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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第331話 ナイルとの再会

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 貴族食堂を離れ、露店エリアに戻ろうとしたところで、向こうからやってきた背の高い男性がこちらに気づいて大きく手を振った。

「あれは……」

 知り合いなのか、エステアが呟く。遠目ではあるが、僕も彼の姿には覚えがあった。あれは確か――

「ナイルさん!」
「リーフ!」

 名前を思い出しかけた僕の隣で、アルフェがその名を呼ぶ。それと同時に、向こうもこちらの名前を呼んだ。間違いない、カナルフォード軍事大学のエースチーム『バーニングブレイズ』のリーダーのナイルだ。

「こんなところで会うとは奇遇だな」
「ナイル、久しぶりだね。その節はありがとう」

 大破した機体を譲ってくれた礼を改めて述べ、軽く握手を交わす。

「いやいや、俺の機体がアルタードなんて代物に化けたんだ。しかも優勝だろ! 寧ろ誇らしいぜ!」

 ナイルは大口を開けて晴れやかな笑顔を見せると、僕の隣のエステアに視線を移した。

「お久し振りです、ナイル」

 エステアが礼儀正しく頭を垂れる。この二人は、大闘技場コロッセオのエキシビジョンマッチで対決して以来なのだろうな。少しエステアの表情がかたく見えるのは、ナイルへの敬意の表れなのかもしれない。

「久しぶりだな、エステア。それはそうと、生徒会会長二期目当選、おめでとう……と祝いたい気持ちもあるんだが、せっかく新しい機体でリベンジしようと思ってたのに、特別マッチには出ないとはなぁ」

 余程エステアとの再戦を心待ちにしていたのか、ナイルが素直にエステアの欠場に落胆の意を述べる。エステアもナイルの気持ちを汲んで、申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさい。建国祭は生徒会発足後の重要なイベントだから」
「わかってるって。イグニスから嫌がらせもされるだろうし、他のことにかまけてる場合じゃないよな。あ、でもバンドはやるんだろ? えーっと、なんていったか……」
Re:bertyリバティよ。知っているの?」

 ナイルからRe:bertyリバティの話題が出たことに驚いたのか、エステアが目を丸くして瞬いている。エステアが素直に驚きを見せたのを面白がるように、ナイルは笑顔で続けた。

「それはもう。すごい噂になってるぜ。俺もライブ、聴きに行くからな!」
「ありがとう。ナイルも頑張って」

 エステアが手を差し出し、ナイルとかたい握手を交わす。この二人は戦いを通じて、ライバルを越えたなにかを感じ合っているようだ。こうして見ていると、武侠宴舞ゼルステラにおいては、単に勝者と敗者という構図にならないのが、興味深い。

「言われるまでもないぜ。エステアがいないなら、優勝は間違いなく俺だからな。そうそう、特別観戦チケットがあるから、渡しとく」
「でも、私……」

 ナイルがポケットから取り出したチケットをエステアに渡そうとするが、エステアは遠慮して受け取らなかった。

「来られる奴だけでいいから」

 エステアに強引に渡すのを諦めたのか、ナイルが僕にチケットを押しつけてくる。

「僕がもらってもいいのかい?」
「当然だ。ホムを誘って是非来てくれ。プロ選手との対戦だし、来年のカナルフォード杯の参考にもなるだろうからさ。あと、よかったら力作の新しい機兵を見て欲しいから、試合前に格納庫も見学に来てくれよな」
「それは是非見させて頂くよ」

 僕が当日動けなかったとしても、ホムを行かせることは出来るだろう。それとは別に、ナイルの力作だという新しい機兵には単純に興味が湧いた。試合全てを見ることは難しくても、格納庫の見学に行く時間くらいは捻出できそうだ。

「明後日、待ってるからな」
「ありがとう、ナイル。これは直接大闘技場コロッセオに行けばいいのかな?」
「ああ。関係者用の特別チケットだから、先に格納庫に寄ってくれ。あ、それで思い出したけど、今朝になってイグニスが大闘技場コロッセオをコーディネートしはじめたんだが、なにか聞いているか?」

 ナイルの口から唐突にイグニスの名前が出たことに、僕とエステアは思わず顔を見合わせた。

「え……?」

 僕たちの反応で、イグニスの動きを把握していないことを瞬時に理解したナイルが、苦笑を浮かべて肩を竦める。

「だよな。大学部のイベントだし、デュラン家の善意ってことになってるから、まあ、こっちとしても反対するアレはないんだけどさ」

 確かにそういう言い方をされれば、大学部としても受け入れるしかないだろう。カナルフォード学園において、それだけデュラン家の財力が経営の支えになっているという証だ。イグニスがこの学園を去ろうとしないのも、生徒会に拘っていたのも、その一点に尽きるのかもしれない。

