愛ゆえに~幼馴染は三角関係に悩む~

田鶴

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14.横恋慕

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 フェルディナントは病弱で社交界デビュー後もあまり社交界には出ていない。でも数少ない機会に彼を見た達には、フェルディナントは18歳を過ぎても未だに華奢な美少年といった風情で密かに人気がある。

 そのうちの1人が我儘で苛烈な性格の侯爵令嬢アンゲラである。彼女は歳の離れた兄と姉の下に生まれた末娘で、両親と兄姉から一心にかわいがられた。容姿もそこそこよかったので、その自信と家族からの甘やかしから、とてつもないモンスター令嬢が出来上がった。

 本来なら、22歳の彼女はとっくに結婚しているはずだったが、子供の頃から政略結婚は嫌と公言していてお見合いをすっぽかしたことが何度もあった。2年前のある夜会でフェルディナントを見初めてからは、彼以外と結婚する気はないと主張、両親は渋々ながら見合いを諦めた。両親はもちろんフェルディナントに婚約者がいるのを知っているから、頭を抱えている。

 アンゲラは今晩もフェルディナントを求めて夜会に出席していた。ほとんどの場合、空振りで終わるのだが、今晩は違った。

「フェルディナント様、私と踊って下さいませ!」

 彼女はフェルディナントを見つけて令嬢らしからぬ速度ですぐに駆け寄った。彼がレオポルディーナをエスコートしてこれから踊り始めるところだったに関わらず、アンゲラはレオポルディーナと反対側の腕をとって話しかけた。腕に触られたフェルディナントはびくっとして不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

「私は婚約者と踊ります」
「では、その後にお願いします」
「いえ、私は婚約者以外と踊りません」
「そんなことおっしゃらないで下さいまし! 女性に恥をかかせるのは紳士のすることではありませんよ」

 見かねたレオポルディーナが、本当の気持ちを押し殺して提案した。

「……フェルディナント様、私はいいですから、踊って差し上げたらいかがでしょうか?」

 アンゲラは『踊ってら』というレオポルディーナの言葉に目を吊り上げ、刺すような視線で彼女を睨んだ。

 フェルディナントは本当なら『お前と踊りたくない』とアンゲラを突き放したかったが、婚約者以外の女性にダンスを乞われた場合、婚約者が構わないと言っているのに断るのはひどく無礼に当たるので、アンゲラの願いを受け入れるしかなかった。

「……婚約者と踊る前に他の女性とは踊れませんよ」
「ではその後なら、いいでしょう、フェルディナント様?」

 フェルディナントは、アンゲラの方を見もせずにレオポルディーナに心配げな視線を向けた。

「ディーナ、本当にいいの?」
「ええ、構いませんわ」

 レオポルディーナは、まるで蛇に睨まれた蛙のようにおどおどして下を向き、蚊の鳴くような声で答えた。

「フェルディナント様、レオポルディーナ様もそう言ってるんですから、いいでしょう?」

 アンゲラはレオポルディーナを再び睨んでから、フェルディナントに恋焦がれる視線を注いだ。

「分かりました。ではディーナと踊ったら、戻ってきます」

 フェルディナントはため息をついて了承した。そしてレオポルディーナの手を取り、アンゲラから離れてダンスホールの真ん中へ踊り出て行った。

 レオポルディーナは、フェルディナントと踊っている最中、アンゲラの視線が気になってずっと気もそぞろだった。元々、フェルディナントはダンスの間も身体を密着させず、話しかけることもほとんどないのだが、アンゲラの手前、レオポルディーナはいつもよりも距離を取り、全く話しかけなかった。だが突然、フェルディナントがレオポルディーナに話しかけてきた。

「ディーナ、今度から他の女性が僕と踊りたいって言っても駄目って言ってくれる? そうじゃないと男性側から断れないから」
「一体どういう理由で駄目って言えばいいのです?!」
「君が焼きもちを焼いている風に装ってくれればいいよ」
「そんな……恥ずかしいことできません」
「僕のためだと思って頼むよ、ね?」

 レオポルディーナはフェルディナントのあざとい懇願にいつも弱く、仕方なく了承した。だがその後、案の定レオポルディーナが嫉妬深く狭量な婚約者という噂が流れてしまうことになった。

 フェルディナントがレオポルディーナとのダンスを終えると、アンゲラがすぐに駆け寄ってきた。フェルディナントは不快な気持ちを抑えてなるべく距離を取りながら踊り始めた。

「フェルディナント様、婚約者の手前、そんなに距離をおいてますの? 遠慮なさらずにいいのですよ」
「そんなはしたないことはできません」
「まぁ、私が婚約者になれば、問題ないでしょう?」

 ねっとりとした視線を受けてフェルディナントは鳥肌が立った。

「私はディーナと婚約を解消しませんよ」
「愛していないのにどうしてそんなにこだわるのですか?」

 フェルディナントはアンゲラを睨んだ。

「私はディーナを愛している」
「あら、私にはわかりますわよ。フェルディナント様がレオポルディーナ様を見る時、恋焦がれている様子がありませんもの」
「……政略結婚に愛は必要ないだろう?」
「レオポルディーナ様を愛していないことを認めますのね」
「そんなことはない」
「愛しているって言っても、妹のような幼馴染として、でしょう? それならレオポルディーナ様と婚約を解消したっていいじゃありませんか。侯爵家同士、私のほうが政略上のメリットがありましてよ」
「そういう問題じゃないんだ」
「あら、それならどういう問題ですの? 結婚できない方を愛していてその方を愛人にしたいんですの? それって平民とか娼婦とかですか? それとも……まさかフェルディナント様は男色なの?」

 フェルディナントはなるべく平静でいるつもりだったが、『男色』という言葉を聞いて思わずびくっとしてしまった。アンゲラはまるでそんなことに気付かない様子で話し続けた。

「私なら、男の子を最低2人作ってくれれば、他にして差し上げますわ」

 アンゲラのねっとりした視線は、誰が見ても愛人など許容しそうもないように見えるだろう。

「そんなの、ごめん被る! 何があっても私はディーナと結婚する!」
「……ちょ、ちょっと! フェルディナント様! 曲はまだ続いてますわよ!」

 フェルディナントがアンゲラから離れようとすると、アンゲラはとっさに彼の腕を掴んだが、彼は非力ながらも全力で振り切り、大股でスタスタと離れて行った。あまりのことにアンゲラは、ダンスホールの真ん中で呆然として棒立ちになってしまったが、人々のクスクスと笑う声に我に返り、怒りで顔を真っ赤にした。

 アンゲラが辺りを見回すと、女性達が扇子の陰から愉快そうにジロジロと見て忍び笑いをしていた。小さな笑い声でも重なると、いくら離れていてもはっきり聞こえる。アンゲラ達を注視していなかった男性達すら、目を丸くしてアンゲラを凝視していた。

「何見てるのよ! 見世物じゃないのよ!」

 アンゲラは捨て台詞を吐いてダンスホールから足早に出て行った。彼女の頭の中は、この恥をどこで挽回させてやろうかと怒りでいっぱいだった。
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