【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

10.奥様とお呼びするのはまだ早いかと。

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「おかえり、なさい」
 出迎えたリシェーナに、ジオークはわずかに目を見張る。
 いつもはまずはマリーが出迎えに来て、リシェーナがマリーを追ってくるのだが、どうしたことだろう。
 その疑問が表情にも出ていたのだろうか。
 リシェーナの顔が、若干不安げなものになるから、ジオークは微笑む。
「ただいま」
 そうすれば、リシェーナは、ほっとして笑った。

「珍しいね、お出迎え」
「ばあやが、しなさい、言った。 あなたが、嬉しい、から」
 素直に答えるリシェーナに、ジオークは目を丸くした。

 余計な気を回してくれるものだ、と思いながらも、それでもやはり嬉しいのだから現金なものだ。
「…そうだね、嬉しい」
 ジオークはリシェーナの髪を梳いてやりながら、少し離れたところでにこにこと事の成行きを見守っていたマリーに目をやる。

「ありがとね、ばあや」
「では、邪魔者は退散することにいたします。 ごゆっくり」
 満足そうに笑んだマリーは手提げを持つと、頭を下げて玄関に向かう。
 そのマリーをリシェーナが追うので、ジオークは視線でリシェーナを追った。
 もちろん、見られていることになどリシェーナは気づいていないけれど。

「ばあや、ありがとね? 気をつけて、帰ってね」
「ええ。 わたくしは大丈夫ですから。 まずは、旦那様にご飯の用意をしてあげてくださいね」
 マリーがにこにこと笑いながらリシェーナに言うと、リシェーナはこくりと頷く。
「うん、わかった。 ご飯、あっためる」

 ジオークの隣をすり抜けてキッチンに向かうリシェーナを見届けて、ジオークはマリーに笑いかける。
「…だいぶばあやにも懐いたね?」
「ええ。 娘がいたら、お嬢様のような女性かな、と毎日楽しんでいますわ」
「そっか。 ちょっと妬けるかも」
 冗談交じりにジオークが言うと、マリーは笑った。
「妬けますか?」


「おれよりもばあやといるほうが楽しそうだから」


 本音が、ぽろりと漏れた。
 それは、相手が他の誰でもない、マリーだったから漏らせた言葉だ。

 ふふっと声を出して、マリーが笑う。
「そんなことありませんよ。 旦那様と一緒におられるときのお嬢様は、幸せそうです」
 マリーの返答にジオークは、実は先程から気になっていた単語を再度見つけて、マリーに問う。
「おれは【旦那様】なのに、リシェのことは【お嬢様】なんだね?」


 リシェーナが既婚者だったことを、マリーは知らない。
 だから、【お嬢様】と呼ぶのかもしれない。
 言葉が不慣れな分、かもしれないが、リシェーナは既婚者だったのにもかかわらず、どこかあどけなく、少女のようなところがある。

 ジオークの問いに、マリーは口元を押さえて笑った。
「まだ婚前なのでしょう? 奥様とお呼びするのはまだ早いかと」
 マリーのことだ。 きっと、何の含みもなかったのだろう。

 けれど、ジオークはその言葉で、自分が少々先走り過ぎていたことに気づく。
 自分とリシェーナは確かに、【旦那様】と【奥様】と呼ばれる関係ではないのだ。
 だから、頷いた。
「そうだね」
「ですが、ばあやは早く、お嬢様を【奥様】と呼びたいと思っておりますよ」
 微笑んだマリーが、更に続けた。

 それは、意図しているのか、いないのか。
 だが、こんなマリーだからこそ、ジオークの師匠は、ジオークの元にマリーを寄越しているのだろう。
 だから、もう一度、ジオークは頷く。
「そうだね」

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