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<閑話>紅薔薇と卿
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「…陛下そっくり」
寝室の化粧台に座り、髪を梳きながら、アンネローゼは独り言ちた。
だが、ここにはその呟きを拾う者がいる。
「殿下のことですか?」
部屋の隅、鏡の向こうから柔らかく、問いかけてくるロワイエールに、アンネローゼは溜息をつくばかりだ。
どうして、ロワイエールには、アンネローゼの考えていることが伝わってしまうのだろう。
アンネローゼは、そっと半眼を伏せた。
「あの分だと、陛下のように、叶うとも知れない望みの為に、唯一の相手に操立てをして、人生を終えることになるのではないかしら」
またひとつ、アンネローゼの唇から、溜息が零れる。
陛下と自分は、表向きは夫婦だが、本来の意味で夫婦ではない。
陛下には想い人がいて、その想い人のために、完璧な王でいるために、アンネローゼという妻を欲したのだ。
陛下は、想い人と想いを通じ合わせることはないだろうと諦めつつも、その想い人に操立てをし続け、ついには想いを通わせた。
陛下は、アンネローゼのことを友人という認識で見てくれているし、息子のエドゥアールや娘のフレンティーナのことも大切にしてくれている。
実は、エドゥアールもフレンティーナも、アンネローゼと陛下の間に生まれた子どもではない。
陛下は、ご自分の恋を守るために、陛下のお従弟であるモンフォア卿――ロワイエールとアンネローゼを結び付けたのだ。
歪ではあるけれど、自分たちの関係は、上手くいっていると思う。
「…陛下の望みは叶いましたよ」
「ええ。 …でも、エドの望みは叶わないと思います。 ブラッドベル夫妻は、本当に、仲睦まじいですもの」
エドゥアールの望みが実を結ぶことはないだろうし、エドゥアール自身も、仲睦まじいブラッドベル夫妻の仲を裂いてまで、ブラッドベル夫人を手に入れることは良しとしないだろう。
その証拠が、「大きくなったらリシェーナとけっこんする」「リシェーナをおよめさんにする」を口にしなくなったことだと思うのだ。
エドゥアールは、自分の恋が叶わないことを知っている。
知っているけれど、恐らく、ブラッドベル夫人の存在は、エドゥアールにとって特別なもののままなのだ。
だからエドゥアールは、その想いを胸に秘めて、胸に収めたまま、口を噤んで生きていこうとしているのではないか、そんな疑念を抱いてきた。
その疑念が、今日のことで、アンネローゼのなかで確信に変わりつつある。
まだ、八つの子どもが、そんな覚悟を、今しなくたって、いいだろうに。
考え始めたら、落ち着かなくて、アンネローゼはブラシを置いて立ち上がる。
寝室をうろうろと歩き回り始めたアンネローゼの耳に、ロワイエールの柔らかな声が届いた。
「…そうですね」
その声に誘われて、アンネローゼがロワイエールを見ると、ロワイエールは静かに微笑んでいた。
「それでも、僕は、エドが幸せなら、いいと思いますよ」
アンネローゼは、目を見張る。
自分のものではないかのように落ち着かなかった足が、ぴたりと止まった。
エドゥアールは、陛下にそっくり、だと思った。
エドゥアールと陛下も、血が繋がっているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
だが、今のロワイエールの表情は、今日見たエドゥアールの表情と、よく似ていた。
ああ、あれは、自分の意のままにならないものを受け容れ、認めた者の顔だったのか。
「エドの幸せを決めるのは、僕たちではありませんから」
そう、静かに微笑んで、ロワイエールは言う。
きっと、ロワイエールも、エドゥアールも、強いのだろう。
アンネローゼは、だめだ。
自分たちの関係が特殊だったからこそ、なおさら、エドゥアールやフレンティーナには、世間一般に認められる、普通の幸せを手にしてほしいと、望んでしまっていた。
それが、エドゥアールやフレンティーナの、幸せとも限らないのに。
情けない。
そう思ったら、アンネローゼはロワイエールに突進し、その胸にどんっとぶつかり、ぎゅうっと抱きついていた。
「っ~~~ロワきゅんっ…!!!」
「はい、はい。 思う存分泣いていいですよ。 僕しかいませんから」
アンネローゼの身体を抱きしめてくれて、とん、とんと背中を優しく叩いてくれるロワイエールに、アンネローゼの涙腺が崩壊した。
「ぅっ…うわぁぁぁぁぁん」
ロワイエールの腕の中で、子どものように泣きじゃくりながら、それでもアンネローゼは願わずにはいられない。
