不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第4章

087.おにいちゃん

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「お………おにっ―――!?」

 ガタン――――と。
 思わず後ずさりしたことによって椅子が動き、二人だけの教室に無機質な音が響く。
 
 ダブルパンチだった。
 意図的であろう間接キスを行った人差し指に、不意打ちとも言える「お兄ちゃん」呼び。
 間接キスは言わずもがな。「お兄ちゃん」は紗也が向こうに戻って間もないうちに少し寂しいと思いつつ過ごしているさなかでのこれだ。始業式の日はエレナたちのお陰でそんなことを考える余裕も無かったが、ここ数日は一人で居ることが多かったのが災いした。

 もう数日待てば一人にも慣れる正念場。
 一番寂しいと感じていたときに妹の如く来られると怯んでしまう。
 ましてや紗也の親友でもあり、俺に告白してくれたリオだ。そんな彼女がこうも迫ってこられると効かないわけがない。

「おにぃちゃん?」
「っ――――!」

 心配そうに一歩近づいてくる少女の姿に言葉を失ってしまう。
 そのクリンとした大きな瞳、ダメージを受けて変わってしまった俺の髪とは違い、綺麗に手入れされた茶色の髪の毛。寄ってくるたびにその軽くウェーブのかかった髪が揺れ、ほのかな爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。

 その上普段の私服や映像で見るような衣装ではなく我が校の制服だ。
 日常と非日常が混ざりあった光景に、俺の脳はえも言えぬ感覚を覚えてしまう。

 水色や白を基調としたセーラー服に胸元から見える灰色のキャミソール。半袖が故に露出している細い腕が俺に伸び、手のひらの冷たい感触が頬へと触れられる。

「デート……しよ?」
「わかった! わかったからちょっと離れて!!」

 まるで懇願するような情けない声が出てしまい、彼女は表情を崩すこと無くそっと離れてくれる。

 あの日、初めてあった日の告白は冗談またはからかいかと思った。
 けれどあの花火の日。あの時俺にしか聞こえない声量で言ってくれた言葉は本物だった。


 『アイドルを捨ててもいいくらい貴方が好き。ずっと貴方と一緒に生きることを考えて過ごしてきた』


 そう、彼女はアイドルなのだ。それもこんな、悠長に学校へと通うような暇なんてあるはずないほど売れているレベルの。
 そんな彼女が全てをなげうってもいいと言ってくれるほど想いを寄せてくれている。
 リオの想いを自覚してからは正直、どう接すればいいかわからない。俺からしたら雲の上の存在なわけで、元はと言えば妹の友達。どっちの感覚で接していいかわからずずっと考え、未だ答えに至っていない。

 住む世界が違う雲の上の存在である彼女に近づいていいわけないのだが、こうも心を開いてくれて、彼女から来てくれるとなると脳がおかしな事になってしまう。

「……わかった。 どこに行くとか考えてるの?」

 ムゥと頬を膨らませながらなんとか離れてくれたお陰で僅かながらの平静を取り戻すことができた。
 兄だの恋だのを抜きにしても遊びに行くのは賛成だ。どこでも良いからここらでパァッと遊んでしまいたい。

「ん~……どこでもいいけど……カラオケとか?」
「ごめん、それ以外で」

 どこでもいいと思ったが、やっぱりカラオケだけはやっぱりダメだ。
 カラオケには小北さんが居る。いくら俺でもデートと銘打った以上、余計な関わりは回避したい思いくらいは理解している。どの店舗かまでは聞けていないがリスクのあることはしないほうがいいだろう。

「むっ……じゃあ……慎也クン家とか?」
「それってデートなの?」
「そうだよ~。おうちデートって言うじゃん。じゃなかったらどこかプラプラ歩くとかでもいいよ?」

 プラプラ歩くねぇ…………

「歩くと言ってもリオの変装道具は……いらないか」
「うん。夏祭りの日に実感したでしょ?私影薄いから大丈夫だって」

 最初こそエレナやアイさんのように変装に気を使うべきかと思ったが、以前の事例で実感したせいかその考えはすぐに捨てる。
 確かにで店をまわっている時、彼女は一切の変装をしていなかった。原理などサッパリだがきっと大丈夫だろう。

「じゃあ、どこか適当にぶらつこうか」
「りょーかい! じゃあ、ほいっ!」
「……なにこれ?」

 掛け声と同時に出されたのは右腕。
 その手のひらは上を向いていて、なに?何かくれって?

