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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第395話 魔王の返礼
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呼びかけられた瞬間、怖気が走った。
声だけだというのに、無数の目に見つめられているような気味の悪い視線に身体を絡め取られたような気がした。
「どーも、うちの雑魚が世話になったようだなぁ。捨て駒とはいえ、腐っても魔族なんだわ。それがこんなガキにやられたってゆーと、話はちと変わってくるよなぁ?」
先ほどまでの異様なまでの陽気さが消え、声のトーンが変わっている。
全方向から身体を押し潰されるような圧が、ベルゼバブが声を発するたびに襲ってくる。
息をすることさえままならない。アルフェは小刻みに震えながら、苦しげに喘いでいる。
声を出そうにも、喉の奥に布きれを詰め込まれたかのように声が出せず、指先ひとつ動かすことができない。
「ん~? ガキらしくびびっちまったかぁ? けど、まだこんなのは、挨拶にもなってねぇんだよ」
ベルゼバブの声に混じって、不穏な音が聞こえてくる。
なにかが始まろうとしている。厄災にも似た絶望を連れてくる。
「吾輩は、礼儀正しいんでな。頂いた分はきっちり返させてもらうぜ」
「う――」
動け、と自分に命じたが掠れた声しか出せなかった。だが、意識を自分に向けることには僅かに成功した。気圧されしている場合ではない、愛しい二人を守るために、動けるのは僕しかいない。
「ちょうど生贄も捧げたことになったしな。直接、ご対面といこうや」
生贄というのは、どういう意味だろうか? 捧げたことになったということは――
「マスター!」
ホムが絞り出すような声で僕に呼びかける。淡い光を湛えていただけの祭壇が、今や禍々しい赤の光で煌々と辺りを照らし始めている。
その光に反応して、イグニスが残した邪法の魔法陣が骨の山の上に浮かび上がっている。
邪法の魔法陣が起動している。生贄は恐らくイグニスの魂のことだろう。だとすれば、あの魔法陣が何であるにせよ、今この瞬間にも、事態は刻一刻と最悪へと向かっている。
「武装錬成!」
詠唱が喉を震わせると同時に、僕は自分の手の中に錬成された鉄片が皮膚を突き破る傷みに顔を歪めた。
痛みが意識をそこに集中させてくれる。圧倒的な恐怖と不安から意識が逸れたことで、身体を縛っていた見えない糸が解けた。
身体が動くことを確かめる間もなく、僕は操縦桿を力一杯倒す。
「ドリル、射出!」
アーケシウスの左手のドリルが分離され、ドリルの背部についていた噴射推進装置が噴射する。加速したドリルは狙いどおりに、十字架が突き刺さっている祭壇に激突し、骨の山ごと吹き飛ばした。
重圧が消え、呼吸が戻ってくる。
魔界との通信が途切れたことに安堵しながら、僕はアルフェを抱き締め直した。
「マスター! これは!」
安堵に息吐く暇もなく、ホムの鋭い声が警告する。顔を上げた瞬間、僕たちを取り込むように中心に六芒星を描いた二重螺旋の帯が輪を成して囲んでいる。その周囲を飾るように刻まれているのは、イグニスが絨毯に用いていたものと同じ、魔族の邪法特有の幾何学模様だ。それが転移魔法陣であると理解するまでに、幾許もかからなかった。
「あーあ、やってくれちゃったじゃないの。吾輩を祀る祭壇への攻撃ってことはさぁ? なにしてくれちゃったか、わかってるよなぁ?」
祭壇はもうないのに、ベルゼバブの声が響いている。地の底から這うような、異様な響きがあっという間に辺りに広がる。転移魔法陣を通じて、この場が魔界とつながり始めているのだ。
「急いで、脱出を!」
促しながらも、ホム自身が迷っているのがわかる。僕と記憶を共有しているホムならば、転移魔法陣の端から赤黒く噴出している波状のものがなんであるか、知っているはずだ。
「脱出は無理だ。転移波動に近づけば、身体がばらばらに吹き飛ぶ」
僕の言葉に、ホムが外に向かいかけた歩を戻す。
噴き出し続ける転移波動は、地面を抉り、地響きを立てながら僕たちを一層孤立させていく。このままでは転移魔法陣に呑み込まれるとわかっているのに、ここから脱出する術がない。
「無理ではありません。まだ、上空があります」
