アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第380話 狡猾な魔族

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 アイザックとロメオの報せを受けて、生徒会のメンバーはエステアが入っていったという倉庫近くの赤い扉の前に集められた。

「ベル~。動けるからって、ばっちり回復したわけじゃないから、無理は禁物だよ~」

 生徒会室に立ち寄ったヌメリンは、必要なものをひとしきり揃えてきたようで、かなりの大荷物だ。ヌメリン自身の武器である大斧に加えて、回復薬や地下通路の地図まで持ってきてくれたのは流石の機転だ。

「さて、これで全員揃いましたわね?」

 エステアの消息を案じているマリーが、幾分か険しい声音で切り出す。集められた生徒会の面々――僕とアルフェとホム、マリーとメルア、グーテンブルク坊やとリゼル、ジョストに、ヴァナベルとヌメリン、ファラは揃って頷いた。

「ここからは、生徒会副会長の出番ですわ。ワタクシ、冷静でいられる自信がありませんので、情報整理をお任せします」

 マリーが一歩下がって、入れ替わりに僕を促す。マリーの言う通り、冷静な視点での情報整理が必要だ。アイザックとロメオの報告だけでは、イグニスがどういう状況か正確に把握することは出来ないからだ。

 何から話すべきか迷ったが、皆の意見も聞く必要性を考え、僕はあり得る可能性を考えながら、ひとつひとつ丁寧に話すことにした。

 アイザックとロメオによると、目の前にあるこの赤い扉からイグニスが一瞬だけ姿を見せたが、すぐに中に引っ込んでしまった。こちらに気づいて身を隠したのか、魔族に引きずり込まれて消えたのかはこの時点ではわからない。

 エステアは魔族に引きずり込まれた可能性を考え、イグニスを助けに向かったのだ。

 その判断は、ある意味で正しいと思う。アムレートの効果は地下には及ばない。光が降り注いでいる場所にしか効果が及ばないことから考えると、エステアが地下に魔族が残っていると考えたのも無理はない。

 そう考えた場合に、イグニスはなぜ地下通路にいたのかということを考えてみたい。

 イグニスは、デモンズアイの血涙とそこから湧き出る魔物から逃れようと地下に入ったのだろう。地下通路の存在を知るごく少数であるという特権を活かして、目撃者が限りなく少ない状態で逃げたのではないだろうか。

 その証拠に、大多数の人たちは地上で安全地帯を探して、避難所と定められた学園の講堂を目指していた。エーテルを糧とするレッサーデーモンが学校に殺到してきた理由もそこにある。レッサーデーモンの動きを振り返ってみても、仮に地下に逃れた人を追いかける個体がいたとして、ごく少数だろう。

「理屈はわからんけどさ、エステアが五分待って戻らなければ、リーフたちに知らせるようにって言ったのはなんでなんだ?」

 話を聞いていたヴァナベルが疑問をぶつけてくる。

「それについては、二つ可能性があると思う。ひとつは、イグニスを助けようとしたけれど、魔族の残党に襲われた場合。そしてもうひとつは、イグニス自身が魔族であった場合だ」

 話しながら、いずれの可能性もやはり考えられると思う。ただ、魔族の残党がいたとしてもごく少数で、弱っているとはいえ、エステアならば戦闘を避けて逃げ切れるのではないだろうか。イグニスがどういった状況かにはよるが、彼が足を引っ張るような状況にあれば、五分経っても戻ることは出来ない。そして、イグニスが魔族であった場合は、アムレートの効果を避けて地下に逃げ込んだということも考えられるのだ。

「にゃはっ! なんかあーだこーだ考えても、結論を出すのは難しそうだな」

 ファラの言う通り、今結論を出すことは難しい。本心を言えば、イグニスが魔族と断定出来ていればどんなに楽だろうとは思う。

「んも~! まどろっこしいですわぁ! この際、イグニスを魔族と仮定して話を進めませんこと?」
「だよねぇ~。でも、デュラン家の令息っちゅー立場がさぁ……」

 僕と同じことを考えていたらしいメルアが、苦い顔をしながらマリーを諭す。

「その立場すら、魔族が利用しているとすればどうですの?」

 マリーはなにか思うことがあったのか、改まった口調でその場の全員に問いかけた。

「……どういうことですか、マリー先輩?」

 俄には信じ難いマリーの発言に、リゼルが青ざめた顔で問いかける。

「魔族というものは狡猾な生き物ですわ。人間を乗っ取って意のままに操作しているという報告が、軍部にもちらほらあがっていますの。泳がせて仕留める意味もあって大々的に報されているわけではありませんけれど」

