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第4章
088.おねぇちゃん
しおりを挟む「ねぇねぇお兄ちゃんや」
「なんだい、偽の妹よ」
学校から出てしばらく歩き、帰り道からほんの少し遠回りするように大通りから一本ズレた道を歩いていると、隣にひっついているリオが話しかけてくる。
彼女は相変わらず左手で俺の右手をしっかりと握り、腕同士をピッタリとくっつけながらゆったりと歩いている。
我が学校周り然り、この辺は完全に車社会だ。学生も殆どが電車やバス、自転車が主で歩いている人などほぼ見えない。そんなことも相まっているのかわからないが、今のところリオに話しかけてくる人物は一切ない。さすがは問題ないと自称するだけはある。
しかし自分で言っておいてなんだが、偽の妹か。
なんだか偽シリーズが増えてきた気がする。
偽の姉であるエレナに、偽の妹のリオ。となるとアイさんは……偽の天使かな?
いや、アイさんは偽なんて付ける必要がない。あの包容力にひと目でわかる優しげな雰囲気。その上仕事や家事の能力等のどれをとっても一級だ。もはや非の打ち所のない本物の天使だろう。
「それで、どこに行くか決まったの?お兄ちゃん」
「…………」
しまった。何も考えてなかった。
とりあえずブラブラしてたら何かいいところでも思いつくだろうと考えていたけど結局何も出てきていない。
この辺は繁華街からも結構離れてるしあるものといえば適当な飲食店くらいだ。ボウリングやショッピングしようにも一度バスに乗らなければならない。
「リ、リオは何か思いついたの!?」
「ん~……」
適当にごまかすように聞いたがどうせ何も浮かんでいないことはバレているだろう。
彼女は歩きながら手を口元にやりしばし考える素振りを見せた後、スッと進行方向へと指を差す。
「たしか、向こうに30分くらい歩くとえっちなホテル街が――――」
「――――さ、この近くにあるスイーツ店でも探そうか!」
とんでもないことを言い出すリオを差し置いて、スマホを取り出しここらの飲食店を検索する。
危ない危ない。そんな所行ったら俺もリオも大問題になるだろうに。今の俺達は学生服だ。入るところを誰かに見られた時点で終了。そもそも私服でも行くつもりはないのだが。
「むぅ……仕方ない。何か美味しそうな店でもあった?」
「調べてるけど、ここらってチェーン店ばかりでそういうのはあんまり……」
いい店を探そうにもやはり繁華街からは遠く離れた地域と言うべきか、検索して出てくるのはよくあるチェーン店のみ。しかも回転率重視のところばかりでゆっくりできる場所が見つからない。
「そうだよねぇ……昔のここらを知ってるけどそういう店って全然――――むっ?」
「ん?」
ふと、二人歩幅を合わせて歩いているところに、突然彼女が立ち止まって俺の腕が引っ張られた。
何事かと思ってその顔を見ると彼女の視線は下を向いている。それに釣られるように俺も下へと向けると、何やら足元に丸いものが転がっていることに気がついた。
「なにそれ? 持ってきてたの?」
「いや……足に当たってきて。そこから飛び出したみたい」
俺から手を離し、リオの腕に収まったのは競技に使うようなものではなく、小さい子が遊ぶようなよく跳ねるボールだった。
リオが視線を向けた先は公園の出入り口。
エレナと会った時の公園とは比べ物にならないほど小さく、野球の内野ほどの広さしかない公園だ。もしかしなくても公園から飛び出したのだと察すると奥から一人、テコテコと歩いてきていることに気がつく。
「おねぇちゃん……」
「およ?」
それは小さな女の子だった。少し控えめな声を上げながら公園から出て近づいて来る園児くらいの女の子。
所々土のついた朱色のサロペットパンツにボーダーのシャツ。
黒い髪に親のものであろう大きなバケットハットから覗かせる瞳がリオの方へと向いていた。
「もしかして、このボールはキミの?」
「うん……」
「そっかそっか。気をつけてね」
顔よりも大きいボールを受け取り、胸に抱く少女はそのまま立ち去るかと思いきや動こうとしない。
それどころかボールを見ること無くリオの方へ固定されたまま。
「……おねぇちゃん、みたことある」
「リオ、もしかして……」
「うむ。影の薄い私を見つけたことも凄いけど、こんな小さな子にまで知られてるなんてねぇ……親御さんの影響かな?」