辺りを冷静に見渡したホムが、僕たちの真上を指す。イグニスを倒す時に開けた大穴が、遙か先の地上まで続いている。
「雷鳴瞬動でわたくしが、アーケシウスを射出すれば」
「アーケシウスを転移魔法陣の影響が及ばない地上まで射出するには、軌道の充電が間に合わない」
「ですが!」
ホムの声に強い焦りが混じっている。どうにかして僕を助けたいと考えていることが、痛いほどわかる。それは僕だって同じだ。
考えを巡らせるが、どの案も上手く行かない。
イグニスを倒した時のような大規模な風魔法を行使するにしても、上空で動けるのは風魔法を施した長靴があるホムだけだ。アルフェは魔力切れ、風魔法に熟達していない僕は、空中で動き回ることはできない。だからといって、ホムもアルフェとエステア、それに僕を抱えて動くことは出来ない。
――誰一人見捨てたくない。
縋るような思いが、自分の中に溢れている。
愛しい人、愛しい娘、大切な友人――
どうすればいい、どうすれば……誰か――
「おいおい、なんだこれ!?」
考え倦ねる僕の耳に、ヴァナベルの声が不意に届いた。
「ヴァナベル!」
「無事か、リーフ!」
僕の声に応じたのはファラだ。
「こりゃいったいどういう状況なんだよ、リーフ!?」
「どうみてもマズいやつだよ、ベル~」
ヴァナベルとファラ、ヌメリンがデモンズアイの幼体を倒して追いついてきたのだ。
「説明してる暇はない。とにかくアルフェを助けたい!」
「わかった! どうすりゃいい!?」
三人がすぐに反応してくれたことで、希望が見えた。一度に全員が脱出するのは難しくても、アルフェだけなら助けられる。
瘴気に当てられたのか、アルフェは殆ど気を失っているに近い状態だ。
「アーケシウスを転移波動に割り込ませ、隙間をこじ開ける。アルフェを受け止めてくれ」
「任せろ!」
ヴァナベルの即答と同時に僕はアーケシウスを動かし、半身を転移波動に割り込ませた。
「う……ぁ……!」
凄まじい衝撃に機体が恐ろしい早さで破壊されていく。僕はアルフェをしっかりと抱えると、風魔法でヴァナベル目がけて投げ出した。
「よっしゃ!」
ヴァナベルは見事にアルフェを受け止め、こちらを見つめて微笑みかける。だが、僕には笑顔を返す余裕はなかった。
「ヴァナベル! アルフェを頼む!!」
「頼むってお前……。何やってんだよ、早く来いよ!!」
「リーフ! やだ! どうして!」
アーケシウスが転移波動に押し戻され、衝撃で息が詰まった。
「マスター! 脱出しましょう! わたくしが安全なところにお連れします!」
僕に駆け寄ってくるホムは、体力を使い果たしているのか足許をふらつかせている。ここで無理をさせることは出来ない。
僕が捨て身でアーケシウスを転移波動に割り込ませられたら、ホムとエステアだけでも脱出させられないだろうか。そこまで考えて、転移波動に割り込ませていた右半身の装甲が大きく損傷し、内部が露出しているのが見えた。僕のエーテルにものを言わせて動かせば、多少の無茶は利くだろうか。けれど、二人が転移波動に触れたら、命はない。
「リーフ! リーフ!」
魔力切れで、朦朧としていたはずのアルフェが必死に僕を呼んでいる。
「大丈夫だ! アルフェ、だから、今は――」
「なに言ってんだよ! どこに飛ばされるかもわかんねぇんだぞ! お前が来ないなら、オレが行く!」
「ダメだ、ヴァナベル。あれに近づいたら命はない」
「ファラの言うとおりだよ~。でもなんとか助けなきゃ~!」
ヴァナベルたちが僕たちを助けようと動き回っているのがわかる。けれど、もう手遅れだ。
転移波動はいよいよ狭まり、僕たちに迫ってくる。
アルフェの必死の叫びも、もうほとんど聞こえない。
辛うじてまだ転移波動の向こう側が見えるが、向こうがこちらの様子を把握出来ているかは定かではない。
「ホム、機体を盾にする。エステアとこっちに来るんだ」
「わかりました、マスター」
生き残るためには、こうするしかない。転移魔法陣に身を任せ、少しでもダメージを減らすのだ。
僕はアーケシウスを操作し、ホムとエステアに覆い被さった。
視界が眩い光の明滅に侵食されていく。転移波動が臨界に達しているのだ。
いよいよその時が来たと悟った僕は、目を見開き、アルフェの姿を探した。アルフェにこの声が届いても届かなくても、叫ばずにはいられなかった。
