アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
293 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第293話 エステアの願い

しおりを挟む
「……大丈夫ですか、エステア?」

 イグニスの演説について考えを巡らせていたところで、ホムがエステアに向かって囁く声が聞こえた。

「ええ、大丈夫――と言いたいところだけど……」

 言いかけたエステアはそこで言葉を切り、手のひらで肘を包み込むようにして両腕を抱いた。講堂ではイグニスが去っても尚、取り巻きたちが扇動してイグニスを讃える声が続いている。イグニスの演説への想像以上の反響にエステアも戸惑っている様子だ。

「それにしても、エステアに言及するなら、演説ぐらい聴いてけっちゅーに……」

 メルアが茶化すが、ホムは真顔で首を横に振った。

「演説を聴く必要がないと思っているわけではないと思います。恐らく、そう見せかけてライブを妨害するのが本当の狙いではないでしょうか?」
「どうしてそう思いますの?」

 ホムの呟きにマリーが不思議そうに首を傾げる。

「今の演説でライブのことに言及したのが気になりました。本当に遊びだと思っているのなら、言及する価値すらないと切り捨てるはずです」
「……でもそれをしなかったということは、イグニスなりに危機感を持っているということだね?」

 ホムの言葉を補うように続けると、ホムは深く頷いてエステアを見つめた。

「想定外のトラブルが起こるでしょう。起きないことに越したことはありません。考えすぎならあとで叱ってください。でも、備えて、心構えを持つことは必要と感じます」

 ホムの真摯な訴えに、エステアは目を伏せた。

「……ライブが失敗するかもということね……。むしろ失敗させるようイグニスが差し向けるからには、必ず失敗を誘発するようなことが起こる。この日のために準備してきたこと、みんなを巻き込んでここまできたのに、私は……私は、失敗したらみんなから支持してもらえなくなってしまう……」

 呟きは、エステアの素直な不安の吐露だった。それこそがイグニスの思う壺だというのに、その不安を掻き消す術を今の僕たちは持たない。想定出来た事態だったのに、イグニスはこれを巧みに隠してきた。相手にしないと見せかけて、恐らく入念に準備していた何かを仕掛けてくるはずだ。

「んーーー。エステアの不安はわかりますけど、舞台裏はワタクシとジョスランが見張りますわ。ちょっとやそっとのことじゃ、妨害なんて無理だと思いますけど?」
「にゃはっ! あたしもそう思うな。観客を追っ払うなんて真似は出来ないし、となるとステージの上のあたしたちを狙うしかないんだろ? そうなったら、どう考えたって妨害をやらかしたのがイグニスだってバレるし、それって不正ってことになるんだよな」

 マリーとファラの発言も一理ある。そんなわかりやすい手を使うほど、イグニスも間抜けではない。それこそ武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯での敗北で多くを学んだはずだ。自らの不正を上回るなにかによって思い通りにならないのなら、それを越える悪知恵を働かせるだけなのだ。そしてイグニスにはそれが出来る。

「……不安にさせて申し訳ありません。ただ、支えると……力を貸すと言った以上、想定しうる全ての最悪に備えたいのです」
「ええ、あなたの気持ちは良くわかるわ、ホム。私の方こそ弱音を吐いたりしてごめんなさい」

「ちゅーてもそれってうちらへの信頼のなせるわざなんだし、有り難ーく受け止めよっ。まあ、大概のトラブルなら、ししょーがどうにかしてくれるって」
「僕も万能ではないけどね。でも、最善は尽くすと約束する」

ワタクシたちがついています。あなたの誠意はきっと伝わるはずと信じていますわ。ですから、いつも通り、貴方らしさを見せてくださいまし、エステア」
「うん、ありがとう。いってくるわね、みんな」

