不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第4章

078.マシンガントーク

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「推し……?」
「うんっ!!」

 始業前の廊下にて。
 廊下の片隅でアイドルが話題に上がる一組の男女。

 そこは教室からは少し離れているものの通り道にあるため何人もの生徒が脇を通り過ぎていく。
 しかしおしゃべりをしている塊など辺りを見渡せば何組も居る。故に俺たちが目立つことは決してない。

 ハズなのだ――――。
 けれど目の前に立つ少女は道行く生徒の目を惹くほど目立っている。
 それもこれも、今この状況のせいで。

 彼女は俺に、ストロベリーリキッドに会わせろと言ってきた。
 その際、詰め寄るよう一気にこちらへと距離を縮めて身長差などなんのその。まるでその気になって俺が身を屈めばキスすらできるというほどまで彼女は迫っていた。
 それ故に、まるで男女が堂々と逢引しているかのような状況に俺たち、特に男女問わず人気のある小北さんが目立っているのだ。

 しかし彼女にその気が一切ないことは目を見れば一瞬でわかる。
 ただ、自分の好きな話題だということで目を輝かせているのだ。邪気など一切なく、ただただ好きなものに一直線の少女がそこにいた。


「あのねあのね!私ストロベリーリキッドをデビュー当時から追ってる麦水っ子で~。あ、麦水っ子っていうのは幾つかある通称の一つでストロベリーのストローが麦わらから来てるとこから取ってて~。 あ、そうそう。デビュー当時はみんなも中学生でね、私も初めて動画サイトで見た時はビックリしちゃった!私達とそう変わらない子があんな可愛くって歌もダンスも上手でそれで一目惚れしちゃってね!!動画出てからすぐ人気も爆発しちゃって早期に見つけた私も鼻が高いよ!
 それでなんだけどCDもライブ映像も全部持っててね、一学期にウチの学校に来てくれた時はもう感動しすぎて涙が止まらなかったんだよ!あと夏祭りのライブも行きたかったけど抽選外れちゃってさ~!悲しみに暮れてバイト入れてたら新曲発表されたっていうじゃない!あ~あっ!私も聞きたかったなぁ~!あれCDにならないかな!?
 それで私はストロベリーリキッドが箱推しで激推しで、推しメンって言われればエレナ様なんだけどやっぱりアイ様もリオ様もかっこいいよね~!あのエレナ様も誰にも媚びない堂々とした立ち振舞!私もそれに倣って毎日頑張ってるんだけどどうしてもあの凛々しさが出せないんだよ~!」

「…………」


 ………………なんだって?

 凄いマシンガントークが繰り広げられた。
 麦水って、俳人かな? あと……エレナのことなんて呼んでた?

「ごめん、推しは誰だって?」
「それはもちろんエレナ様だよ!」

 エレナ様。

「ライブでそう呼ぶといっつも怒るけど最近じゃ通例になっちゃってね!でもでも他のお二人はちゃんと笑顔で返してくれるんだよ!いやぁ、いいメンバーだなぁ……お会いしたいなぁ…………あ、前坂君は誰推し!?」
「…………俺も、エレナ様かな?」
「おぉぉぉぉ!!同士!!!」

 とりあえず一番関わりの多いエレナの名を挙げると彼女の両手が俺の右手まで伸び、ブンブンと大きく上下に揺れていく。
 印象が薄いクラスメイトだったとはいえ、ここまで情熱を持つ人だったとは。なんだか好きなものに一生懸命って、凄い。

「あっ、ごめん! 私ったら同じ趣味の人に会えてついはしゃいじゃって……」
「ううん、それでなんだっけ……会いたい、だっけ?」
「できるの!?」

 またも一気に距離を詰めてくる小北さんに少し後ずさりする。
 ここまで距離感バグってるとは驚きた。普段は……えっと……もっと明るくて真面目でちゃんと節度を持った人……だった気がする。たぶん。

「とりあえず聞いてみるけど……ダメでも怒らないでね?」
「全然全然!むしろ聞いてくれることに感謝だよ!それにやっぱり番号も知ってるんだね!…………羨ましいなぁ」

 胸元でまるでお願いをするように手を結び、こちらに輝かしい瞳を向けてくるプレッシャーに耐えながらスマホから連絡先を呼び出す。
 三人の中で誰がいいかな……エレナ推しって言ってたしエレナでいいか。


 プルルルル―――――プルルルル―――――

 少し騒がしい廊下で通話をタップすると何度かのコール音が聞こえてくる。
 二度、三度…………プレッシャーのせいで相当長く感じるコール音の中、五度目のコール音中にプツッと小さな音がし、数秒の後に聞き慣れた声が。

