咲いても散らぬ、恋の花。

環名

文字の大きさ
15 / 18

<閑話>国王と卿

しおりを挟む
 ベッドに入って本を読んでいたアルヴァートは、夫婦の寝室へと繋がる短い廊下の扉がノックされるのに気づいて、顔を上げた。

「…ロワか?」
「失礼します、陛下」

 声を張って誰何すいかすると、扉が開く。
 現れたのは、近衛騎士団の制服に身を包んだ従弟――ロワイエールだった。

 そのことを、アルヴァートは訝しく思う。
「アンネは、どうかしたのか?」

 昼間の、エドゥアールとのやりとりのあと、彼女の長所で美点であるあっけらかんとした快活さがどこかに行ってしまった。
 夕食の間も、いつになく静かだったと記憶している。
 今頃、ロワイエールといちゃいちゃし、慰めてもらっているだろうと思っていたのだが、どうやらアルヴァートの見込みとは違ったらしい。


「…泣き疲れて眠っていらっしゃいます」
 そっと目を伏せたロワイエールは、神妙な様子で告げた。
 恐らく、アンネローゼの心のことを、心底案じているのだろう。


 だが、アルヴァートの頭の中には、天を仰ぐようにして大きな口を開け、噴水のように涙を落とすアンネローゼの様子が浮かび、苦笑いしてしまった。
 実際に彼女が泣いたところなど見たことはないが、まあ、アルヴァートにとってのアンネローゼがどのような存在かということだ。
「…まるで子どもだな」


 その、アルヴァートの言葉に、ロワイエールは同意しかねたらしい。
 ベッドの傍らのランプの明かりが、かろうじて届くか届かないかの距離で、緩く首を横に振った。
「子どもではありませんよ。 母親だからこそ、息子の幸せを願い、憂いているのです」

 ロワイエールの言葉に、アルヴァートは更に苦笑する。
 アンネローゼの場合、アンネローゼとロワイエールの関係が陽の当たるものでないからこそ、余計に息子と娘には堂々と、胸を張って好きだと言える相手を好きになってほしいと願っていたのだろう。


「…儘ならぬなぁ…」


 もう、本を読む気分でもない。
 アルヴァートは、開いたままになっていた本をぱたんと閉じる。


 アンネローゼは、エドゥアールに、普通の幸せを手に入れてほしいと願っていた。
 それが、エドゥアールの、幸せかどうかもわからないのに。


 …本当に、儘ならぬことだ。


「でもね、アル兄上」
 アルヴァートが、ひとつ、溜息を零したとき、ロワイエールがそっと口を開いた。
 珍しく、昔の呼び名でアルヴァートを呼んだ従弟は、ちらと横目で扉を気にする。
 正確には、その、扉の奥の奥、泣き疲れて眠っているというアンネローゼへと想いを馳せたのだろう。


「アンネローゼには悪いですが…、それでも僕は、エドが幸せならそれでいいと思うんです」


 憚るようにしながら、ロワイエールは口にした。


「誰にとっては幸せに見えなくとも、エドが選んで、それを捨てたくないと、抱えていたいというのなら…。 僕はそれを捨てさせたくないし、奪いたくないと思います」


 静かに、静かに、ロワイエールは言葉を紡ぐ。
 恐らく、それは、アンネローゼの前では、言葉に変えて、音にして発現することのできなかった思いなのだろう。
 何となく、だけれど、ロワイエールは、アルヴァートだから、その気持ちを吐露してくれたのだと思った。
 同じように、世間一般から見れば、幸せとは呼べないかもしれない幸せを、大切に抱えている、アルヴァートだからこそ。


 だから、アルヴァートは静かに、小さく微笑んで、頷く。
「同感だ」


 例え、誰に認められなくても、自分が認めて、幸せだと思うのなら、それでいいではないか。
 望んでもいないのに、「これが幸せだろう」と誰かに押しつけられた幸せほど、苦痛なものはない。


 私は、私が恵まれていることを、幸せなことを知っているのだから。
 誰かにとっての幸せは、私にとっての幸せではない。


 それは、きっと、エドゥアールにも、同じことのはずだ。


 アルヴァートの言葉に、目を伏せて頷いたロワイエールは、ふと気づいたように、静かに笑った。
「アンネローゼには、内緒ですよ」

 いついかなるときも、ロワイエールの心の中には、頭の中には、アンネローゼという存在がいるらしい。
 ロワイエールは、アンネローゼのことを誰よりも、何よりも大切にしている。

 ロワイエールもまた、ロワイエールにとっての幸せを、心の中で大切に抱えている。
 アルヴァートにとって、いわば、同志。

 だから、アルヴァートは笑って、頷く。
「ああ、もちろんだ」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

処理中です...