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25.デートの意味
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デート当日のお昼頃、私はベッドルームの鏡の前で悩んでいた。
こんな事ならもっと可愛い服を買っておけば良かった。この前は普段着ばかり買ったから、デートで着るような服を持ってない。
「ソニア、入るぞ」
「え、あっ!待って!」
そう叫ぶが時すでに遅し。レドはさっさと入ってきてしまった。
「そろそろ行くぞ」
後ろから鏡越しに私を見る彼のラフな格好を見て安心する。どこに行くかは聞かされていないので、畏まった場所だったらどうしようかと思っていたのだ。
私は濃い紺色のデニムのロングスカートに、袖と裾にレースの入った肩だしブラウス。色はオフホワイト。前はレースの入った服なんて似合わなくて着れなかった。でも今なら!と思って買ってしまった。これはちょっと可愛いと思うんだけど。
レドの顔を窺う。
「…可愛いな。欲を言えばスカートはミニが良い」
抱きしめながら囁いて私の耳をぺろりと舐める。
「んっ…ミニは持ってないの」
彼の言葉にホッとする。
「そうか。ならまずはそれだ」
「え?」
「アレは付けたな?」
「うん、付けた」
レドの言ったアレ、とは耳に付けたピアスの事。一見普通だが特殊な素材で出来ていて、魔人の印を見えなくしてくれる物だ。かなり珍しい逸品だと聞いて一度は遠慮したが、身を守るための物だという事でこれからは常時つけておく事になった。
私が魔人だという事はレドとマスターの他、ごく少数の側近しか知らない。魔人の能力が安定しないうちは極秘事項として扱われる。白兎の事については箝口令を敷いた上で、ある程度のメンバーや酒場のスタッフには伝えてある。
「よし、行くぞ」
私は手を引かれて私室を出た。
◇
広いストリートをレドと恋人繋ぎしながら歩く。何だか緊張しちゃってる。手に汗を掻き始めてるのがバレなきゃいいな、と思いながらレドの顔を見るとバッチリ目が合った。
「もう少し先に俺が良く行くショップがある」
「そこへ行くの?」
「ああ、前にやったワンピースもそこで買った」
付いたショップは周囲の店に比べてかなり広く見えた。レドが両開きの大きな扉を開けると、カランカラン、とドアベルが鳴った。
中は入って右がレディース、左がメンズ。エスニックな雰囲気で小物やバック、靴、アクセサリー、少量だが食器もあった。客もそこそこ入っている。
良い雰囲気。こういう店は前から好きだった。
「いらっしゃ…」
中にいた店員らしき男性が言いながらこちらを見て・・・目を丸くし、ポカーン、と口を開ける。
「おい」
レドが店員に近付いて声を掛けると、ハッと我に返り慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません!いらっしゃいませ、レドモンド様!」
「フェズはいるか」
「はい!今呼んできます!」
店員が奥へ飛んでいく。何であんなに驚くの?レドは良く来ると言ってたのに。
カウンター前でフェズという人を待つ。
・・・・。すんごく視線を感じます。まあ、グラベットのボスがどんな女を連れて歩くのか気にはなるよね。多少居心地の悪さを感じるものの、このくらいは平気。レドもいるしね。
「いらっしゃい、ボス。イノがやけに慌ててましたが…………なるほど」
奥から出てきたのは渋いおじ様。見た目は50才くらい。白髪交じりの銀髪に口ひげで、身のこなしはどこか優雅だ。そのフェズさんも私達を見て暫し動きがストップした。
「フェズ、ソニアだ」
「初めまして、ソニアです。よろしくお願いします」
レドが紹介してくれたので、私も挨拶して頭を下げる。
「これはご丁寧に、ありがとうございます。私はフェズといいまして、ボスには長年お世話になっているんです。こちらこそよろしくお願いいたします」
フェズさんは丁寧にお辞儀をした後レドを見る。
「長生きはするものですな、まさかボスに女性を紹介して頂ける日が来ようとは。それで、ソニア様がボスの?」
「そうだ。よろしく頼む」
「御意のままに」
そう言って深く礼をした。
このフェズという男、こう見えてこの街の重鎮の1人。シャハールショップユニオンのトップであり、グラベットの幹部、レドモンドの側近の1人である。ショップユニオンのトップという立場からも分かる通り、この街の情報管理について彼の右に出る者はいない。
「ソニア、俺はフェズと話がある。すぐ済むから欲しい物を探しておけ」
「うん」
レドに言われて店内を見て回る。彼がよく来る店と聞いて勝手に高級店を想像していたが、買えないほど高くはない。かといってリーズナブルとも言えないが、その分品質は良く見える。
・・・あ、これだ、貰ったのと同じチュニックワンピース。あ、こっちも可愛い。レドはミニが良いって言ってたよね。え~と・・・あ、この辺ミニだ。エスニックばかりかと思ってたけど違うのもある。このフレアスカートいいな…。
近くにあった鏡の前で当てて見ているとレドが来た。
「待たせたな」
私の肩を抱いて頬に軽くキスする。
「…欲しいのはあったか?」
・・・ほわぁ!とっても自然に何て事を!
