アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第324話 魔物の気配

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 半円系の空間が、どこまでも広がっている。そう思わせるほどに広い地下通路が、カナルフォード学園都市の下に張り巡らされていた。

 人魔大戦の頃の名残か、軌道レールの跡のようなものが通路の上に張り出している。その気になれば今でもトロッコなどで移動することが出来るだろう。整備されているとは言い難いものの、万が一の時に使える程度には保存されているのには感心させられる。

「随分古いのね。まるで遺跡みたい」
「まあ、起源が人魔大戦の頃なら教科書に載るほど昔と言うことになるだろうね」

 エステアがそう感じるのも無理もない。カイタバ煉瓦造りの地下通路内は、当時の人間の手で作られた形跡が幾つも残っている。魔法を使えるような人間は、戦いの前線に駆り出されていたので、こうした防衛の役割を担うのは戦力外と見なされた者たちなのだから。

 その大多数の民衆が力を合わせて生き延びるための策を巡らせ、完成させたのがこの地下防空壕なのだ。現在は都市を地下で繋ぐ地下通路と水路の役割を担っているが、有事の際にはここは今でも避難所の要になるはずだ。

「……ねえ、リーフ。今なにか……」

 エステアが言いかけて口を噤む。応える代わりに耳を澄ませると、問題となっている音が水音に混じって聞こえてきた。鳴き声というよりは、くぐもった呻き声という感じだ。そもそも声という表現が的確かすらわからないが、不気味さだけは伝わってくる。

「……なにか居るわね」
「そのようだね」

 くぐもった音は、水音に混じっている。どうやら地下水路に潜む何者かが発しているものらしい。だが、魔石灯で照らされた水面に目を凝らしてみても、魚影のようなものは見えない。少なくとも魚類に準じた魔物の類いではないことは確からしい。だとすると、水に溶け込めるような性質を持つ魔物の可能性が高いだろう。

「スライムかもしれないね」
「ええ。私もそう思うわ。でも、スライムだとすれば、餌の豊富な繁華街に行くのではないかしら」

 エステアは僕に同意を示しつつも、疑問を投げかけてくる。下水にスライムが湧くこと自体は自然だが、確かにエステアの言うように餌が多い繁華街の方に移動するはずなのだ。

「寮には食堂があるけれど、生ゴミは基本的に堆肥に再利用されているし、ここに留まる理由はなさそうだね。縄張り争いという感じでもないだろうし」

 仮にスライムだとすれば雌雄の区別がなく、分裂することで増殖するため、同種間で争う必要がないのだ。そう考えれば、違和感は益々募る。イグニスが何らかの理由――恐らく建国祭を妨害する理由で、地下通路に存在していそうな魔物を放ったのだとすれば、どうにか今夜中にそれを突き止めておく必要があるな。

「ねえ、リーフ。なんだかあの辺り、水が不自然に盛り上がって見えるのだけれど……」

 先を歩いていたエステアが魔石灯を掲げて水面を照らす。水の流れる水路の真ん中に、エステアの言うように不自然な箇所が見て取れた。

「なにか沈んで――」

 言いかけて、それが蠢いたことに気がつく。

「はぁああああっ!」

 僕が真なる叡智の書アルス・マグナを開くよりも早く、エステアが地下水路から現れたスライムに斬りかかった。

「止せ、エステア!」

 ボールほどの大きさのスライムが、エステアの刀に両断される。だが、スライムは元々分裂することで増殖するのだ。エステアによって二つに切られたスライムは、すぐさま形を変え、二体のスライムとなって僕たちに襲いかかるはずだ。

「もう大丈夫よ、リーフ」

 金属さえ溶かしてしまう溶解液をかけられるという最悪の事態を想定したが、エステアは穏やかな表情で剣を鞘に収めた。

「え……?」

 見れば、地下通路に落ちたスライムは二つに分裂して動き出すどころか、ドロドロになって崩壊を始めている。エステアの言うようにもう大丈夫なのは確からしかった。

「切っても無駄なのはわかっていたの。だから、真ん中の赤い核を狙って破壊したわ」

 言われて壁の方を見れば、スライムの核と呼ばれる赤い部分の残骸が返り血のように煉瓦の上にこびりついている。エステアはあの一瞬で風の刃でスライムを両断し、露わになった核を刀で刺突したのだ。

「恐れ入ったよ。それだけの判断を瞬時に下せるとは思わなかった」
「ホムに鍛えられたおかげね」

 不穏な音の正体と思しき魔物を仕留めたエステアが、安堵の表情で微笑む。

「スライムに対する基礎知識が備わっているのが一番大きいよ」

 訓練されているとはいえ、普段対峙することのない魔物の知識を実際の戦闘に結びつけるのは、至難の業だと思う。人魔大戦の頃ならまだしも、今は平和そのものの時代で、この場所はカナルフォード学園なのだから。

「事前にリーフがスライムかもと話してくれたおかげよ。もしスライムならこうしようと思っていた矢先だったもの」

 エステアはそう言いながら改めてスライムの残骸を魔石灯で照らして念入りに確かめ、水路の水面に生命の反応がないかを改めて調べた。僕も同じように地下通路に目を凝らす。少し歩いて奥に進んだところで、壁の煉瓦が湿っている箇所を幾つか見つけた。

「……どう? これでもう大丈夫かしら?」
「そう言いたいところだけれど、気に掛かることがあるんだよね」

 エステアの言葉に素直に応えながら、魔石灯を借りて壁の湿った箇所を照らし出す。

「……濡れてる……」
「そう。水深に対してこの位置はあり得ないし、人間の身長ともまるで違う」

 高さにして3mほどだろうか。幅広く楕円のように広がる染みは、雨漏りとも違う。そもそも直近で雨の日はなかったし、雨が染み出しているのだとすれば壁全体が濡れているはずだ。

「あまり考えたくはないけれど、巨大なスライムが移動した跡……そう考えるのが現実的よね」
「そういうことになるだろうね」

 3m級のスライムともなれば、エステアの今の戦い方では倒すことは出来ないだろう。風の刃を纏わせれば、不可能ではないだろうが、それではエステアの負担が大きすぎる。

 そこまで考えて、イグニスが魔物を放った理由が不意に思い浮かび、背筋に冷たいものが走った。

 建国祭にばかり目を向けてしまっているが、イグニスの目当てはあくまでエステアだと考えれば、魔物を放った意味に理由をつけられる。体力を消耗させ、生徒会の仕事に支障を出させるか、あるいは建国祭を取り仕切ることが不可能な怪我を負わせればいい。

 さすがにエステアがスライム相手に敗北するようなことはないはずだが、それでもこの地下通路に足を踏み入れた時点で、イグニスの企みは殆ど成功していたことになるのではないだろうか。

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