一輪の廃墟好き 第一部

流川おるたな

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第82話 馴化

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 そのことに気づいてからは、老婆の霊に直接話しかけるのをやめて、知りたい情報は未桜を通して訊くことにした。

 「慣れは怖い」、人が日常においてたまに口にする言葉であるけれど、僕はそれを今まさに実感していた。

 と言うのも、この老婆の霊は人生で初めてお目にかかった幽霊だというのに、ずっと未桜との質疑応答を繰り返す様を眺めていると、まるで普通の人間同士がやり取りをしているような錯覚に陥っていたからである。

 冷静に考えれば、否、冷静に考えずとも老婆の霊はこの世の者ではなく、非科学的かつ非現実的な存在なのだが...兎にも角にも、僕はこの現状に慣れつつ在る不思議な感覚に包まれていた。

 慣れは心理学でいうところの「馴化(じゅんか)」と呼ばれる概念の一つであり、内外からの刺激がくり返し提示されることによって、その刺激に対する反応が徐徐に見られなくなっていく現象を指す。

 まぁ僕の置かれている本来なら畏怖に塗れてもおかしくない奇妙な状況から鑑みれば、心理学上の馴化は「怖い」どころか逆に「ありがたい」とさえ言えた...

 さて、少々面倒ではあったが未桜伝いで質問を重ねていくうちに、老婆の霊は燈明神社創設時の初代神主の妻だったことが判明した。

 ついでに名前も確認したい気持ちもあったのだけれど、老婆の霊は言葉を聞き理解することは出来ても、どうやら声を発するという行為は出来ないようであった...

 
 



 
 

 

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