アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第366話 僕にとっての光

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★リーフ視点

 閃光が白く世界を照らした直後、凄まじい轟音と地響きが身体の芯を震わせた。

 ――よくやった、ホム。

 心の中でホムを讃える声を上げる間も、僕は光属性結界魔法アムレートの術式を地面に描く作業をひたすらに続けている。アルフェが作ってくれた安全地帯は、一帯を覆う氷魔法に囲まれていて、吐く息が白く濁った。それでも寒さというものをほとんど感じないのは、こんな状況になってもアルフェが僕への気遣いを絶やさないからなのだろうな。

 早く、一刻も早く術式を描き終えなければ。

 焦る気持ちを奥歯で噛み殺しながら、僕は筆先に意識を集中させる。上空を騒がせていたアークドラゴンの羽音がぴたりと止み、ホムとエステアの勝利を確信出来たこともあり、尚更気持ちは急いた。

 デモンズアイが再び血涙を流し魔族をこの地に放つまでの猶予は、アムレートを起動させる最高の機会だ。

「……よし」

 描く線がひとつに結ばれ、街の中心から広範囲に及ぶ巨大な魔法陣が完成する。あとは、ここに僕の身体に宿っている光属性のエーテルを流せば、この魔法は発動する。

「術式起動――」

 魔法陣に手を翳し、光魔法結界のイメージを構築する。だが、像は光の大きな円となって結ばれるものの、アムレートの起動には至らなかった。

「……どうして、どうして起動しない」

 焦りが苛立ちとなって現れ、僕は思わず歯を食いしばった。奥歯が嫌な音を立て、唇から鉄錆の味が広がる。

「僕の……僕のせいなのか……」

 身体に宿るのは、女神アウローラの光属性のエーテル。光魔法が女神と同じエーテルに反応しないはずはない。僕が苦手とする魔法のイメージの構築は、この魔法陣に集約されているはずだった。

 前世の僕グラスが報酬として受け取った光魔法は、今日この時まで一度も使ったことがない。女神の祝福の証である聖痕を持たず、光のエーテルを生み出すことが出来ない前世の僕グラスにはその資格がなかったからだ。

 資格がないにもかかわらず、聖騎士クルセイダーから装備の報酬として魔法の術式を受け取ったのは、あくまで真なる叡智の書アルス・マグナをその名に恥じないものにするためだ。

 それでも、アムレートを想像することは完璧ではないにせよ、出来ると思っていた。アウローラの光魔法を女神の神々しさを目の当たりにしているからだ。

「おい、リーフ! まだなのかよ!?」

 魔法陣の完成に気づいたヴァナベルが声を荒らげる。僕だって急ぎたい。けれど、急いだところで、どうすることもできない。

「オレだって急かしたくねぇよ! けど、このままだと、アルフェが……!」

 悲痛な声に顔を上げると、今にも倒れそうなアルフェの姿が視界に飛び込んできた。

 ――僕のために、ここまで……。

 氷炎雷撃ジャドゥ・トリシューラを使って戦況を一変させてくれたのはアルフェだ。だが、それは僕が光属性結界魔法アムレートを発動させるまでの時間稼ぎに過ぎない。アルフェが身を挺して僕を守ってくれたように、今度は僕がアルフェを守る番だ。わかっている。わかっている、それなのに幾らエーテルを流しても、僕が描いた魔法陣は反応を示さない。

「わかってる! わかって――」
「ワタシなら大丈夫! まだ……まだ戦える」

 力強い声だった。アルフェの凛とした叫びは、それだけで彼女の気力の凄まじさを僕に知らしめた。これだけの広範囲、しかも長時間にわたって氷炎雷撃ジャドゥ・トリシューラを維持しているアルフェは、最早魔力切れ寸前だ。立っているだけでも奇跡的だと示すように、魔力の枯渇が前兆を見せ始める。

「おい! ヤベぇぞ!」

 ヴァナベルの叫び声に続いて、彼方此方あちこちからガラスが割れるような音が響いてくる。血涙の一帯を凍らせていた氷魔法が、アルフェのエーテルの消耗の影響を受けて割れ始めている。

「何が……何が足りないんだ……」

 この魔法陣を構成する簡易術式は魔法の想像を助けてくれる。だが、これそのものはアムレートではない。あくまで想像力を補うためのものなのだ。

 だが、僕はアムレートを見たことがない。水を知らない者が水を生み出すことが出来ないように、理解出来ないものを具現することは不可能なのだろう。光魔法を発動するために必要な『光の本質』への理解が、僕には足りていない。だから魔法陣は僕の光のエーテルに反応しない。