ロワイエールに、ブラッドベル夫人とは別の、特別な相手との出逢いがあることを。
寝室の化粧台に座り、髪を梳きながら、アンネローゼは独り言ちた。
だが、ここにはその呟きを拾う者がいる。
「殿下のことですか?」
部屋の隅、鏡の向こうから柔らかく、問いかけてくるロワイエールに、アンネローゼは溜息をつくばかりだ。
どうして、ロワイエールには、アンネローゼの考えていることが伝わってしまうのだろう。
アンネローゼは、そっと半眼を伏せた。
「あの分だと、陛下のように、叶うとも知れない望みの為に、唯一の相手に操立てをして、人生を終えることになるのではないかしら」
またひとつ、アンネローゼの唇から、溜息が零れる。
陛下と自分は、表向きは夫婦だが、本来の意味で夫婦ではない。
陛下には想い人がいて、その想い人のために、完璧な王でいるために、アンネローゼという妻を欲したのだ。
陛下は、想い人と想いを通じ合わせることはないだろうと諦めつつも、その想い人に操立てをし続け、ついには想いを通わせた。
陛下は、アンネローゼのことを友人という認識で見てくれているし、息子のエドゥアールや娘のフレンティーナのことも大切にしてくれている。
実は、エドゥアールもフレンティーナも、アンネローゼと陛下の間に生まれた子どもではない。
陛下は、ご自分の恋を守るために、陛下のお従弟であるモンフォア卿――ロワイエールとアンネローゼを結び付けたのだ。
歪ではあるけれど、自分たちの関係は、上手くいっていると思う。
「…陛下の望みは叶いましたよ」
「ええ。 …でも、エドの望みは叶わないと思います。 ブラッドベル夫妻は、本当に、仲睦まじいですもの」
エドゥアールの望みが実を結ぶことはないだろうし、エドゥアール自身も、仲睦まじいブラッドベル夫妻の仲を裂いてまで、ブラッドベル夫人を手に入れることは良しとしないだろう。
その証拠が、「大きくなったらリシェーナとけっこんする」「リシェーナをおよめさんにする」を口にしなくなったことだと思うのだ。
エドゥアールは、自分の恋が叶わないことを知っている。
知っているけれど、恐らく、ブラッドベル夫人の存在は、エドゥアールにとって特別なもののままなのだ。
だからエドゥアールは、その想いを胸に秘めて、胸に収めたまま、口を噤んで生きていこうとしているのではないか、そんな疑念を抱いてきた。
その疑念が、今日のことで、アンネローゼのなかで確信に変わりつつある。
まだ、八つの子どもが、そんな覚悟を、今しなくたって、いいだろうに。
考え始めたら、落ち着かなくて、アンネローゼはブラシを置いて立ち上がる。
寝室をうろうろと歩き回り始めたアンネローゼの耳に、ロワイエールの柔らかな声が届いた。
「…そうですね」
その声に誘われて、アンネローゼがロワイエールを見ると、ロワイエールは静かに微笑んでいた。
「それでも、僕は、エドが幸せなら、いいと思いますよ」
アンネローゼは、目を見張る。
自分のものではないかのように落ち着かなかった足が、ぴたりと止まった。
エドゥアールは、陛下にそっくり、だと思った。
エドゥアールと陛下も、血が繋がっているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
だが、今のロワイエールの表情は、今日見たエドゥアールの表情と、よく似ていた。
ああ、あれは、自分の意のままにならないものを受け容れ、認めた者の顔だったのか。
「エドの幸せを決めるのは、僕たちではありませんから」
そう、静かに微笑んで、ロワイエールは言う。
きっと、ロワイエールも、エドゥアールも、強いのだろう。
アンネローゼは、だめだ。
自分たちの関係が特殊だったからこそ、なおさら、エドゥアールやフレンティーナには、世間一般に認められる、普通の幸せを手にしてほしいと、望んでしまっていた。
それが、エドゥアールやフレンティーナの、幸せとも限らないのに。
情けない。
そう思ったら、アンネローゼはロワイエールに突進し、その胸にどんっとぶつかり、ぎゅうっと抱きついていた。
「っ~~~ロワきゅんっ…!!!」
「はい、はい。 思う存分泣いていいですよ。 僕しかいませんから」
アンネローゼの身体を抱きしめてくれて、とん、とんと背中を優しく叩いてくれるロワイエールに、アンネローゼの涙腺が崩壊した。
「ぅっ…うわぁぁぁぁぁん」
ロワイエールの腕の中で、子どものように泣きじゃくりながら、それでもアンネローゼは願わずにはいられない。
ロワイエールに、ブラッドベル夫人とは別の、特別な相手との出逢いがあることを。
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