愛ゆえに～幼馴染は三角関係に悩む～

12．疑惑と悩み

同性愛と不妊に対する差別と人工授精に対する抵抗感が描かれていますが、あくまでこの世界のこの時代の価値観という架空の設定です。

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フェルディナントとヨハンは想いが通じ合った後、2人の関係が露呈しないように最大限気を付けた。フェルディナントがヨハンの部屋に行く時のノックの合図も決めたのだが、ヨハンの部屋は使用人の居住区にあって他の使用人の目が気になる。それまでフェルディナントがヨハンの部屋に来たことは鞭打ちの罰の後以外はほとんどないため、ここでの逢瀬は止めることになった。

それとは違ってヨハンがフェルディナントの部屋にいることは主従である以上、普通だが、付き合い始める前と同じように過ごしている。寂しくても抱き合ったり、関係を持ったりするのは、遠乗りの時に立ち寄る狩猟の館だけに抑えている。

それでも敏感な人間は――フェルディナントの父ロルフのように――ちょっとした視線や態度で気が付くものだ。

「ドミニク、フェルの様子が普通の少年と違うように思えるんだが、君はどう思う？」
「違うように思えるとは、具体的にどう違うのですか？」
「私があのくらいの歳だった頃、女の子に興味津々だったよ。そう、クラウスみたいに。あ、いや、私はクラウスみたいにあからさまではなかったかな、ハハハ。でもフェルは全く。閨の実践も嫌がって寝込んだ」
「旦那様はむっつりスケベ、甥御様はあからさまなスケベってことですね」
「なっ！茶化さないでくれ。私は真剣に悩んでいるんだ」
「閨の実践は、嫌がる男の子も結構多いですよ。好きな女の子に一途な子や妖艶な女性がタイプじゃない子、小さい頃から女に襲われてトラウマになってる子なんかはそうみたいです」
「でもフェルディナントは、どれも当てはまらないだろう？レオポルティーナ嬢にだって幼馴染以上の感情を抱いている感じじゃないし」
「そうですか？ぼっちゃんはレオポルティーナ嬢を大切にしてると思いますよ」
「そうかねぇ？あいつは女の子と男の子に対する距離感が違うように感じるんだ。例えばレオポルティーナ嬢とヨハンだけど、2人ともフェルと子供の頃から親しくしてきた。けど、フェルはヨハンに何でも頼って話してるようなのにレオポルティーナ嬢には一線を引いているように思う。あの年頃の少年ってそんなものかな？」
「坊ちゃんにとってヨハンは幼馴染ですけど、それ以前に従者です。友人だったら頼りっぱなしでは成り立たないですけど、坊ちゃんはヨハンに対してはそれが許されます。それに坊ちゃんには他に友人がいませんからね。坊ちゃんのレオポルティーナ嬢に対する距離感は、思春期ならではのものではないですか？独身の男女としてはそのぐらいの距離をとるのは正しいことですよ」
「まぁ、それはそうなんだが…」

ロルフはうまく違和感を表現できずもやもやしていたが、それ以上この件について追及するのをとりあえず止めた。

古くからの教義を守っているシュタインベルク王国の教会は、同性愛を認めていない。王家も教会の見解に従い、教会の方針に反する関係を結んだ者の相続権を剥奪している。

ロルフはフェルディナントの性的嗜好を疑い、スキャンダルになる前に廃嫡にすべきか迷っていた。それ以前も身体の弱い息子を廃嫡しようかと考えていたが、妻の父が大反対して廃嫡できなかった。でも義父はガチガチの保守主義なので、孫息子の性的嗜好が本当にそ・う・だ・と知ったら廃嫡に即賛成するだろう。ただ、馬鹿正直な義父は教会にわざわざ懺悔してロプコヴィッツ侯爵家にとばっちりが来るかもしれないので、ここにきて廃嫡するのにはリスクがある。

一方、フェルディナントも悩んでいた――この秘密の関係をいつまで秘密にしておけるか――でも秘密にしておくことができても愛し合う者同士として大っぴらに共に生きることは叶わない。ましてやフェルディナントはレオポルティーナと結婚して子供まで作らないといけない。レオポルティーナを抱くことはできるのだろうか。レオポルティーナは夫が自分を愛していないと知ったら傷つくだろうか。レオポルティーナはフェルディナントにいつもまっすぐ愛を伝えてくる。そのまっすぐさに罪悪感がどんどん大きくなる。でもフェルディナントがレオポルティーナを抱けば、恋人ヨハンは傷つくだろう。どうすればいいのかフェルディナントはわからなかった。

「ヨハン…僕はティーナを女性として愛せない…なのにティーナが…ティーナが…いつも僕のことを『好き』ってはにかんだ笑顔で言うんだ…」
「フェル、しっかりしろ！俺を見ろ！これは貴族の政略結婚だ。愛なんてなくてもいい！子供さえ作ればいいんだ」

ヨハンはうなだれたフェルディナントの両肩を持って揺さぶった。

「でもどうやって？！僕はティーナを抱けないよ…」

2人が互いの気持ちに気付く前でもフェルディナントはレオポルティーナを抱ける気がしなかった。ましてや今やパートナーとして愛しているのはヨハンなのだ。

「むしろ抱けなくていいんだ。俺を愛しているなら、ティーナと身体を繋げないで」
「じゃあ子供はどうすればいいんだ？ティーナに白い結婚を強いたら、子供ができないことを責められるのはティーナだ」

男尊女卑の強いシュタインベルク王国では、不妊は女性のせいだという思い込みが強い。レオポルティーナを抱けないのは自分のせいなのに、石女と誹謗を受けて辛い思いをするのは彼女になってしまう。

「だから前にも言っただろう？フェルの子種を注射器に入れてティーナの中に入れるんだ」
「それじゃティーナは子供を産む機械じゃないか…そんな扱いできないよ…」
「できないんじゃない！やるんだ！どっちつかずは最低だ！覚悟を決めろ！」
「でも…でも…もしそうするとしたら、ティーナに伝えなきゃいけないよね？どうして僕はティーナに直接子種を注げないのか…」
「そうだな…そうじゃなきゃ納得してもらえないだろうな…」

フェルディナントもヨハンもこれ以上秘密を他人に漏らしたくない一方、レオポルティーナに打ち明けないと受精に注射器を使用することに納得してもらえないだろうことは理解している。2人の苦悩はますます深まっていった。