「アルフェ、必ず君の元に帰る! だから、僕を信じて!」
眩い閃光が眼前を染める。閃光に包まれているのに、瞼の裏には血のような赤がべっとりと広がっていた。
声だけだというのに、無数の目に見つめられているような気味の悪い視線に身体を絡め取られたような気がした。
「どーも、うちの雑魚が世話になったようだなぁ。捨て駒とはいえ、腐っても魔族なんだわ。それがこんなガキにやられたってゆーと、話はちと変わってくるよなぁ?」
先ほどまでの異様なまでの陽気さが消え、声のトーンが変わっている。
全方向から身体を押し潰されるような圧が、ベルゼバブが声を発するたびに襲ってくる。
息をすることさえままならない。アルフェは小刻みに震えながら、苦しげに喘いでいる。
声を出そうにも、喉の奥に布きれを詰め込まれたかのように声が出せず、指先ひとつ動かすことができない。
「ん~? ガキらしくびびっちまったかぁ? けど、まだこんなのは、挨拶にもなってねぇんだよ」
ベルゼバブの声に混じって、不穏な音が聞こえてくる。
なにかが始まろうとしている。厄災にも似た絶望を連れてくる。
「吾輩は、礼儀正しいんでな。頂いた分はきっちり返させてもらうぜ」
「う――」
動け、と自分に命じたが掠れた声しか出せなかった。だが、意識を自分に向けることには僅かに成功した。気圧されしている場合ではない、愛しい二人を守るために、動けるのは僕しかいない。
「ちょうど生贄も捧げたことになったしな。直接、ご対面といこうや」
生贄というのは、どういう意味だろうか? 捧げたことになったということは――
「マスター!」
ホムが絞り出すような声で僕に呼びかける。淡い光を湛えていただけの祭壇が、今や禍々しい赤の光で煌々と辺りを照らし始めている。
その光に反応して、イグニスが残した邪法の魔法陣が骨の山の上に浮かび上がっている。
邪法の魔法陣が起動している。生贄は恐らくイグニスの魂のことだろう。だとすれば、あの魔法陣が何であるにせよ、今この瞬間にも、事態は刻一刻と最悪へと向かっている。
「武装錬成!」
詠唱が喉を震わせると同時に、僕は自分の手の中に錬成された鉄片が皮膚を突き破る傷みに顔を歪めた。
痛みが意識をそこに集中させてくれる。圧倒的な恐怖と不安から意識が逸れたことで、身体を縛っていた見えない糸が解けた。
身体が動くことを確かめる間もなく、僕は操縦桿を力一杯倒す。
「ドリル、射出!」
アーケシウスの左手のドリルが分離され、ドリルの背部についていた噴射推進装置が噴射する。加速したドリルは狙いどおりに、十字架が突き刺さっている祭壇に激突し、骨の山ごと吹き飛ばした。
重圧が消え、呼吸が戻ってくる。
魔界との通信が途切れたことに安堵しながら、僕はアルフェを抱き締め直した。
「マスター! これは!」
安堵に息吐く暇もなく、ホムの鋭い声が警告する。顔を上げた瞬間、僕たちを取り込むように中心に六芒星を描いた二重螺旋の帯が輪を成して囲んでいる。その周囲を飾るように刻まれているのは、イグニスが絨毯に用いていたものと同じ、魔族の邪法特有の幾何学模様だ。それが転移魔法陣であると理解するまでに、幾許もかからなかった。
「あーあ、やってくれちゃったじゃないの。吾輩を祀る祭壇への攻撃ってことはさぁ? なにしてくれちゃったか、わかってるよなぁ?」
祭壇はもうないのに、ベルゼバブの声が響いている。地の底から這うような、異様な響きがあっという間に辺りに広がる。転移魔法陣を通じて、この場が魔界とつながり始めているのだ。
「急いで、脱出を!」
促しながらも、ホム自身が迷っているのがわかる。僕と記憶を共有しているホムならば、転移魔法陣の端から赤黒く噴出している波状のものがなんであるか、知っているはずだ。
「脱出は無理だ。転移波動に近づけば、身体がばらばらに吹き飛ぶ」
僕の言葉に、ホムが外に向かいかけた歩を戻す。
噴き出し続ける転移波動は、地面を抉り、地響きを立てながら僕たちを一層孤立させていく。このままでは転移魔法陣に呑み込まれるとわかっているのに、ここから脱出する術がない。
「無理ではありません。まだ、上空があります」
辺りを冷静に見渡したホムが、僕たちの真上を指す。イグニスを倒す時に開けた大穴が、遙か先の地上まで続いている。
「雷鳴瞬動でわたくしが、アーケシウスを射出すれば」
「アーケシウスを転移魔法陣の影響が及ばない地上まで射出するには、軌道の充電が間に合わない」
