愛ゆえに~幼馴染は三角関係に悩む~

田鶴

文字の大きさ
19 / 49

18.観劇

しおりを挟む
 観劇当日――レオポルディーナは早朝からあのドレスがいいか、このドレスがいいかととっかえひっかえして迷っていた。流石に時間が押してきてまずいとベッティーナがレオポルディーナを急かすまで2人だけの着替えショーは続いた。

 レオポルディーナは結局、フェルディナントの瞳と同じ深い海の色のドレスと揃いの生地で仕立てられたボンネットにした。白いレースが縦襟と袖口に付いており、まるで海の白い波間のように見える。ボンネットにも生地と同色のリボンが付いていて鍔の先端にはドレスと同じ白いレースがあしらわれている。

 レオポルディーナは鏡で全身をチェックして鏡の中の自分に満足そうに微笑んだ。そして玄関ホールへ向かってフェルディナントを待つ。

 待ちに待ったフェルディナントの姿が見えると、レオポルディーナは太陽のように顔を輝かせた。

「フェル兄様!」
「ティーナ、じゃあ行こうか」
「ねぇ、兄様、女性がおめかししてデートに現れたら何か言うことありませんの?」
「ああ、綺麗だよ」
「お兄様、棒読みみたいな台詞だわ。酷い!」

 レオポルディーナは小さな女の子のように頬を膨らませて抗議した。ヨハンはそんな彼女を見て苦々しい表情をした。

「お嬢様、そんな言葉は催促してもらうものではありませんよ」
「わかってるわよ、ヨハン。でも言いたくなる乙女心もわかってほしいわ」
「ヨハン、無礼な上に無粋ですよ」

 ベッティーナはヨハンをぎろりと睨んだ。男性衆2人は触らぬ神に祟りなしとばかりに無言になる。微妙な雰囲気のまま、フェルディナントとレオポルディーナ、付き人として同行するヨハンとベッティーナも馬車に乗車した。

 劇場前は大勢の観客でごった返していたが、ボックス席の観客専用の入口から4人はすんなり劇場に入れた。ボックス席には2人掛けの椅子が2脚あり、その間にはティーカップを置けるように小さなテーブルが置かれている。

 レオポルディーナはフェルディナントと同じ椅子に隣同士で座りたかったが、ヨハンが睨むので仕方なくテーブルの反対側の椅子に座った。従者はボックス席の扉のすぐ横のスツールに座って待機することになっている。ヨハンとベッティーナも扉の左右にあるスツールにそれぞれ座った。

 ボックス席の舞台を見下ろす側には厚手のカーテンが備えられていてされている。使用されていないボックス席のカーテンは閉じられているのだが、使用中でもカーテンを閉めて演劇そっちのけに情事に耽る不埒な『観客』もいることは有名だ。もちろんまだ結婚していないレオポルディーナとフェルディナントがそのカーテンを閉めることは、いくら付き人がボックス席に控えていても、社会通念上許されていない。

 レオポルディーナの涙腺は幕間前に既に崩壊寸前になった。ヒロインとヒーローはお互いに想い合っているのに表立って愛し合えない。事情は違っても、その切ない気持ちを自分に重ねてしまう。でも計画を実行する幕間が近づくにつれてレオポルディーナはそれどころでなくなり、手が汗だくになった。

 とうとう幕間の休憩が始まった。

「ヨハン、お茶を注文してきてくれる? ベッティーナはちょっと足をくじいているから貴方がやってくれるとうれしいわ」

 レオポルディーナは何度も練習した台詞をヨハンに投げかけた。声が震えていなかったかレオポルディーナは自信がなかったが、ヨハンは何も気付かなかったようで素直に注文を出しにボックス席を出て行った。

 すぐにレオポルディーナは大きく息を吐いてベッティーナに目線で合図した。

「お嬢様、フェルディナント様、大変申し訳ないのですが……お花摘みに行かせていただきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
「え?」

 フェルディナントはボックス席にレオポルディーナと2人きりになってしまうことに焦って思わず声を出してしまった。

「兄様、繊細な場面で女性に恥をかかせるのですか?ベッティーナがいくら使用人と言っても女性に対する礼儀がなってませんわよ」
「あ、ああ……すまない…」

 レオポルディーナはその後の言葉を続けられなかった。フェルディナントにベッティーナのトイレの件はビシッと言えたのに、2人きりになったら何を言ったらいいのかわからなくなってしまった。ベッティーナには休憩時間終了間際に戻ってくるように言い含めてあるが、もう少ししたらヨハンが帰ってきてしまう。

 レオポルディーナは意を決してフェルディナントの隣に座り直したが、フェルディナントはびくっとした。レオポルディーナの頭はこれから告白することばかりでいっぱいでそれには気付かなかった。

「あの……兄様……わ、私……に、兄様のこと……」

 レオポルディーナは意を決してフェルディナントに話しかけたが、どもってしまって何度も言い直してしまった。そんな彼女の頬は赤らんでいて瞳はうるんでいる。男女関係の経験があの忌々しい閨の実習以外にないフェルディナントでも彼女が何を言いたいのか察した。

「フェ、フェル兄様……あ、愛……してます……私、もっと兄様と……ち、近づきたい……」

 レオポルディーナは、隣に座っているフェルディナントのほうに更ににじり寄って彼の胸に寄りかかろうとしたが、フェルディナントは近づけられたのと同じだけ椅子の反対側に逃げて距離を取った。レオポルディーナは流石にそれには気付いて泣きそうになった。正にその時、ノックの音がしてすぐにボックスの扉が開き、茶器がガチャガチャと音を立てた。

「フェルディナント様、お嬢様!」

 レオポルディーナはびくっとして慌てて元の椅子に戻った。それを見て動揺したヨハンは茶器を思わず落としそうになり、すんでのところでとどまったものの、お茶をお盆や絨毯の上にこぼしてしまった。

「申し訳ありません。すぐに新しいお茶を取りに参ります」
「休憩時間は後少しで終わりだからもういいよ」
「そうですか。申し訳ありません。でも……お二人ともご結婚前は節度ある交際をお願いします」
「いや……や、やましいことはしていないよ」
「ならいいですが、ベッティーナさんはどうされたのですか?」
「お花摘みよ」
「そうですか、でも私が戻って来るまで待っていてくれればいいものを……」

 レオポルディーナは、使用人として無礼なヨハンの態度に普段は文句を言わないが、今回ばかりはむっとした。

「ねぇ、ヨハン。女性にそういう繊細な場面で文句を言うのは紳士的でないわ。そんなようでは女性にもてないわよ」
「私はただの従者で紳士ではないですから、女性にもてなくて結構です」
「そういうことじゃないのに……もういいわよ!」

 その後の観劇とディナーはなんとなく気まずいままで終わった。

 レオポルディーナはヒロインとヒーローの最期に号泣していたが、彼女にハンカチを渡したのはベッティーナだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...