 エステアはそう言うと、壇上に設けられたカーテンを掻き分けて全校生徒の前へ姿を現した。

「続きましては~、エステアの演説とRe:bertyリバティのファーストライブを続けてお届けしまぁ~す」

 マチルダ先生の紹介に合わせて、エステアが深々と頭を下げる。疎らに起こる拍手から、先ほどのイグニスの演説の影響を多分に受けている様子が窺えた。

「演説だけじゃなくてライブだって……」
「真面目な人だと思ってたのに、なんか遊び半分って感じだな」
「そもそも、Re:bertyリバティってなに? なんか気取っててやな感じ」

 拍手の合間にざわざわと私語が聞こえてくる。イグニスの取り巻きが分散して煽っているようだが、他の生徒が触発されてライブに対して否定的な意見を持っていることが窺えた。

 練習の時に感じた好感触は、ライブに対しての評価であり、生徒会の選挙活動としては前衛的過ぎて受け入れがたいと思われているのかもしれないな。

 貴族が多いということは、世襲を好み、それだけ保守的であるという証だ。イグニスは発展というキーワードを主張していたが、それを可能にするのは貴族社会の中で固められてきた地盤があるから許されることなのだ。

 前世ではずっと一人だったし、今世では子供だったから政治的なやりとりについて無関心だったが、よく考えればわかりそうなことだったかもしれない。

 けれど、アルフェのあのキラキラしたアイディアを信じたかったのは嘘じゃない。事実、僕自身は、音楽によって全校生徒にエステアが成したいこと、目指す学園の姿を見せたいという気持ちがライブに集約されていることを、それが伝わることをずっと信じている。

「生徒会の演説でライブを行う――。歓迎も批判もあると思います」

 全校生徒たちに向けてエステアが語り始める。短いながらも想いを込めた演説になるだろう。出だしを聞いただけでも、批判にも耳を傾け、全ての声を拾いたいという気持ちが窺える。

「バンドを組み、ライブを行うという選挙活動については、私は応援してくれるこのメンバーで出来ることをしたいと思った事がきっかけです。バンド名であるRe:bertyリバティには、自ら自由を掴みに行くという意味のLibertyリバティと、もう一度を意味するReを掛け合わせて『もう一度自由を掴む』という願いを込めています。ここで言う自由は、この学園に本来あるべき秩序と自由を示します。ここに集まってくれたバンドメンバーの多様性は、私の目指すこの学園の縮図です。皆が協力し、手を取り合えば、こんな素敵なことが出来る……。それを表現させてください」

 エステアがもう一度礼をし、それを合図に万雷の拍手が起こる。エステアは晴れ晴れとした笑顔で顔を上げて僕たちを振り返ると、愛用のギターを手に取った。

「それでは聞いてください。今日までの感謝と、この先の願いを込めて『感謝の祈り』」

 たくさんの歓声と拍手が僕たちを迎えている。

 こちらに向けられた照明が眩しい、アルフェが一段と輝いて見える。ああ、珍しいな、僕ですらはっきりと気分が高揚しているのを感じるなんて。

 アルフェが僕の手を解き、前に進み出る。

 目を合わせて微笑むアルフェは、もう大丈夫だ。

「ワタシ、歌うね」

 僕は頷き、アルフェを送り出す。アルフェはマイクを握りしめた。エステアのリードギターに合わせて前奏が盛り上がって行く。アルフェが歌い出すと、世界の音が僕たちだけのものになったような気がした。

 音が弾む、楽しいと訴えかけている。

 みんなと顔を見合わせて、目を合わせてそれぞれの音を奏でて響かせる。僕の音にホムの楽しげな音が重なる、エステアが僕たちを引っ張っていく。

 ファラのドラムとメルアの鍵盤キーボードが僕たちをしっかりと支え、サビへと誘う。全校生徒という大観衆が僕たちの音楽に合わせて揺れて、弾んでいる。

 曲の盛り上がりが最高潮に達しようとしたその時。
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

ハイエルフの幼女に転生しました。

レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは 神様に転生させてもらって新しい世界で たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく 死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。 ゆっくり書いて行きます。 感想も待っています。 はげみになります。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...