親御さん……そうだ。 こんな小さな子が公園で遊んでいるのなら近くに保護者も居るはず。
どこにいるかと公園の奥の方へと目をやると、最奥にはベンチに荷物を置いてこちらに駆け寄ってくる女性の姿が。
丁度俺と目が合ったことで互いに軽く会釈をする。
「のぞみ!大丈夫!? ボールを飛ばしちゃダメって言ったでしょ!」
「ごめんなさいママ……」
ここまでたどり着いた母親はボールを手にする少女ごと持ち上げてその胸に抱く。
ちゃんと謝れるなんて偉い子だ。俺にもこんなに素直な時代があったっけなぁ……
「ウチの娘がすみません。汚れとかありませんか?」
「いえ、全然。大事なる前にボールに気づけてよかったです」
深々と頭を下げてくる母親にリオから目を離そうとしない女の子。
リオはそんな姿を見て、軽く微笑んでから手を振ると、追従するように女の子も手を振り始めた。
「ママ、ママ」
「ごめんねのぞみ。今ちょっとお兄さんと話してるから……」
「ママがふぁんって、いってたひとがいる」
「ファン……?誰か似た人でも…………ぁっ――――」
ようやく母親もリオの存在に気がついたのだろう。
女の子が指差す方に怪訝な表情をしながら視線を動かすと、その顔は段々と驚愕に変わっていき口元を手で覆う。
そのまま女の子を抱っこしながら数歩後退りし、今度は俺とリオを交互に見やってくる。
「えっと……人違いだったらすみません。 もしかして、アイドルの――――」
「こんにちは。リオっていいます。 アイドル……をやってますが今日はちょっとオフなんで……コレでお願いします」
「は……はいっ!わかりましたっ!!」
リオが口元で人差し指を立てるのを見て、まるで首が取れるんじゃないかと思うくらいブンブンと頭を縦に振る母親。
この二人以外に人がいなくてよかった……。 いたらあっという間に噂が流れて彼女たちの仕事に支障をきたすだろう。
「その……オフって言いましたがもしかしてそちらの方は……」
控えめに問いかけながら今度は俺の方へと視線を向けてくる。
やっぱりそう思うよね。恋人同士だと思われるよね。
でも、残念ながらそういった事実は存在しない。
否定しようと腕を動かそうと思ったその時、腕にリオの手が添えられて挙げようとした手が遮られる。
「違いますからね?恋人とかそういうのじゃありません」
「えぇ。私の片思いです」
「リオ!?」
身振りがダメなら言葉で。
頑張って言葉を選びながら否定したのにリオが全部ぶち抜いていった。
母親はといえば「やっぱり!」声を上げながら目を輝かせている。あぁ……噂が怖い……
リオは腕に寄り添ってくるし、噂なんて一切気にしていないようだった。
まさか本当に……本当にアイドルを捨ててもいいなんて思っているのか。
「ぁ――――! す、すみません余計なこと聞いちゃって!この事はお墓に持っていきますので!!」
「おねぇちゃん?」
再度頭を下げる母親に合わせて少女がリオを呼びながら手を伸ばしてくる。
リオも、フッと軽く微笑んで一歩近づき、その伸ばされた小さな手を優しく包んだ。
「どうしたの?のぞみちゃん」
「…………あそぼ?」
「こらっ!のぞみ! お姉ちゃんたちは今忙しいんだからそんなこと言っちゃいけません!」
「いえ、いいんです。 それじゃあ遊ぼっか。何したい?」
「ボールあそび!!」
まるで抱っこを嫌がるかのように、抱かれた胸の中で暴れるのを見て母親は地面へと着地させる。
無事両の足で立った少女は手に持ったボールを差し出すようにリオへと向け始めた。
「お母さん、この子と遊んでも構いませんか?」
「リオ……さんがいいのであれば……」
「ありがとうございます。……ごめんね慎也クン。デートはちょっと中断かな?」
ボールを受け取ったのを見て公園内へと駆け出す女の子を見送りながら俺へと謝罪するリオ。
別に、そんなこと気にしなくていいのに。
「ううん、こういうのもいいと思うよ。ほら、あの子呼んでるから行ってあげたら?」
「そだねぇ。優しい彼氏を持ってわたしゃ幸せもんだよ」
彼氏じゃないと言うに。お兄ちゃん設定どこ行った。
ボールを手にしたリオはブンブンと手をふる女の子のもとへ向かうために母親の脇を通り過ぎる。
取り残された形になってしまった俺と母親は、目が合った拍子に苦笑いしあってお茶を濁すのであった。
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