「――――はぁい?慎也?どうしたの?」
「あ、こちら麦水っ子の慎也だけど……エレナ様?」

 プツッ―――――


 切れた。
 
「どうしたの?」
「いや、なんか突然切れちゃって……最初は普通に聞こえてたからトンネルにでも入ったのかな?」

 なにかの手違いだった可能性もあるし、とりあえずもう一度かけ直してみよう。
 そう思って履歴から彼女の番号をタップしようとすると突然画面が真っ暗になり…………通話の表示が出てきた。エレナだ。

「――――はい」
「な…………なんでキミがその通称を知ってるのかしら……しかも数ある名の中でも一番可愛くないものを……しかも”様”って…………」
「いやぁ、そのことも含めて聞きたいことがあるんだけど……今大丈夫?」
「…………ほんのちょっとなら」

 よかった。とりあえず交渉はできそうだ。
 チラリと小北さんへと目をやると良い返事を待ち望んでいるようだった。俺は少しだけ彼女から距離を取って小声に切り替える。

「えっと、前CM撮影のときエレナに拉致られた日の話だけど――――」
「拉致とは人聞きの悪いわね。ちゃんと合意の上だったじゃない」

 訂正するようにエレナが被せてきた。
 だいぶ盛った報告で俺を乗せたけどね。

「そこは諸説あるとして、あの日のことなんだけど話してるとこをクラスメイトに撮られててね。それで撮った人がエレナに会いたいって言ってるんだけど……どうかな?」
「……ふぅん。さっきの呼び名もその人に聞いたってことね」
「そうそう。不味いようなら俺から断っておくけど……大丈夫?」
「…………」

 その言葉を境に考え込んだのか返事が返ってこない。
 やっぱり不味かっただろうか。アイドルって多忙だし、そういうのも本来ならば許されないのかもしれない。

「…………エレナ?」
「――――てるの?」
「えっ?」
「慎也。キミはその撮られた写真、それを元に脅されてるのかしら? もしそうだとしたらこちらにも考えがあるけど……」

 もしかして気を悪くしたのかと戦々恐々としていると、さっきまでのトーンとは一転して真面目な口調で冷静な言葉が帰ってきて言葉を失う。
 エレナの機嫌を悪くしたかと思っていたのに、真っ先に気にしてくれるのが俺の身を案じてくれるとは……さすがお姉ちゃん。

「そんなことないよ。むしろ凄い優しい子で俺もよく助けられてる友達だからね」
「ふぅん……慎也が無事ならいいけどね……。ま、いいわ。会うのは大丈夫よ。後で平気そうな日時と場所伝えるから」
「ありがと……」

 フッと笑って返答すると信じてくれたのか、通話口からも安堵の音が聞こえてきた。

 許可を取り付けることに成功した旨を彼女へグッと親指を突き出すと、意図を理解してくれたのか「キャァ!」と小さな悲鳴を上げて喜んでくれる。

「あ、そうだ。もう一個いいかしら?」
「うん、何でも聞いて」
「さっき『子』って言ってたけど……もしかして女の子?」

 あれ、俺そんなこと言ってたっけ?
 あんまり意識してなかった。けどそれが何か問題あるのだろうか。

「うん。クラスメイトの女の子一人」
「ふ~ん…………」

 返ってきたのはまるで此方の温度を下げてくるような冷たく簡潔な返事。

 なんだろう……一気に気温が下がった気がする。
 もしかして返答の選択肢ミスったのだろうか。でもアイさんのことを考えたら女性のほうが都合がいい気がするんだけども。

「ま、いいわ。 後でメッセージ送るから……その”女の子”だけじゃなくってキミもちゃんと来るのよ?」
「えっ、俺も?」
「当然じゃない。い・い・わ・ね?」
「は、はい……」
「それじゃ、今学校でしょ? 頑張ってね」

 プツンと彼女との通話が途切れる。
 なんでさっき女の子を強調したんだろう……。よくわからなかったけどすごい圧だった。

「ねぇねぇ前坂君!どうだった!?」
「もちろん大丈夫だって。日時は後でメッセージが来るらしいよ」
「やっっっったぁ!!! ありがと~~~!!」

 彼女は嬉しさを表現するかのようにギュッと俺の手を両手で握りしめる。
 今まで願うように組んでいた手にはその情熱を表すかのような熱と、しっとりと汗ばんでいるのを感じた。あぁ、これがファンの熱量か。

 俺は今にも泣き出しそうな彼女の肩を、予鈴がなるまで何度も励ますように叩き続けた――――。
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