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43.懐妊の知らせ

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 ヨハンはあれから例の居酒屋に行かなくなった。素面になると、冷静になって忠誠心を取り戻し、レオポルティーナを害そうと思ったなど、ありえないと思いこもうとした。

 一方、レオポルティーナの人工授精の試みは中々実を結ばなかった。同じような失敗を何度も繰り返した後、レオポルティーナも慣れてきて香油を事前に膣の中に塗って注射器を奥まで入れることができるようになった。時々、自分を女性として愛させない夫の子供をそうまでして欲しいのかと自らを惨めに感じることもあった。でもそういう時はフェルディナントに抱きしめてもらって自分を鼓舞した。

 結婚から2年経ってレオポルティーナが20歳、フェルディナントが22歳の時、ようやくその努力が実を結ぶ時が来た。侍医ドミニクの懐妊の診断を聞いてレオポルティーナはすぐに隣の部屋で待つ夫に喜び勇んで報告した。

「兄様、聞いて! 赤ちゃんが来てくれたわ! 兄様と私の赤ちゃん!」
「本当か?! ティーナ! よくやってくれた! ありがとう!」

 フェルディナントはレオポルティーナに向かって珍しく自分から両腕を広げた。彼女は夫の腕の中に飛び込み、最高に幸せを感じた。でも抱きしめる約束が妊娠とともに終わりだと、夫と唯一触れ合う機会がなくなってしまう。たまらなく切なくなってレオポルティーナはフェルディナントに思い切って尋ねた。

「兄様……子供ができても兄様にたまに抱きしめてもらいたいの……いい?」
「もちろんだよ。僕に何かできることがあれば、何でもするよ! 僕からは、一つだけお願いなんだけど……子供が生まれたら、『兄様』っていうのは止めてくれないかな?」
「えっ?! どうして?!」
「僕は父親になるんだ。だったらティーナの『兄様』じゃおかしいだろう? フェルって呼んで」
「そうね、兄様……あ! ごめんなさい! フ、フェル……」

 レオポルティーナは『フェル兄様』か『兄様』と呼んでいて愛称だけでは呼んでいなかったので、照れて頬を染めた。

「そう言えば……もう一つお願いがあるんだけど……ヨハンに一緒に報告させてくれないかな? こんなこと、本当ならティーナにお願いできる権利はないって分かっているんだけど……やっぱりけじめとして……それに彼は僕達の幼馴染だ。君の懐妊を祝福してくれるよ。僕達の子供が生まれたら可愛がってくれるはずだし……」

 やたらと言い訳をくどくどと述べる夫にレオポルティーナの胸はチクリと痛んだ。でも両想いの彼らに結婚を笠に着て割り込んだのは、レオポルティーナの方だ。ここは妻として度量を見せなければならないだろう。

「ええ……3人で昼間会うのならお義父様も文句は言わないでしょう」

 フェルディナントとレオポルティーナは、父ロルフに断った上でヨハンを呼び出した。ヨハンは見るからに萎れており、フェルディナントもレオポルティーナも切なくなった。

「ヨハン、貴方に報告があるの。実はやっと子供ができたの」
「そ、それはおめでとうございます……」

 ヨハンは衝撃を受けたが、何とか声を絞り出して祝福した。フェルディナントは、そんな様子に全く気付かないようでその事もヨハンの心を締め付けた。

「ありがとう。ヨハンにも祝福してもらえて嬉しいよ。自分が父親になるなんて昔は考えられもしなかったけど、いざとなると嬉しいものだね」

 フェルディナントはそう言ってレオポルティーナのお腹に触った。その様子は初めての子供を待ち遠しく思う父親そのものだった。

「兄様、まだ膨らんでないから分からないでしょう?」
「また『兄様』って呼んだ! 『フェル』って呼ぶ約束でしょう?」

 2人の様子は、まるで愛し合う夫婦がいちゃついているようにしか見えなかった。

「あ、あの……もう下がってもいいでしょうか? 仕事が途中なので……」
「ああ、そうなの? 悪かったわね。ねえ、3人だけの時はもうちょっとくだけて話して……ヨハン?」

 ヨハンはもうレオポルティーナの言う事を最後まで聞かずに歩きだしていた。
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