「…レド…」
横目で睨む。
「何だ?」
・・超機嫌良さそう。
「……」
もういいや・・・一々気にしてたら楽しめない。慣れよう、うん。これがレドの通常運転だ。
「これどう?」
「可愛いな。似合う」
「そう?じゃあこれ…」
「それ寄越せ。後…これと、これと…これだ。来い。トップスも見る」
パパッといくつもスカートを選び、私の手を引いて移動する。
「ちょ、ちょっとレド。そんなに要らな…」
「俺のセンスに文句があるのか?」
「そうじゃなくて!…ってもう、レド!」
本人を差し置いて、私の服を真剣に選んで歩くレドの後をついて歩くのだった・・・。
周りの客は、グラベットのボスであり街人の尊敬と畏怖の対象であるレドモンドに、人前でキスされ、彼を “レド” と呼び、文句さえ言いながら一緒に歩くソニアを呆然と見ていた。
レドモンドがこのように目立つ事をしているのには勿論理由がある。
女の存在を隠しておこうと思えばそう出来る。だがそれではソニアを部屋に閉じ込める事になるし、いずれはバレる時が来る。それではダメなのである。レドモンド自らが側近として有名なフェズに紹介する。その確かな事実が必要なのだ。
今までにもレドモンドの女の噂が出たことはある。だがそれは全て彼の妻の座を狙う女が勝手に流したもので、フェズによって噂は消された。だが今回は本人と側近のフェズが発信源となる。更にレドモンドが女の手を引いて堂々とストリートを歩く。これは未だ嘗て無かった事。
ソニアに何かあればレドモンドが黙っていない、そう知らしめたのだ。
こうして、ソニアがグラベットのボスの妻になる女だと周囲にはっきりと示し、無用なトラブルを事前に潰す。
デメリットが無いとは言えない。レドモンドを狙う奴らにはある意味弱点を曝す事になる。だが、それに対する対策もあるし、今でなくともいずれは公表する時が来る。早いか遅いかの違い。なら当然早い方が良い。
何より、コソコソするのは性に合わない。堂々と一緒に歩いてソニアとの時間を楽しみたい。それがレドモンドの気持ちだった。
そして、このデートがそんな事を意味するなんて知らないソニア。彼ほどの男にこれまで連れ歩く女がいなかったなんて、露ほども思っていないのだ。
こんな事ならもっと可愛い服を買っておけば良かった。この前は普段着ばかり買ったから、デートで着るような服を持ってない。
「ソニア、入るぞ」
「え、あっ!待って!」
そう叫ぶが時すでに遅し。レドはさっさと入ってきてしまった。
「そろそろ行くぞ」
後ろから鏡越しに私を見る彼のラフな格好を見て安心する。どこに行くかは聞かされていないので、畏まった場所だったらどうしようかと思っていたのだ。
私は濃い紺色のデニムのロングスカートに、袖と裾にレースの入った肩だしブラウス。色はオフホワイト。前はレースの入った服なんて似合わなくて着れなかった。でも今なら!と思って買ってしまった。これはちょっと可愛いと思うんだけど。
レドの顔を窺う。
「…可愛いな。欲を言えばスカートはミニが良い」
抱きしめながら囁いて私の耳をぺろりと舐める。
「んっ…ミニは持ってないの」
彼の言葉にホッとする。
「そうか。ならまずはそれだ」
「え?」
「アレは付けたな?」
「うん、付けた」
レドの言ったアレ、とは耳に付けたピアスの事。一見普通だが特殊な素材で出来ていて、魔人の印を見えなくしてくれる物だ。かなり珍しい逸品だと聞いて一度は遠慮したが、身を守るための物だという事でこれからは常時つけておく事になった。
私が魔人だという事はレドとマスターの他、ごく少数の側近しか知らない。魔人の能力が安定しないうちは極秘事項として扱われる。白兎の事については箝口令を敷いた上で、ある程度のメンバーや酒場のスタッフには伝えてある。
「よし、行くぞ」
私は手を引かれて私室を出た。
◇
広いストリートをレドと恋人繋ぎしながら歩く。何だか緊張しちゃってる。手に汗を掻き始めてるのがバレなきゃいいな、と思いながらレドの顔を見るとバッチリ目が合った。
「もう少し先に俺が良く行くショップがある」
「そこへ行くの?」
「ああ、前にやったワンピースもそこで買った」
付いたショップは周囲の店に比べてかなり広く見えた。レドが両開きの大きな扉を開けると、カランカラン、とドアベルが鳴った。
中は入って右がレディース、左がメンズ。エスニックな雰囲気で小物やバック、靴、アクセサリー、少量だが食器もあった。客もそこそこ入っている。
良い雰囲気。こういう店は前から好きだった。
「いらっしゃ…」
中にいた店員らしき男性が言いながらこちらを見て・・・目を丸くし、ポカーン、と口を開ける。
「おい」
