アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
379 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第379話 感謝の見送り

しおりを挟む
 ハーディアとミネルヴァの見送りに、アルフェと共に講堂前の広場へと移動する。

 避難していた生徒たちが講堂から移動したことで、随分と静かになっている印象を受けた。一方の校舎の方では、生徒たちの声が聞こえてくる。魔族の脅威が去ったとあり、明るい笑い声が混じるのを聞き取ろうとしているのか、ハーディアは暫く黙していた。

「……もう復興に向けて動いているか……。こういうときの人間は、強く逞しいな」
「戦うばかりが強さじゃないんだよね。大事なものを守ることだって、すごく大切なことだから」

 アルフェがハーディアの言葉に頷きながら、自分の考えを述べる。アルフェの言葉を聞いたハーディアは満足げに微笑み、僕へと視線を移した。

「その通りじゃ。益々勉学に励むのだぞ、お前たち」

 この学園で学ぶことの意義を改めて感じながら、頷く。ハーディアがわざわざ僕たちに学びを促したことは、僕たちが思っている以上に、重要な意味があるはずだ。

「しかし……。見送りのひとつもないとは、寂しいものだな」

 ハーディアが校舎の方を見上げながら、所在なさげに翼を動かしている。その気になればいつでも羽ばたけるのにそれをしないハーディアに、アルフェは嬉しそうに微笑み掛けた。

「そんなことないよ」

 そう言うと、アルフェは拡声魔法を発動させ、校舎に向かって声を張り上げた。

「みんなー! 黒竜神様がお帰りになるよーーー!!!」

 アルフェの合図で、校舎の窓が一斉に開き、生徒たちが姿を見せる。それと同時に、鮮やかなフラワーシャワーをこちらに向けて振り撒いた。

 風魔法で優しく運ばれる花びらは、龍樹のものだ。ハーディアへの敬意を表すそれらは、折り紙でひとつひとつ丁寧に作られている。きっとアルフェたちが計画し、ハーディアたちが学園を去る前に間に合わせたのだ。

「ありがとうございます!」
「助けにきてくれて、本当に嬉しかった!」
「黒竜神様!」

 生徒達が声を張り上げ、大きく手を振り、或いは何度も会釈したり両手を合わせて拝む仕草を繰り返しながらそれぞれに感謝の意を述べる。

「生徒会のみんなも、ありがとう!
「すげーぞ、リゼル! ライル!」
「1年F組は学園の誇りだよーーー!!」

 生徒達の声が、ハーディアへの感謝の言葉から生徒会のメンバーへと広がっていく。なにかと思えば、校舎から生徒会の皆がハーディアの見送りのために姿を見せたのだ。皆、それぞれに籠いっぱいに入れた龍樹の花を撒きながらハーディアに近づくと、恭しくその場に傅き、頭を垂れた。

「はははっ、これはまた派手な見送りじゃな」

 目を輝かせるハーディアは、これまでにないほど上機嫌な笑顔を見せると、ヴァナベルたちに立ち上がるように促した。

「へへっ、祭りの最後なんだ。こんくらい派手にやったって罰は当たらないだろ」
「サプライズ大成功~~!」

 ヴァナベルとヌメリンが嬉しそうに龍樹の花を空に向かって振り撒く。それらはどこからともなく吹いている優しい風に運ばれて、講堂前の広場を中心に広がっている。

「こんなにたくさんの花……。これは一体……」

 不思議そうに宙を舞う花びらを見上げるミネルヴァが、手を伸ばしてその中のひとつを摘まみ取った。

「みんなで黒竜神様にお礼をしたくて、準備したんです。龍樹の花は季節的に手に入らないから、折り紙を使って作りました」
「ほうほう。なかなか上手く出来ておるぞ」

 ハーディアが手を伸ばして花びらに紛れていた花を引き寄せる。

「記念にひとつ貰っていこう」

 髪に差し込んだハーディアが微笑みかけると、アルフェが嬉し涙に目を潤ませて頷く。

「「アルフェの人!」」

 また柔らかな風が吹いたかと思えば、今度はリリルルだ。二人はいつものようにくるくると踊りながら僕たちに近づいてくる。

「うん!」

 リリルルが何を言わんとしているのか真っ先に理解したアルフェが、リリルルと手を取り合って、くるくると踊り出す。楽しげなその輪にヴァナベルとヌメリン、ファラも加わり、リゼルとグーテンブルク坊や、ジョストも負けじと踊り出す。

