命のその先で、また会いましょう

春野 安芸

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第3章

037.旅の終わり

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「そうか……もう、か……」

 ポツリと呟いた俺の言葉は、納得するような一言だった。
 頭をぶつけてこの世界に来て早2ヶ月。もう世間では夏の入り口に入っていることだろう。
 たかが2ヶ月、されど2ヶ月。長いような短いようなこの日々は俺にとって濃密すぎる日々だった。

 死後の世界という地球上の殆どの人間が訪れたことのない世界にお邪魔してから俺の死生観は大きく揺れ動いた。そもそも死んだ先は無の世界だと思っていた。天国も地獄もなく、ただただ何もない空間で無に溶け合う。俺もやがてその世界に行くのだろうと。しかし生きている身でお邪魔した世界は広大に広がる美しい世界だった。そこでは神様も居て、地上の人々と同じように仕事をし、祈愛のようなゲストもいる。死しても続く世界。そして転生する人々。それは死んでからも先があると希望をもたらすものでもあった。

 そんな世界から帰還できるという知らせ。その知らせは本来歓迎すべきものであった。
 地球上の人間全てがいずれこの世界にたどり着くと言っても俺が来るのはまだまだ先のこと。今回はちょっとした体験期間に過ぎない。
 初めてこの世界に来た日、あの病室でマヤに告げられてからそれは分かっていた。理解していた。しかしいざ終わりが目の前にあると寂しい思いがするのもまた必然だろう。

 少し目を下げると不安げな顔をする祈愛が目に映る。そんな彼女に掛ける言葉が見つからなくて誤魔化すように頭を撫でてからもう一度マヤに目を向ける。

「わかった。……けど、そもそも準備って何なんだ?あの時戻ったらすぐに死ぬって聞いたけど、あの日と何が違うんだ?」

 俺がまっさきに問いかけるのはあの日と今日の違い。
 以前マヤは病室で、戻ってもいいけどすぐに死ぬことになると言っていた。しかし今戻れるということはそれが解消されたと考えるのが必然だろう。一体何が違うのか。なんとなく答えは出ている気もするが……。

「それはもちろん、あなたのお父様の存在ですよ。あの方が近くにいる限り煌司さんの生命はいつも危機的状況に立たされておりましたから」
「…………」

 やはりか。
 予想と答えが噛み合い、唇を噛んで思案する。
 顔を合わせれば殴られる日々。それを何年も続けてきた俺にとって聞くまでもないことだった。昨夜の病院での一件、警察に捕まったことにより心配なくなったということだろう。
 目覚めた俺がどうなるかは分からないが、とりあえず命の危機は去ったみたいだ。
 しかしあんなのでも実の父親。仕方なかったとはいえあんな形で別れてしまうのは少し複雑な気分に襲われる。

 そんな俺が顔を伏せると入れ替わるように祈愛が彼女へと問いかける。

「ねぇマヤ。マヤは神様なのにおにいちゃんを贔屓しちゃっていいの?」
「おや、それは煌司さんも他の方と同様にドライに扱ってほしいと?」
「ううん!そうじゃなくって!!いつか対価とか要求されないかなって……」

 それは俺も心のなかでドキリと心臓が高鳴る問いだった。
 確かに随分とマヤにはよくしてもらった。だからこそ、対価が怖くもある。現実ではギブアンドテイク。奴には奪われてばかりだったが同様になにか要求される場合だってあるのだ。
 神様は公平だ。そんな思いで人生を過ごしてきた。いくら祈ったところで誰へも手を差し伸べないし誰も助けない。しかし俺たちはこうして気にかけてもらっている。その分何処かでしっぺ返しを喰らうのではないか。
 そんな危機感を覚えたさなか、すぐに彼女はフフッと笑って俺たちの考えは杞憂だと首を振る。

「もちろん対価なんて一銭も要求したりしませんよ。私は神様の中でも異端ですから、気に入った人にはどんどん贔屓しちゃうのです」
「そうなの……?」
「えぇ。………確かに煌司さんのお父様はミスによって現世に留まる事になりました。私の責任でもあります。しかしその後の悪行は彼の魂が命じたこと。その点において同情の余地はありません」

 ピシャリと言い放つその様はまるで笏を手にする閻魔のよう。
 悪いことは悪いと断じるその姿は神様のように見えた。……ようではなく本人なのだが。
 しかし、もしかしてとは思っていたが神様って複数いるんだな。

「――――ですので、これからの煌司さんの人生はより良いものになるでしょう。……これまでよく頑張りましたね」

 完璧な神様のお墨付き。
 それは俺のこの世界での旅路の終わりをもう一度告げていた。
 よく頑張った。俺の耐えてきた日々は無駄じゃなかったんだ。そう思うと本当にこの世界での生活が終わりなのだという実感が湧いてくる。