 もしも、そうだとすれば今までの時間は――

 大闘技場コロッセオの方で氷が割れる音が幾つも響き、絶望を運んでくる。だが、力強い声がそれを遮るように上がった。

「「氷の壁よ! 我が盟友を守り給え!!」」

 アルフェの氷魔法を補うように、リリルルが加勢し、アムレートの魔法陣に影響が及ばないように堰堤ダムを築く。

「「我らがエルフ同盟は永久に不滅だ、アルフェの人!!」」

 笑顔で声を張り上げるリリルルに、アルフェは微笑んで頷いた。最早声を出す力も残されていないのだ。

「ギャギャッ! ギャッ!」

 僕たちの消耗を嘲笑うように、氷の裂け目から内部に閉じ込められていたレッサーデーモンが這い出してくる。

「このままでは……」

 プロフェッサーの苦々しい声が聞こえる。撤退を考えているのだと瞬時に理解した。

「もう充分頑張っただろ。こうなったら、次の策を考えるっきゃねぇ!」
「にゃはっ! 死んだら終わりだもんな! ここはあたしらが時間を稼ぐから、撤収してくれ」

 努めて明るい声を上げるヴァナベルに、いち早くファラが同意する。

「だな! それっきゃねぇ!」
「ベル~、ダメだよぉ~~」

 この場に留まる覚悟を決めたヴァナベルに、ヌメリンが泣き出しそうな声を出す。

「ガタガタ言うんじゃねぇよ! オレの足ならどうにでもなる」
「あたしの魔眼も役に立つだろうぜ」

 ヌメリンを一喝したヴァナベルに、ファラも勢いづいて応じる。皆が撤退するものと思っていたが、リリルルはアルフェを支えながら僕を真っ直ぐに見つめ、揃って口を開いた。

「「リリルルは残る。アルフェの人を信じる。リーフの人は必ずやり遂げる」」

 どうしてこんな状況になっても、まだ僕を信じてくれるのだろう。僕でさえ、自分に出来るのだろうかという不安で押しつぶされそうだというのに。

 アルフェのためにも、僕はここで撤退を選択させるべきなのか。けれど、撤退したとして、どこへ逃げる? どうやって魔族と戦う?

 答えのない問いかけが頭の中をぐるぐると回っている。俯いた僕の頬を、不意に優しい風が撫でた。

「アルフェ……」

 風に導かれるように顔を上げると、アルフェが和やかな優しい笑顔でこちらを見ている。

「大丈夫だよ、リー――」
「「アルフェの人!!」」

 アルフェは僕を勇気づけようと、微笑んだまま気を失った。

「アルフェ!」

 駆け寄り、リリルルに代わってアルフェを抱きかかえる。魔力切れのせいか、僕よりも成長して大人に近づいているはずのアルフェの身体が、酷く軽く感じられた。

「アルフェ……。アルフェ……」

 なんと言葉をかければよいかわからなかった。

 氷魔法が解け、蠢く魔物たちの気配が濃くなる。

 束の間忘れることの出来ていたデモンズアイの血涙の臭いが鼻を突く。

「僕だ、僕のせいだ……」

 謝罪の言葉を紡ぎかけて辛うじて呑み込んだ。アルフェを傷つけるだけだろう。アルフェは、僕を信じてこうなってしまったのだから。

「…………」

 微笑んだままのアルフェが微かに唇を動かす。名前を呼ばれたような気がして、力を失ったままのアルフェの白い手を握りしめた。

「ここにいるよ」

 僕の声に反応したように、意識を失っているはずのアルフェが、手を強く握り返してくる。

 ああ、アルフェは今も信じている。僕がこの状況を変えられる、必ず勝てると信じて自分に全てを託してくれた。悔いている場合じゃない。立ち上がらなければ。

「リリルル、アルフェを頼むよ」
「「二人の愛は不滅だ。こんなところで潰えたりはしない」」
「うん」

 リリルルの言葉に背中を押された。僕は前を向き、現実を見つめる。戦況は悪化しているが、迷っている暇はない。

「潮時だ! 行け!」
「ヤダ! 行かないでよぉ~、ベル~~!!」
「早く逃げろ、ヌメ!」

 敵に向かっていくヴァナベルの叫びは、申し訳ないけれど今は聞けない。

「ヴァナベル、待て!!」

 ファラが大声で叫び、僕も弾かれたように振り返った。全速力でヴァナベルを追いかけたファラが、その腕を引っ張ったその時。

 上空から鋼鉄の塊が空から降ってきて、魔族の群れを押し潰した。

「なんだぁ!?」
「機兵の盾だよ~!」

 ヴァナベルの驚愕の叫びにヌメリンが幾分か明るい声を出す。

「にゃはっ! しかもあの機体!!」
「間に合ったようだな!」

 ファラの声に聞き覚えのある声が重なる。

「生徒会副会長補佐、リゼル・ジーゲルト――」
「同じく生徒会副会長補佐のライル・グーテンブルクとジョスト・ブレイサー!」
「重機兵デューク三機にて作戦に加わる!」

 誰かと思えば、リゼルとグーテンブルク坊やとジョストじゃないか。機兵の参戦によってどれだけ戦況が変わるかは、皆の表情から明白だ。お陰で僕はもう一度、アムレートの魔法陣に向き合うことができる。

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