愛ゆえに~幼馴染は三角関係に悩む~

田鶴

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16.令嬢トーク

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 アンゲラに喧嘩を吹っ掛けられた後、レオポルディーナはウルズラのお茶会で何を話したか、聞いたのかよく覚えていない。ひたすらノロケ話や恋バナを令嬢達から聞いて自動的に『まぁ、素敵!』と相槌を打っていただけだ。色とりどりの流行のドレスを着た令嬢達がピィピィとさえずる色鮮やかな小鳥にしか見えなかった。

 お茶会がお開きになって彼女達が侍女と護衛を引き連れて帰って行くと、レオポルディーナはウルズラとともに彼女の私室へ移った。

「ウルズラ、ありがとう……」

「ごめんね。あの女、招待してなかったのに誰かの招待状を融通してもらって入り込んだみたい。誰が融通したのか、後で招待者リストを照合してみるわ。融通したほうも、あの女も二度とうち主催のお茶会と夜会には来させないから、安心してまた来てね」

「ありがとう……貴女が親友でよかった」

「水臭いわよ。それより悩みがあるんでしょう? 何でも話してストレス発散しましょう!」

「……実は……エスコートしてもらったり、ダンスしたりする以外、大人になってからフェル兄様に触れたことも触れられたことがほとんどないの……触れようとするとなんだかさっとうまく躱されちゃって……」

「えっ、頬とか額とか手にキスしてもらったことは?」

「うーん……手にキスをした振りなら……状況的にしなきゃいけない感じになって渋々って感じ……?」

「どうして頬や額にすらキスしてくれないのか、聞いてみた?」

「そんなはしたないこと、聞けないわ!」

「どうしてはしたないって思うの? 夫婦になるんでしょう? 本音で話し合うのは大事よ。私はフレデリックといつも疑問がなくなるまで話し合ってるわよ」

「だって……ウルズラはフレデリック様にそんなことを聞かなくてもフレデリック様はちゃんとして下さるでしょう? でもフェル兄様はしたくないからしないのよ! なのにそんなことを言ったら、私がキスをねだってるみたいに思われるわ!」

 レオポルディーナは両手で顔を覆って泣き出した。

 ウルズラは婚約者のフレデリックとは本音で話し合う仲だと自負しているが、そういう仲の婚約者や夫婦はこの国ではどちらかと言うと珍しい。女性はいつも貞淑で出過ぎないことが求められているから、レオポルディーナが自分の本音を『はしたない』と思ってしまうのも無理はない。

 ウルズラは気付いていた。レオポルディーナの恋焦がれる目線に対して彼女を見るフェルディナントの目は凪いでいる海面のように穏やかで、友人を見る目と変わらない。婚約者を労わって優しく、礼儀正しい男性。でもその心にはレオポルディーナに対する愛はないだろう。いや、愛はあるけど違う種類の愛、妹のような存在の幼馴染に対する愛だ。婚約者とは本音を話し合うウルズラでも、親友が傷つくのを恐れてそんなことを言えなかった。

「フェルディナント様はまじめだから、きっと結婚前の貞節を守ろうとしてくださってるのよ」

「そうかしら……」

「そうよ、だって婚前に過度に触れ合って教会に知られたら両家の恥どころじゃないわよ。だけど、フェルディナント様はディーナには優しいでしょう?」

「ええ、そうだけど……」

 確かにフェルディナントは、ヨハンがレオポルディーナに意地悪を言うといつも庇ってくれる。レオポルディーナはそう思って、すっきりとはしなかったが、納得しようとした。

「ディーナ、手を握るとか唇以外のキスぐらいは許されると思うわよ。フェルディナント様の侯爵家は王立劇場のボックス席を持ってるんだったわよね? 観劇をねだってボックス席で手を繋いでみたらどうかしら?」

「でも……女性からそんなことをするなんてはしたないって思われないかしら?」

「キスよりはそう思われる可能性は少ないと思うわ。奥手のフェルディナント様に任せていたら、結婚までこのままよ!」

 レオポルディーナは貞淑な貴族令嬢だ。でも愛する男性と触れ合いたい気持ちが勝って彼女の迷いはウルズラの言葉で吹っ飛んだが、ひっかかることがまだある。

「でもベッティーナとヨハンの前でそんなことをするのは……」

 レオポルディーナの乳母から侍女になったベッティーナとフェルディナントの従者ヨハンは、レオポルディーナとフェルディナントのデートにいつも付いてくる。結婚前の男女が2人きりにならないための配慮と護衛のためだ。ヨハンは従者ではあるが、剣術の訓練も受けていて腕が立つので、護衛も兼ねている。

「幕間にどちらか片方にお茶とお菓子を注文させればいいでしょう? もう1人はなんとか別の理由を作って出て行ってもらうか、正直に打ち明ければいいのよ。乳母にも幼馴染のヨハンにも貴女の気持ちをわかってもらえるでしょう?」

「そうね、ベッティーナならわかってもらえると思うけど……」

「ヨハンにはわかってもらえそうもないの?」

「子供の頃のヨハンなら、私の気持ちを汲んでくれたと思うの。でも最近のヨハンは意地悪で……」

 婚約者の大切な従者で幼馴染でもあるヨハンの悪口になってしまいそうで、レオポルディーナは口ごもった。

「いいわよ、続けて。この際だから全部聞くわよ。誰にも内緒にしておくから、全部吐き出しちゃいましょうよ」

 ウルズラは流石に親友なだけあってレオポルディーナの感情の機微がわかってしまう。レオポルディーナは、フェルディナントの従者ヨハンがつんけんして冷たいことにも悩んでいる。数年前から皮肉っぽくなったなと思っていたが、特にここ半年ぐらい前から酷くなった。

 ヨハンはロプコヴィッツ侯爵家の執事の息子でフェルディナントとの2歳上。レオポルディーナは8歳の頃からヨハンを交えてフェルディナントと会っており、使用人としてより幼馴染としてヨハンと仲良くしてきたつもりだった。だがヨハンはいつしかレオポルディーナにとげとげしく接するようになり、昔は『ディーナ』と呼んでくれたのにレオポルディーナとフェルディナント、ヨハン、ベッティーナの4人だけの時でも『お嬢様』としか呼んでくれなくなった。

「……ヨハンもディーナのことが好きで焼きもち焼いてるんじゃないかしら?」

「なのに私に意地悪するかしら?」

「ほら、男の子が意地張って好きな女の子についつい意地悪しちゃうってありがちじゃない? ディーナがあと1年で結婚しちゃったら、もう他の男のものになっちゃうわけでしょ?」

「うーん、そんなことじゃない気がするんだけど……冷たくされる原因が何かあるのよね、きっと」

「私はただの焼きもちだと思うわよ。でも平民の執事の息子とディーナじゃ釣り合いっこないからそもそも分不相応な片想いなのよ」

「そうかしら……」

 どちらの悩みも結局、すっきりと解決しなかったが、レオポルディーナは心の内をウルズラに打ち明けることができて心の霧が少し晴れたような気がした。
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