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88.本番
しおりを挟むいよいよわたしの出番が近づいてきた。準備を済ませ、ステージ袖に移動する。歌うのは皆2、3曲で、わたしは2曲。頭の中で最終確認する少し緊張気味のわたしに対して、ルーカスは平気そう、そしてシトロンはもうプロの演奏家の顔をしていた。流石である。
前の歌い手が終わり、拍手が起こる。ホッとした様子で一礼し、下手側から裏に退がったのが見えた。
「さあ、行きましょう」
そう言ったのはシトロン。わたしたちは彼の声を合図にステージへ上がった。
ソニアがステージへ現れると歓声が沸き起こる。続けてルーカスとシトロンが出てくると、歓声の中に僅かな驚きが混じった。驚きの訳はシトロンがいる事と2人の伴奏者。情報誌にも載っていたし、広場の掲示板にも名は記載されていたが、当然知らない人もいるのだ。
そんな騒めきもソニアが中央に進むとスーッ、と治まって静かになった。
彼女が優雅に一礼し、伴奏者とアイコンタクトをとる。
と、
ヴァイオリンの前奏が始まる。それは前奏というには長く、まるでソロ演奏のよう。観客が聴き入り、ヴァイオリンの世界へ入り込むと一瞬演奏が止む。
そして―――――ピアノとヴァイオリンが同時に音を奏で、ソニアの歌が始まった。
それはよくある恋歌ではない。言うなれば歓喜の歌。
いつもはふわふわと優しげな彼女の声が、今夜は愉しげに弾む。ピアノもヴァイオリンも軽快な音色で聴く者を明るい気分にした。
2曲目はソニアのアカペラから始まった。やがてピアノが奏でるメロディーが彼女に寄り添うように静かに響く。
何気無い日々を、大切な人と過ごせる幸せ。生きていることへの感謝が詰まった歌。
凛とした立ち姿、透きとおった柔らかな歌声が紡ぐ言葉たちは、観客の心の中へ入りこむ。
最後はピアノとヴァイオリンの重厚な演奏が辺りに鳴り響いた。
精一杯歌いきったわたしは、ひと呼吸おいてからゆっくりと一礼した。
その瞬間
広場が一気に沸く。盛大な拍手と歓声にもう一度礼をしてからステージを下りた。
「ソニア!!」
裏に回るとリラがいきなりわたしに抱きつく。
「きゃっ!リラ?」
「素晴らしかったわ!歌声もメロディーも歌詞も演奏も!人の歌を聴いてこんなに感動したのは初めてよ!」
彼女はすっかり興奮している。まだ気分が昂っているわたしもリラを抱き返した。
「ありがとう、リラ。リラの歌も楽しみ」
「ええ、あたしも精一杯歌うわ!聴いててね!」
「うん、もちろん」
リラは手を振りながら準備しに戻っていった。
控え室に帰るとルーカスがわたしをそっと抱き寄せてキスする。
「お疲れ様でした。今夜は一段と美しく、素晴らしかったです」
「ありがとう、ルーカスの演奏も素敵だった」
シトロンがいるのも気にせずいちゃつく。だが良いのだ。彼はラストの準備ですでに自分の世界の中に入っていて、こっちを見向きもしないから。
だがあまり時間があるわけでもない。もう一度キスし、わたしも支度にかかった。
◇
今ステージではリラが歌っていた。わたしより少し低く、張りのある声。
この広いステージに、ひとり悠然と立って歌う姿はとても美しく、他の歌い手とは一線を画したソウルフルな歌声はブランクなど全く感じさせない。
ブランクがなければ、多数決など無くリラで決まりだった。レドがそう言っていたのを思い出した。
歌が終わり、拍手喝采を浴びるリラ。その表情は安堵を含んだ喜びに満ちていた。
さあ、いよいよだ。
ラストの出演者が変更になった事は、広場だけでなく街の各所にある掲示板などで緊急告知してある。かなり目立つので大体の観客は変更があったと知っているはず。だが内容などは一切明記されていないので何が始まるのかは分からない。
反対側の袖にいるペアの子と目が合い、互いに笑顔で頷いて足を踏み出した。
上手と下手の両側から歌い手と伴奏者が現れると、客席から次々と驚きの声が上がる。でもこれは想定内、わたしたちは戸惑うことなく歌い始めた。
一曲目はペアの子の可愛らしい声に合わせた歌。デュエット曲を初めて聴く観客は唖然としていたが、徐々に聴き入りだす。曲が終わると、間を置かずにリラたちがステージに出てきて入れ代わり、二曲目が始まる。曲調がガラッと変わり、緩やかなメロディーに映える大人っぽい声が聴く者を惹きつけた。
二曲目の終わりと同時にわたしはもう一度ステージへ出る。ひとりと交代してリラの元へ。
最後の曲、伴奏はシトロンのギターのみ。3人で一度視線を交わすと彼が静かに弾き始める。聴き慣れないギターの音色に若干の戸惑いを見せる客席。
静かな、いや、もの哀しいと言ってもいいメロディーと歌詞。
けれど
聴くうちにじわじわと心が暖まってゆく。
どんなに苦しく哀しい夜が続いても、朝は必ず訪れる。
そんな励ましの歌。
ソニアとリラの綺麗なハーモニーが広場を包み込む。
人々は2人の美しさと歌声に魅了され、ギターに聴き惚れ、歌詞に感動した。
曲は、いつもよりも明るい夜空にとけるように終わる。
その瞬間、観客のボルテージは最高潮に達し、街中にまで響くような歓声が沸き起こった。
最後に歌ったのは本来はデュエット曲ではなくソロアーティストの歌。前世では誰もが知っているような名曲。正直、お祭りのステージのラストには合わないかもしれないと迷った。だけどこれなら綺麗なハーモニーが出来る。
何よりも・・・異世界であるここにぴったりの、この曲にこもったメッセージを伝えたかった。
歓声はまだ鳴り止まない。予想を上回る観客の盛り上がりにこっちが驚いてしまう。
リラと顔を見合わせ、思わず笑顔になった。
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