を拾って乗せられるようにアレンジしておこう。このギターに特別な想いを抱いて選んだホムだからこそ、ギターがそれに応えてくれるのがわかれば喜んでくれるはずだ。

 メルアが塗装も乾燥魔法で乾かしてくれたので、簡易術式を描き加えたピックアップと、新しいピックガードを取り付ける。仕上げのメッセージはもう少し後で考えるとして、ひとまずギターとして弾ける状態にまではもってこられたはずだ。

「ほんとに間に合っちゃった! ししょー、ヤバ過ぎでしょ!」
「まあ、原理がわかれば問題ないとは思っていたし、なによりメルアが手伝ってくれたからかなり短縮できたよ」

 僕がメルアに感謝の言葉を述べると、メルアはわかりやすく喜びの表情を見せた。
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