 マリーは溜息混じりに軍部の話を交えて説明すると、頬に片手を押し当てて頬杖をつくように腕を組んだ。

「じゃあ、イグニスさんは、本当に……?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない」

 アルフェの不安げな問いかけに、僕はまだ結論を出せずに首を横に振った。

「なんだよ、歯切れが悪いぞ、リーフ!」

 マリーの言うように、僕がイグニスを魔族と仮定して話を進めれば手っ取り早い。ヴァナベルが苛立った声を出すのも無理はないな。

「……ずっと疑問に思っていたことがあるんだ」

 僕がどうして断定出来ないのかは、きちんと話しておいた方がいい。もし、僕が今考えているイグニスが人間であるかもしれないという可能性がなくなれば、彼を魔族と仮定することが出来るからだ。

「イグニスが仮に魔族だったとして、どうやって機兵を動かすことが出来ていたんだろう?」
「どうって? 動いてんだから、疑問にもなんねぇだろ」

 ヴァナベルが落ち着きなく兎耳を動かしている。結論を急ぐほどに気持ちが焦っているのは明らかだ。彼女は彼女なりに、エステアを助けようと必死なのはわかる。だからこそ、僕はここで焦ってはならない。

「……なります。異世界からの侵略者である魔族は、魔力臓器を持ちません。ですから、エーテルを動力とする機兵を動かすことはできないはずなのです」

 僕の気持ちが伝わったのか、今まで黙っていたホムが代わりに補足してくれる。ホムの補足を聞いてメルアやファラが驚いたような顔をした。

「でもさ! カナルフォード杯では機兵に乗ってめっちゃ戦ってたじゃん?」
「にゃはっ! あれだけの大観衆が証人って言われたら、疑いようがないな」

 二人の反応は至って普通だ。だからこそエステアも、警戒を緩めたのだから。

「……そうなんだ。だから、エステアはイグニスが魔族であるという確信を持てずに、助けに向かったんじゃないかな」
「ん~、結局どっちなのぉ~?」

 ヌメリンがくねくねと身体を動かしながら、もどかしそうに声を上げる。

「マリーの話を思い出してほしい。人間を乗っ取って意のままに操作している……これは重要な証言だ。もし、イグニスが人間の身体を依り代とする寄生型の魔族であった場合、機兵を動かすことが出来た理由もアムレートの浄化の光によって消滅しないことにも説明がつく」
「……つまり、デュラン家の令息であるということは、間違いないわけだ」

 僕の説明にグーテンブルク坊やが苦い顔をして口を挟んだ。

「だからこそ、これまで色々な手を使って学園に介入してきたわけですわ。初年度に生徒会に入ったのも、ひとえにデュラン家の後ろ盾があったお陰、親の七光りにすねかじりですわぁ!」

 話が見えて来たとあり、マリーが声高に叫ぶ。

「生徒会にこだわっていたのは、この学園を足がかりに帝国軍部を侵食し、魔族が入れるように根回しするためだったのかもしれないね」
「有り得る話ですわ。少なくとも、学園のためという感じではありませんでしたもの」

 生徒会総選挙でのイグニスの振る舞いを見ても、それは明らかだろう。亜人差別を行うことにより、貴族の特別意識を煽っていたこと自体、今思えば学園の団結力を分断させる意図があってのことだったのかもしれない。

「……じゃあ、イグニスは魔族ってことでファイナルアンサーっちゅーことでいい?」

 メルアの問いかけに僕は頷いた。この前提条件が全て間違っているというのは考え難い。イグニスが単なる人間であるという前提が崩れるのであれば、彼が魔族である可能性が高いと断じることが出来るだろう。そして、それを決定づけるものを、今のイグニス自身が持っているはずだ。

「限りなく黒に近い、ってところだね。多分、会えばわかる」
「どうしてわかるの?」

 首を傾げるアルフェに、僕はゆっくりと出来るだけ丁寧に説明した。

「アムレートの効果で魔界と通じる転移門が閉じて、デモンズアイもハーディアが倒した。残る魔族は、デモンズアイと繋がっていた使役者だけだ。恐らく、黒竜神ハーディアの攻撃を受けて何らかの多大なダメージを負っているはずなんだ」
「人間に憑依し続けることが難しいほどに損傷してしまったのなら、魔界に帰る策を練らなければなりませんわねぇ」

 僕の説明を聞いたマリーが首を縦に振りながら何度も頷いている。

「かなり追い詰められている状態と言えるだろうね。だから、イグニスが使役者だったとして、この先の行動は今まで以上に慎重を要する」
「けどよぉ! 転移門って、そんなに簡単に出せるもんなのか?」

