【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を抱く

4.…妬けること。

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 微かな音が聞こえた気がして、ジオークはふと顔を上げて、玄関へと続く扉を見る。
 アミルもつられて、そちらに顔を向けた。
 足音は、二つ。

「あなた」
 すぐに、リシェーナの顔が、覗いた。
 一度は外に出たのだろう。 リシェーナは、庇ひさしの大きな白い帽子を被っていた。
「あのね」
 リシェーナが一度後ろを振り返ると、その後ろから別の人物の姿が覗く。

「おや。 珍しいのがいるね」
 女性にしては長身で、アッシュ味の強い黒髪を、きつくひとつに結いあげている。
 ハンサムと形容すべき美人。 なのはわかっているのだが、ジオークはその人物――ジョーの中身が男勝りで男顔負けな男前で、尚且つ親父なのもわかっているので、素直に美人とは認められない。
 というか、認めたくない。

「うわぁ、宮廷医務官のジョー様じゃん。 おひさ~」
 薄笑いな上、揶揄するような口調でアミルが言うから、ジオークは首を傾げた。
「ジョー様? 何それ」

 女性の宮廷医務官ということで、ジョーが目立っていることも、珍しがられていることも、重宝されていることも、ジオークは知っている。
 そもそも、ジョーとの出逢いは「お互い大変だな」とこの年上の女性医務官に声をかけられたことに始まっている。
 確かに、ジョーは伯爵家の令嬢であり、ジョー【様】と言えばジョー【様】なのだが、どうやらそういう感じではなさそうだ。

「え? 意外とファン多いんだよ。 罵られたい蔑まれたい鞭打たれたいジョー様のしもべになりたいむしろジョー様の家具になりたいって」
「やめて、リシェの耳に入れたくないからそれ」
 自分で訊いたこととはいえ、非常に雲行きが怪しいので、ジオークはアミルの言葉に半ば被せるようにして遮った。

 だが、リシェーナにはアミルの言葉もジオークの言葉も耳に届いていないようで、ジオークの傍に寄ってきて、いつものように絨毯の上に膝をつく。
 神妙な面持ちのリシェーナが、口を開いた。


「あなた、どこか、悪い?」


 それは、ジオークにとっては思いもよらない問いで、反応はわずかに遅れる。
「え? どうして?」
「だって、ジョーはお医者さまだから」
 医者のジョーが邸にやって来たことを、リシェーナはそのように結びつけたようだった。


 リシェーナの体調は悪くない。
 ということは、ジオークの体調が悪いのかもしれない、と心配してくれている。


 リシェーナのその気持ちが嬉しくて、幸せで、ジオークは微笑む。
 そっと、首を傾けて、リシェーナに囁いた。
「心配してくれてありがとう、ダーリン」
 きゅっと目を瞑ったリシェーナの目尻に、柔らかく唇で触れる。
「あ、あなた」
 アミルとジョーの目を気にして、リシェーナは頬を赤らめ、狼狽えているようだ。

 そんな初々しい反応も可愛らしくて、ジオークは頬が緩むのを止められない。 このままはぐらかすことだってできたのだけれど、未来の奥さんを不安にさせたままでいるのはよくないな、と直感した。
 きっと、リシェーナはジオークの身体のことを心配して、もやもやと過ごすことになるに違いないのだ。
 だから、ジオークはリシェーナを立ち上がらせて、彼女の腰に手を回して抱き寄せる。
 腕の中に、リシェーナを閉じ込めたような格好で、ジオークは甘く微笑んでリシェーナを覗き込んだ。
 そっと、内緒話をするような声量を意識して、声を出す。

「リシェと結婚する前に、悪いところがないかどうか診てもらおうと思って」
「え?」
 リシェーナは、驚いたように目を瞬かせた。
 思い至らない様子のリシェーナに、ジオークは笑みかける。
「おれ、元気な子ども、ほしいから」
 リシェーナのペリドットのような淡い色の瞳が、食い入るようにジオークを見つめている。
 いまいち伝わらないかな、とジオークが思ったときだ。

「…うん、ありがとう」
 リシェーナが微笑んでくれた。
 照れくさそうな、はにかんだような、幸せの詰まった、笑み。


 ああ、本当におれの奥さんは可愛い。


 もう一度、キスしていいだろうか、と伸ばしかけた手から、するりとリシェーナが逃れた。
「お外にいる」
 まるで照れ隠しのようにリシェーナは言って、さっと立ち上がる。
 ジオークの行動を察して立ち上がったわけではなさそうだ。


 リシェーナがジオークに背を向けるから、ジオークは「あ」と声をかけた。
「リシェ。 陽に焼けるから、ちゃんと袖のある服を着て。 すぐに赤くなるんだから」


 リシェーナ肌が白いし、あまり強くはない。
 本当は日傘を持ってと言いたいところなのだが、リシェーナは庭の散策ではなく、手入れを楽しんでいる風なのだ。 あまり行動の制限はしたくないな、という思いも働いたから、そう言った。
 リシェーナは肩越しに振り返って、また微笑む。
「うん」


 リシェーナの姿が見えなくなると、ぼそりと低い声が耳に届いた。
「…妬けること」
 心底からと思しき呟きを零したジョーは、どかりとアミルの隣に腰を下ろすと、パンツに包まれたすらりと長い脚を組んだ。
「妬けないでしょ、ジョー様。 少なくともさっきの過保護発言は、恋人っていうよりかは父親だと思う」
 アミルがジョーを横目に見ながらそんなことを言っているが、父親とは何事だろう。
 自分とリシェーナは恋人同士であり、結婚を約束した間柄だ。
 ジオークにとって、【父親】というのは甚だ不本意であるし、リシェーナにとってリシェーナの父以上の父というのはいない。 だから彼女は、ジオークのことを当初、【兄】のようだと言っていたのだから。

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