「ですが!」
ホムの声に強い焦りが混じっている。どうにかして僕を助けたいと考えていることが、痛いほどわかる。それは僕だって同じだ。
考えを巡らせるが、どの案も上手く行かない。
イグニスを倒した時のような大規模な風魔法を行使するにしても、上空で動けるのは風魔法を施した長靴があるホムだけだ。アルフェは魔力切れ、風魔法に熟達していない僕は、空中で動き回ることはできない。だからといって、ホムもアルフェとエステア、それに僕を抱えて動くことは出来ない。
――誰一人見捨てたくない。
縋るような思いが、自分の中に溢れている。
愛しい人、愛しい娘、大切な友人――
どうすればいい、どうすれば……誰か――
「おいおい、なんだこれ!?」
考え倦ねる僕の耳に、ヴァナベルの声が不意に届いた。
「ヴァナベル!」
「無事か、リーフ!」
僕の声に応じたのはファラだ。
「こりゃいったいどういう状況なんだよ、リーフ!?」
「どうみてもマズいやつだよ、ベル~」
ヴァナベルとファラ、ヌメリンがデモンズアイの幼体を倒して追いついてきたのだ。
「説明してる暇はない。とにかくアルフェを助けたい!」
「わかった! どうすりゃいい!?」
三人がすぐに反応してくれたことで、希望が見えた。一度に全員が脱出するのは難しくても、アルフェだけなら助けられる。
瘴気に当てられたのか、アルフェは殆ど気を失っているに近い状態だ。
「アーケシウスを転移波動に割り込ませ、隙間をこじ開ける。アルフェを受け止めてくれ」
「任せろ!」
ヴァナベルの即答と同時に僕はアーケシウスを動かし、半身を転移波動に割り込ませた。
「う……ぁ……!」
凄まじい衝撃に機体が恐ろしい早さで破壊されていく。僕はアルフェをしっかりと抱えると、風魔法でヴァナベル目がけて投げ出した。
「よっしゃ!」
ヴァナベルは見事にアルフェを受け止め、こちらを見つめて微笑みかける。だが、僕には笑顔を返す余裕はなかった。
「ヴァナベル! アルフェを頼む!!」
「頼むってお前……。何やってんだよ、早く来いよ!!」
「リーフ! やだ! どうして!」
アーケシウスが転移波動に押し戻され、衝撃で息が詰まった。
「マスター! 脱出しましょう! わたくしが安全なところにお連れします!」
僕に駆け寄ってくるホムは、体力を使い果たしているのか足許をふらつかせている。ここで無理をさせることは出来ない。
僕が捨て身でアーケシウスを転移波動に割り込ませられたら、ホムとエステアだけでも脱出させられないだろうか。そこまで考えて、転移波動に割り込ませていた右半身の装甲が大きく損傷し、内部が露出しているのが見えた。僕のエーテルにものを言わせて動かせば、多少の無茶は利くだろうか。けれど、二人が転移波動に触れたら、命はない。
「リーフ! リーフ!」
魔力切れで、朦朧としていたはずのアルフェが必死に僕を呼んでいる。
「大丈夫だ! アルフェ、だから、今は――」
「なに言ってんだよ! どこに飛ばされるかもわかんねぇんだぞ! お前が来ないなら、オレが行く!」
「ダメだ、ヴァナベル。あれに近づいたら命はない」
「ファラの言うとおりだよ~。でもなんとか助けなきゃ~!」
ヴァナベルたちが僕たちを助けようと動き回っているのがわかる。けれど、もう手遅れだ。
転移波動はいよいよ狭まり、僕たちに迫ってくる。
アルフェの必死の叫びも、もうほとんど聞こえない。
辛うじてまだ転移波動の向こう側が見えるが、向こうがこちらの様子を把握出来ているかは定かではない。
「ホム、機体を盾にする。エステアとこっちに来るんだ」
「わかりました、マスター」
生き残るためには、こうするしかない。転移魔法陣に身を任せ、少しでもダメージを減らすのだ。
僕はアーケシウスを操作し、ホムとエステアに覆い被さった。
視界が眩い光の明滅に侵食されていく。転移波動が臨界に達しているのだ。
いよいよその時が来たと悟った僕は、目を見開き、アルフェの姿を探した。アルフェにこの声が届いても届かなくても、叫ばずにはいられなかった。
「アルフェ、必ず君の元に帰る! だから、僕を信じて!」
眩い閃光が眼前を染める。閃光に包まれているのに、瞼の裏には血のような赤がべっとりと広がっていた。
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