 一応の結論が出たことで、ヴァナベルの疑問は別のところへと向いた。

「簡単じゃない。入念な準備が必要だよ。多分、転移門を発生させるために、メインプランとサブプランの二つを用意していたんだと思う」
「狡猾な魔族の考えそうなことですわね」

 軍部で魔族の知識を学生以上に叩き込まれているのだろう、マリーが相槌を打つ。

「で、それってなんなんだよ?」

 ヴァナベルの問いかけに、僕はこれまで抱いていた疑念の紐解きを試みる。今にして思えば、確証を得ることが出来なかっただけで、予兆はいくつもあったのだ。

「……ひとつは、社交場としての食堂に運び込まれていた魔法陣のような模様の絨毯だ。エーテルに反応しなかったのは、邪法の魔法陣だったからという可能性が高い。もう一つ……これは極めつけになるけれど、大闘技場コロッセオの座席の塗装だ。大闘技場コロッセオが倒壊した今となっては、確かめるのは難しそうだけれどね」
「……いや、大丈夫だ。ジョスト」

 僕の説明を聞いたグーテンブルク坊やが合図すると、ジョストは魔法の杖で虚空に円を描き、薄い氷を具現させた。

「はい。そう言われると思って用意しておきました」

 氷の上に、投影魔法が展開され、大闘技場コロッセオの空撮写真が映される。

「にゃはっ! 空撮写真か!」
「建国祭の記録を残すべく、写真師を雇っておいたんだ。だから、社交場の絨毯までは考えが及ばなかったが、その他は記録を残してある」

 グーテンブルク坊やにしては、いい機転だ。地上からはわからなかったが、こうして見ると特定の紋様が浮かび上がっているのが良くわかる。

「覚えている限りになっちゃうけど、社交場の絨毯の模様とすごくよく似てると思う」
「うん。規模は全く違うけれど、同じ術式の繰り返しだ。邪法の転移門の魔法陣であると仮定して見れば、両者の違いが見えてくる」
「へっ!? ししょーって、邪法の魔法陣も読み取れんの!?」

 アルフェの言葉に頷くと、メルアが素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと囓ったぐらいだけどね。錬金術の簡易術式と原理自体はかなり似ているってことは、メルアにもわかるんじゃないかな?」

 まあ、前世の僕グラスは、人魔大戦の頃に邪法の魔法陣を読み解くことも試みていたのだけれど、それはひとまず伏せておく。

「あー……。確かに、同じ術式が繰り返されてるのはわかるよ。なんか同じ効果をたくさんの人に及ぼそうとしてるって意図が見えるような……」

 少し悩んではいたが、メルアの指摘は的確だった。この時代において彼女は間違いなく天才錬金術師なのだ。

「その通りだよ。この大闘技場コロッセオの方は、人々の負の感情をそのにえとする邪法の魔法陣だ。食堂の方は、多くの『命』を対価に払うものだったんだろうね」
「命と負の感情ってなんだよ? 怒ったからって、命と天秤が釣り合うのか?」

 ヴァナベルが腑に落ちないといった様子で腕組みしながら宙を睨んでいる。

「魔族一人が通れる転移門を開くのに必要な人間の命はひとつだ。デモンズアイほどの大きさの魔族を召喚するには、ざっと百人は必要だろう。でも、一万人の悪意のエネルギーがあれば、それに代えられる」
「要するに、コスパを考えたら、めっちゃ人を集めて怒らせればいいってこと?」

 大闘技場コロッセオの収容人数を考えれば、一万、二万の人間では済まないだろう。詰めかけていた貴族だけで、この都市の防衛を担う駐留軍を出払わせてしまうだけの規模だ。だから、デモンズアイを召喚出来るだけの悪意のエネルギーは充分に集まったということがわかる。

「そういうことになるね。現に大闘技場コロッセオでは、転移門出現以前に死者は生じていない。殺気立った観客の報告はあるけどね」
「……じゃあ、あの時からもう、介入が始まっていたということでござるか」

 いつの間にか話の話に加わっていたアイザックが、身震いしながら声を上げた。恐らくあの殺気立った大闘技場コロッセオの様子を思い出しているのだろう。

「調べればもっと前にも予兆はあったのかもしれない。表面化しなかっただけで」

 説明するうちに、幾つか思い当たる節があった。例えば、建国祭の前の異音騒ぎの際にエステアと地下通路に入った際に出会ったスライム――あれに関しても、イグニスが使役者であり、なんらかの意図を持って企てたことなのかもしれない。

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