レドが店員に近付いて声を掛けると、ハッと我に返り慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません!いらっしゃいませ、レドモンド様!」
「フェズはいるか」
「はい!今呼んできます!」
店員が奥へ飛んでいく。何であんなに驚くの?レドは良く来ると言ってたのに。
カウンター前でフェズという人を待つ。
・・・・。すんごく視線を感じます。まあ、グラベットのボスがどんな女を連れて歩くのか気にはなるよね。多少居心地の悪さを感じるものの、このくらいは平気。レドもいるしね。
「いらっしゃい、ボス。イノがやけに慌ててましたが…………なるほど」
奥から出てきたのは渋いおじ様。見た目は50才くらい。白髪交じりの銀髪に口ひげで、身のこなしはどこか優雅だ。そのフェズさんも私達を見て暫し動きがストップした。
「フェズ、ソニアだ」
「初めまして、ソニアです。よろしくお願いします」
レドが紹介してくれたので、私も挨拶して頭を下げる。
「これはご丁寧に、ありがとうございます。私はフェズといいまして、ボスには長年お世話になっているんです。こちらこそよろしくお願いいたします」
フェズさんは丁寧にお辞儀をした後レドを見る。
「長生きはするものですな、まさかボスに女性を紹介して頂ける日が来ようとは。それで、ソニア様がボスの?」
「そうだ。よろしく頼む」
「御意のままに」
そう言って深く礼をした。
このフェズという男、こう見えてこの街の重鎮の1人。シャハールショップユニオンのトップであり、グラベットの幹部、レドモンドの側近の1人である。ショップユニオンのトップという立場からも分かる通り、この街の情報管理について彼の右に出る者はいない。
「ソニア、俺はフェズと話がある。すぐ済むから欲しい物を探しておけ」
「うん」
レドに言われて店内を見て回る。彼がよく来る店と聞いて勝手に高級店を想像していたが、買えないほど高くはない。かといってリーズナブルとも言えないが、その分品質は良く見える。
・・・あ、これだ、貰ったのと同じチュニックワンピース。あ、こっちも可愛い。レドはミニが良いって言ってたよね。え~と・・・あ、この辺ミニだ。エスニックばかりかと思ってたけど違うのもある。このフレアスカートいいな…。
近くにあった鏡の前で当てて見ているとレドが来た。
「待たせたな」
私の肩を抱いて頬に軽くキスする。
「…欲しいのはあったか?」
・・・ほわぁ!とっても自然に何て事を!
「…レド…」
横目で睨む。
「何だ?」
・・超機嫌良さそう。
「……」
もういいや・・・一々気にしてたら楽しめない。慣れよう、うん。これがレドの通常運転だ。
「これどう?」
「可愛いな。似合う」
「そう?じゃあこれ…」
「それ寄越せ。後…これと、これと…これだ。来い。トップスも見る」
パパッといくつもスカートを選び、私の手を引いて移動する。
「ちょ、ちょっとレド。そんなに要らな…」
「俺のセンスに文句があるのか?」
「そうじゃなくて!…ってもう、レド!」
本人を差し置いて、私の服を真剣に選んで歩くレドの後をついて歩くのだった・・・。
周りの客は、グラベットのボスであり街人の尊敬と畏怖の対象であるレドモンドに、人前でキスされ、彼を “レド” と呼び、文句さえ言いながら一緒に歩くソニアを呆然と見ていた。
レドモンドがこのように目立つ事をしているのには勿論理由がある。
女の存在を隠しておこうと思えばそう出来る。だがそれではソニアを部屋に閉じ込める事になるし、いずれはバレる時が来る。それではダメなのである。レドモンド自らが側近として有名なフェズに紹介する。その確かな事実が必要なのだ。
今までにもレドモンドの女の噂が出たことはある。だがそれは全て彼の妻の座を狙う女が勝手に流したもので、フェズによって噂は消された。だが今回は本人と側近のフェズが発信源となる。更にレドモンドが女の手を引いて堂々とストリートを歩く。これは未だ嘗て無かった事。
ソニアに何かあればレドモンドが黙っていない、そう知らしめたのだ。
こうして、ソニアがグラベットのボスの妻になる女だと周囲にはっきりと示し、無用なトラブルを事前に潰す。
デメリットが無いとは言えない。レドモンドを狙う奴らにはある意味弱点を曝す事になる。だが、それに対する対策もあるし、今でなくともいずれは公表する時が来る。早いか遅いかの違い。なら当然早い方が良い。
何より、コソコソするのは性に合わない。堂々と一緒に歩いてソニアとの時間を楽しみたい。それがレドモンドの気持ちだった。
そして、このデートがそんな事を意味するなんて知らないソニア。彼ほどの男にこれまで連れ歩く女がいなかったなんて、露ほども思っていないのだ。
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