 楽しげに踊る面々に校舎の生徒たちから手拍子が起こると、ハーディアもうずうずとした様子で身体を動かし、皆の輪の中に飛び込んでいった。

「おお、余興だな! わらわも混ぜろ!」

 その様子を咎めるでもなく、ミネルヴァは目を細めて見つめている。足がハーディアが踏むステップのリズムに合わせて動いているのを見つけて、僕は穏やかな気持ちになった。

「……止めないんですね」
「水を差すと機嫌を損ねるからな。それに、あの楽しそうなお顔を見たら、とても……」

 ミネルヴァの表情は優しげで、ハーディアへの尊敬に溢れている。それだけではない、もっと特別なものを感じ取り、僕は思わず問いかけた。

「ハーディア様のことが、好きなんですね」
「好き? ……ああ、そうだな。好きという言葉では生温い。私は、この世の誰よりもハーディア様を愛し、お慕い申しあげている。この寵愛の証を頂いた頃から、ずっとな」

 ミネルヴァはそう言いながら、愛しむように額の紋章に触れる。

 優しい表情のミネルヴァには、ある種の親近感を覚える。普段こうした顔を見せないのは、それだけハーディアへの想いが特別であるからなのだろう。黒竜将という大役を務め続けるにあたり、時にその感情を押し殺さなければならない場面もあるに違いない。自由に振る舞いたがるハーディアに厳しく釘をさしつつも、今のようにハーディアが好きに振る舞える時間を設けているのがその証なのかもしれない。

 ああ、それにしても愛する人の笑顔を見るのは本当に嬉しいものだな。僕がアルフェに抱いている気持ちもミネルヴァがハーディアに抱いている気持ちも、同じ『愛』なのだ。

 くるくると踊る生徒会の面々に、校舎から飛び出してきた生徒たちがいつの間にか加わっている。いつもは眺めているだけのホムも、今回は一緒だ。

 生徒達の手拍子に、演奏が得意な生徒たちの楽器が合わさり、即興で優しく明るい旋律を紡いでいく。それはやがて『感謝の祈り』に変わっていき、花びらを巻き終わるのに合わせて余韻を残しながらゆっくりと止まった。

 誰ともなく起こった拍手は、やがて万雷の拍手へと変わる。その拍手と笑顔がハーディアへと集中すると、示し合わせたように静寂が訪れた。

「うむ、実によい余興であった! やはりこれくらい派手な方がわらわ好みじゃな!」

 ハーディアが笑顔で話し、生徒たちに向けて拍手を贈る。皆、サプライズの成功と、ハーディアからの称賛に深く頭を垂れた。

「さあ、今度こそ帰りますよ、ハーディア様」

 余興を楽しむハーディアを見守っていたミネルヴァが、いつもの少し険しい表情に戻り、ハーディアを急かす。

「まあ、待て。ミネルヴァ。わらわに祭りの余興を用意した子供たちに、一言述べさせよ」

 ハーディアは柔和な笑顔でそれを受け流すと、優雅に翼をはばたかせて、宙に浮かび上がった。

「カナルフォードの子供たちよ。此度の行い大儀であった。今日、ここで体験したことは必ずやお前たちの将来の糧となるだろう。困難に立ち向かう勇気を胸にこれからも精進するがいい。汝らの行く末に黒竜の加護があらんことを!」

 凛とした声が、拡声魔法とは全く異なる響きで僕たちへの祝福を伝えてくれる。心に響くその声に僕たちが頷くのを満足げに眺めたハーディアは、ミネルヴァと共にそのまま宙に掻き消えた。

「……行っちゃったね」

 ハーディアのエーテルの気配を追っていたのだろう。暫く虚空を眺めていたアルフェが、寂しげに呟く。

「うん。でも、きっとまた会えるよ」

 別れの言葉を最後に紡がなかったのは、ハーディアにもその心づもりがあるからだ。何故かはわからないが、そんな確信があった。

「外は冷えます。そろそろ校舎へ戻りましょう、マスター」
「そうだね。生徒会の仕事もたくさんあるだろうし」
「にゃははっ! そりゃもう山積みってヤツだぜ」

 ホムと生徒会の面々が合流し、僕たちは校舎へ向けて歩き出す。日が落ちて冷たくなった風に遊ばれる龍樹の花びらが、ハーディアを名残惜しそうにまだ見送っている。

「どうしたの、リーフ?」
「綺麗な景色だから、エステアにも見せたかったな」

 アルフェに問いかけられ、僕は宙を舞う花びらのひとつを手に取る。

「間に合わなかったのは残念ですが、その分話をしましょう。きっと喜びます」

 ホムも僕に倣って花びらを手に取ると、目を細めて眺めた。報告書作成のために校舎を離れているエステアも、きっともうすぐ戻ってくるだろう。そんなことを考えていた、その時。

「リーフ殿!」
「大変だ! エステアさんが!」

 アイザックとロメオの悲鳴のような声が、僕たちを引き止めた。

「エステア殿が、イグニスを追いかけて地下道に入ってから戻らないでござる!!」
しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...