「そっか……じゃあ俺は戻っても良いんだな……」
「えぇ。あなたが望むならば今すぐにでも。……どうされますか?」
「いや、今は――――」

 肩の力が抜けてきてフッと目が合ったのは今も抱きついている祈愛だった。
 俺の大切な妹。少し揺れる瞳が俺と交差している。そう言えば彼女は……

「――――なぁマヤ、祈愛はどうなるんだ?身体は生きてるんだろ?いつまでこの世界にいるんだ?」

 そうだ。俺よりもまず目覚めなきゃならないのは祈愛だ。
 つい目覚めることができる喜びで少し抜けてしまっていたが、戻る前にそれだけは確かめておかなければならない。
 もしかしたら一生目覚めることが無いなどと言われるかもしれない。そんな嫌な想像に一抹の不安があったが、彼女はあっけらかんと微笑を崩さず払拭する。

「祈愛さんの身体は1年前に回復しましたよ。命を狙われておりましたので保護しておりましたが、この一件で解決しましたので煌司さんと一緒に目覚めることができるでしょう」
「「!!!」」

 目覚める――――
 その一言は、全ての終わりを表していた。
 俺の頑張りも、彼女の頑張りも。そして俺が抱いていた罪も。
 思わず見合ってしまった俺たちは互いに目を丸くしてしまう。二人一緒に目覚めることができる。それは何と幸運か。なんと待ち望んだ日か。
 そう自覚した時には俺の身体は無意識に動いていた。
 
「祈愛っ!!」
「お、おにいちゃん!?苦しいよぉ!」
「よかった……よかった!祈愛も戻れるんだな!長かった……ずっと、待ってたんだよ……」
「もう……泣き虫だなぁおにいちゃんは……」

 気づけば俺は彼女を力強く抱きしめていた。
 ギュッと、ギュッと。手からこぼれ落ちないように。
 その目からは涙がこぼれ落ち、俺の視界はまともに前を映しちゃいない。 一緒に帰る事ができるんだ……ようやくまた一緒に遊ぶことができるんだ……!

 まるで子供をあやすように背中を叩かれてどちらが年上かわかりっこない。
 彼女が戻ってくるのであればそれでもよかった。ボロボロと涙が溢れる俺をあやす祈愛。そんな俺達をマヤは優しい眼差しで見守る。


「…………戻るのはもう少し後にしましょうか。あなた方にも挨拶していきたい方がいらっしゃるでしょうからね」
「そうだ、瑠海さん……。瑠海さんもこれまでありがとう。お陰であの世界に戻…………あれ?」

 涙を拭いながらテーブルで見守っているであろう彼女に言葉を掛けるも、そこに彼女は居なかった。

「瑠海……さん?」

 キッチンを、廊下を、寝室だって。辺りを見渡しても彼女の姿はどこにもない。いつの間にか消えた彼女に俺は呆然と立ち尽くすのであった。


 ―――――――――――――――――
 ―――――――――――
 ―――――――


「はぁ…………」

 大きな大きなため息が口からでては消えていく。
 私以外にその声を聞く者はいない。ただ吐息に想いを乗せて吐き続ける意味のない作業。私はこんな自分が嫌になって更に吐息を吐いた。

「はぁ……。何やってるんでしょう、私」

 そう問いかけますが、答えてくれる人はもちろん居ません。
 あの時マヤさんから聞いた"これから"のこと。煌司さんも、祈愛さんも元の世界に戻っていくのです。
 それを聞いた私はフラフラと家からでて気づいたら草原の真っ只中に一人体育座りをしていました。

 煌司さんが生きていると知った時点でいつかはこんな時が来るとは思っていました。しかしまさかこんなに早く、そして私一人が取り残されるとは思ってもみませんでした。
 初めて心の底から好きだと言えるほど心寄せることになった愛する人。そんな彼との早くの別れ。本来なら喜ぶべきはずなのに、私は寂しさが先行したことで自分が嫌になって彼に合わせる顔がありませんでした。
 どうやって戻ろうか考えてましたが、当然出てくる結論なんてある筈もなく。もうこのままここに居てしまおうかとさえ思ってしまいます。そうしたら二人も私を探すのを諦めて元の世界に戻ってくれることでしょう。……うん、そうしましょう。きっと顔を合わせたら迷惑かけちゃいますし、それがお互いにとって最も幸せな方法―――――

「ホント、こんなところで何やってんの?」
「―――――ひゃぁっ!?!?」

 突然。
 降って湧いたように掛けられる声に体育座りだった私は驚いて大の字に転がってしまいました。
 見上げてしまう空。そんな私を覗き込むように顔を見せたのはずっと考えていた彼、煌司さん。
 彼は私の驚いた顔を見てバツの悪そうに頬をかいています。

「えっと、スマン驚かせて」
「いえ……どうしてここが……」
「どうしてって、気づいたら居なくなってたからさ。急いで探してたらマヤがここだって」

 マヤさん……!
 神様だからお見通しでしょうけど、こういう時は空気読んでください!!

 ……でも、そんなありがた迷惑なマヤさんの差し金でもどうでしょう。
 いざ彼が目の前に立つと嬉しさしか出てきません。彼が追いかけてきてくれた。私のことを考えてくれた。たったそれだけで頬が緩くなってしまう自分がいました。

「隣、いい?」
「は、はい……」

 彼は私の了承に「ありがと」と小さく呟いて隣に腰掛けてくれます。
 デート以来の二人きりの空間。私はそれだけで顔がニヤけてしまうことが隠しきれなくなるほどでした。
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