「……コーディネートってどんな?」

 それまで黙って話を聞いていたアルフェが、おずおずと訊ねる。

「いや、そんな大したものじゃないというか、客席の塗装を始めてるんだよ。確かにちょっと古くなっては来てたし、見栄えがいいのには賛成だ。明日までに乾くらしいしさ」

 なるほど、その程度のことなら、こちらとしても見逃すしかなさそうだ。しかし、謹慎処分で最近まで休んでいたとはいえ、学園に戻ってからの動きがかなり活発なのは気になるところだ。

 イグニスのことだから、本当に善意で学園のためになることを……と考えているわけではなさそうなだけに、建国祭が終わったら、今後生徒会がどう動くかを考えなければならないのかもしれないな。

「そうだったのね。教えてくれてありがとう」
「余計な心配を増やしたなら悪ぃな。明日からはお互い楽しもうぜ」

 僕たちの不安を払拭しようとしているのか、ナイルが明るい笑顔を見せる。エステアもナイルに合わせて微笑み、周囲を見渡した。

「ありがとう。……これからどうするの?」
「ああ、ちょっと露店の方で協力を頼まれててさ。それを見に行く」

 ナイルが露店エリアの方を親指で示しながら、楽しげに打ち明けてくれる。露店エリアは試食会が盛況なようで、少し離れたこの場所にもその賑わいが聞こえてくる。

「生徒たちが試食会をしているから、是非参加してあげて」
「それは嬉しい知らせだ。是非そうさせてもらうぜ」

 ナイルは大きく頷くと、少し早足で露店エリアの方へと向かっていく。

「……さて、僕たちも行こうか」

 僕たちもナイルに少し遅れて、露店エリアの本部テントへと戻った。


   * * *


 本部テントに戻った僕たちを迎えたのは、生徒たちから差し入れられた沢山の食べ物だった。

「おーい、リーフ! 遅いぞ~」

 ヴァナベルがテーブルに所狭しと並べられた露店の飲食物を示しながら、僕に早く来るように促している。カオス焼きの露店の準備が一段落したこともあり、ヌメリンやリリルルも加わって試食会を楽しんでいる様子だ。

「この綿飴、ふわふわで~おいし~よ~」
「あっ、あの綿飴だ!」

 ヌメリンが嬉しそうに差し出した桃色の綿飴に、アルフェが目を輝かせる。

「あのおじさんが~差し入れに来てくれたんだよぉ~」
「お兄さんな!」

 ヌメリンが袋に入った綿飴を配っているおじさんを指差すと、あの露店の店主がいつものように突っ込みを入れた。

「よう、久しぶりだな。嬢ちゃん。ライルがここにいるって言ったから、挨拶がてら来たぜ」

 お約束とばかりに僕とアルフェに綿飴を差し出しながら、店主が人好きのする笑顔を見せる。

「わざわざありがとう」

 僕とアルフェが礼を言うと、店主は苦笑を浮かべながら頭に巻いたタオルを取って首にかけた。

「ありがとうはこっちの方だぜ。見て見ろよ、この盛り上がりをさ」

 昼を過ぎて空高く昇った太陽の光が露店エリアを照らしている。甘い系がピンクのストライプ、しょっぱい系が青のストライプで色分けした日除けが、穏やかな風に靡き、その下で生徒たちがそれぞれの準備に勤しんだり、試食会を楽しんだりしている。

「まったく、嬢ちゃんたちときたら、大したもんだぜ。去年の建国祭と大違いじゃねえか!」
「知ってるの?」
「いつか呼ばれたいもんだと思って、視察に来てたんだよ」

 そう語る店主は、念願が叶ってかなり興奮している様子だ。

「けどなんか、去年のは生徒の祭りっていうより、普通の屋台みたいでさ。けど、今年はすげぇな! カオス焼きなんて企画としても食いもんとしての味としても最高だぜ!」
「オレの店なんだ。真似してもらってもいいぜ」

 カオス焼きを絶賛されたヴァナベルが、気を良くして声を張り上げる。それを聞いた店主は飛びつくどころか、遠慮がちに顔の前で手を横に振った。

「いやいや。ペロニア家の嬢ちゃんもやってるんだから、そっちの支店かなんかでやらせてもらわねぇと、勝手になんかしてると思われた日にゃおっかねぇよ」
「それもそっかぁ~。じゃあ、なにか考えるねぇ~」

 ヌメリンがおっとりと応じるが、その笑顔は店主に対してかなり好印象な様子だ。こうして外の評判を聞く機会があると、ヌメリンの凄さも伝わってくるのが面白いな。

「おお、悪ぃな。頼りにしてるぜ!」
「というわけで、これは俺からのいつものお礼とお近づきの印ってやつだ。明日から宜しくな!」

 そう言うと、綿飴屋の店主は僕たちに綿飴と明日から使えるという色鮮やかな引き換え券を残して露店エリアへと戻って行った。

「建国祭、本当に楽しみだね」

 僕たちのお祭りの定番になった綿飴を幸せそうに頬張りながらアルフェが目を細めている。皆が活躍し、それぞれに楽しげに準備を進める露店エリアを見ただけでも、明日からの建国祭の盛り上がりが想像出来る。だから僕も笑顔で頷いた。
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