「……はっ!もしかしてお金!?」
「うむ。私のデート券は高いよ~? 国家予算は軽く超えるからねぇ」

 国家予算って今いくらだ。
 残念ながら俺のお小遣いは生活費を除けば相当少ない。以前CMで貰った額が大金に思えるくらいに。

「それは払えないかなぁ。なんとかマケてくれない?友達価格とかで」
「よしきたっ!慎也クンなら特別価格!なんと無料で購入可能です!それも永久保証付き!!」
「まぁお買い得!……じゃなくて――――」

 リオはいい感じに乗ってくれるなぁ。きっと冗談ではないであろう内容が恐ろしいが。
 しかしあの二人と同じく、もはや俺に拒否する選択肢などないだろう。夕焼けに照らされる中、差し出された手に自身の手を乗せる。

「手、だよね?」
「せーかい。慎也クンが望むなら本当にタダであげちゃうよ?」
「それは…………心の整理がついたら返事をするよ」

 本当に情けないが答えを先延ばしにすることしか今は出来ない。あの時から変わらない返しに嫌われてもおかしくない返事だが、彼女は何も言わずその手を結んで俺の腕に身体を寄せてくれる。

「返事、待ってるね。3年頑張って上り詰めたんだから、もうちょっとくらい頑張れる……。でも、今日は一緒に居てね?」
「もちろん。俺で良ければ」
「よければじゃなくて……慎也クン……じゃないとヤ……」

 そう、小さく言葉を呟いてコテンと俺の腕へと頭を乗せるリオ。

 以前もだったが、リオがこの教室に来たら性格が変わっているような気がする。
 普段から飄々としていてとらえどころのない性格だが、ここだとどうにも甘えてくる気が強い。
 でも俺としては嬉しいし、わざわざ指摘するほどのことでもない。

 少しだけ教室に静寂が包まれたが、すぐに元の調子を取り戻した彼女は頭を起こして少しだけ腕を引っ張って俺の意識を引く。
 そうだね。あんまり教室に居るものアレだし出ていかないとね。

「それで……どこに行くんだっけ? 休憩ができてベッドのある建物だっけ?」
「…………」
「あぁっ!無言で手を振り払おうとしないで!!」

 早く行こうとの合図かと思ってたのに、飛び出した言葉は1個下の中学生らしからぬ提案。

 アーティスト寄りだとしてもアイドルがそんなこと言うんじゃありません!
 結ばれている手を引き剥がそうと身体を捻って腕を振り払おうとしても払える気配は一切ない。
 あれ?もしかしてリオってだいぶ力強い?

「はぁ……。まったく、バカなこと言ってないで日の暮れないうちに行こうか」
「うんっ!……あっ!ちょっとまって!」
「?」

 勢いよく返事をしたと思えば何かを思い出したように静止を求める彼女。
 そのまま繋がれた手を名残惜しそうにしながらもそっと離し、一人廊下の方へ向かっていく。

 そのまま姿が消えたと思ったら扉のくもりガラスから人影だけは把握できた。
 彼女はガラスの向こう側でおもむろにしゃがみ込んでモゾモゾとした後、すぐに立ち上がって再び教室へと駆け寄ってくる。

「よしっ! それじゃあ今度こそ行こっ!」
「バッグ……?それ、何入ってるの?」

 俺は思わず廊下に置いてあったであろう持ってきた物を指差して問いかける。
 それは彼女のエナメルバッグ。中身は一杯に詰め込まれているようで少しだけ膨らんでいる。

「ふっふっふ。これは後でのお楽しみ。 あ、重くはないから持ってもらわなくても大丈夫よ?」

 誤魔化された。しかも俺が持って中身を確認する作戦も先手を打たれてしまった。
 少しだけ不安に思ったが、彼女は突拍子もないことをするけけど決して迷惑になるようなことはしない。きっと大丈夫だろう。

「……じゃあ、行こっか?」
「は~いっ!!」

 エナメルバッグを背負った彼女は俺の腕に寄りかかったまま元気に返事をする。

 さて、どこに行こう。
 俺はこの辺りの地図を脳内で展開しながら、どこかふさわしい場所を選定して学校を出るのであった――――。
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