不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第5章

123.幕間4

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「なんてこと言うのお母さん! もういい!私こんな所に居られない!!」
「なっ…………! ちょっと! どこ行くの!!」

 これは私、小北 美代が今よりほんのちょっと前の話。
 当時の私は親とほんの少しだけ折り合いが悪く、度々喧嘩をくりかえしていた。
 そんな日々でも今日はとっておきあたりが強い日。熱の入った応酬がどんどんヒートアップしてきて、気づいたら私はこれまで選択してこなかった最後の言葉を口にしていた。

 衝動のままに机の上にあった財布を手にして家を飛び出す。

 もうあの家は耐えられない。
 今まで我慢してきたがもう限界だ。
 直情的に飛び出した私はただただ家から遠く離れることだけを考え、真っ直ぐ、ひたすら前へ前へと足を動かす。

 涙が溢れるのも、道行く人が振り返っても目もくれず進み続ける。
 住宅街を過ぎ繁華街、幹線道路を更に越え、今まで抱えてきた思いを脚に乗せるようにあてもなく走り続ける。




「はぁ…………はぁ…………」

 気付けば、どことも知れぬ住宅街のど真ん中にまでたどり着いていた。

「ここ……どこ…………」

 ここは一体……私はどこまで走ったのだろう。
 幹線道路を過ぎたとこまでは覚えている。そこからどっちの方向へと進んだかわからない。
 辺りを見渡しても見えるのは一軒家のみ。殆どの明かりは消え去って、明かりが付いていてもカーテンが閉じられているため、街灯だけがこの世を照らしているような気がして随分と不気味に思えてしまう。

「スマホは……ぁ…………」

 時刻と現在地を調べるためスマホを取り出そうとして気がついた。
 バッグを持ってきていない。衝動のまま飛び出したおかげで漁ったポケットには小さな折りたたみ財布以外入っていなかった。

 季節は夏を過ぎ、もはや秋へと入っていく頃。
 そして自らの格好は部屋着。ジャージのパンツにTシャツ一枚。
 夏が過ぎて間もないとはいえ、風が吹く外では肌寒い格好。

「~~~~!!どうしよぉ……駅の場所もわかんないし……」

 一陣の風に吹かれて身体を抱えて身震いをする。
 場所は最悪住宅街の誰かに聞けばいいけど、できることならしたくない。

 財布があることは幸いだが行くアテもない。
 友達の家……ダメ。家の場所がわからない以前に受け入れてくれるほど仲の良い友人なんて居ない。
 ホテル………ダメ。未成年が一人で入れるわけがない。
 警察…………ダメ。一番可能性としてはありだが、ご厄介になると帰らされること確定。

 そこまで考えて自らの危険性に気がついた。
 見知らぬ地にこの軽装。もし危ない人と遭遇したら絶好のカモじゃない。



 現状の危険性に気がついた私は慌てて人気の多い場所を探す。
 あっち!?それともこっち!?もうどっちから来たかすらわからない。
 どうしようと背筋に嫌な汗が垂れたところで、道の向こうから一台の車がやって来ることに気がついた。

「普通のであって……!」

 小声で祈るようにしながら壁に張り付くようにして車をやり過ごす。
 もし危ない人が乗っていたら。私を狙っているんだとしたら……そんな嫌な想像ばかりが頭の中を駆け巡る。
 
 段々と白いランプが近づいていき、いざすぐ先の位置にまで近づかれたところでその車の正体を確認することができた。
 自家用車に比べて背の低く、少し平べったい形の車。
 あれはそう、タクシーだ。

 よかった。変な車じゃなくって。
 そう安心して肩をなでおろすと、いつの間にか私の身体が動いていた。

「えっ……」


 寂しさが限界に達したのか暖かさを求めたのかはわからない。

 勝手に、無意識に上がる右腕。 従うようにすぐ側で停車するタクシー。
 なぜ私はタクシーを止めたのだろう。確かに表示版には『空車』と書かれていた。手を上げたら止まるのは必然だ。
 この恐怖におののいて無意識に帰りたがっていたのだろうか。いや、そんなことは認めたくない。私は自分の意志で家を飛び出したのだから。

「お客さん?」

 開いた窓から女性の声が聞こえてくる。
 どうやらタクシーの運転手さんは女の人のようだ。それなら……まぁ……。
 私は同性であることに安堵しつつ、初めてタクシーの一人乗りを実行するため助手席の扉を開ける。

「どちらまで?」
「…………」

 どこまで?
 どこにしよう……海?そんなとこまで行くお金があるの?そもそも行って何するの?
 ならば駅?帰るつもり?出てった家まで。

「……えっと」
「あ! すみません……その……これで、行けるところまで」

 私は財布から五千円札を取り出してシートの間に置く。
 コレが私の全財産。これでどこまで行けるかはわからないが、家を出た以上行くしかない。

「……わかりました」

 運転手さんは何を言うわけでもなくただ従ってくれる。
 あぁ……行っちゃうんだね。行ってからはどうなるんだろう……私に残されたものはもうこの身一つしかない。最悪は…………いや、それだけはダメだ。他の手段が何かしらある。それを必死に模索しよう。



 車内には邪魔しない程度に小さくラジオが流れている。
 音楽番組だろうか。詳しくないが、教室で誰かが流しているのを耳にした覚えがある。

「お客さん、何かありましたか?」
「それは……その……」
「いや待ってください。当ててみます。そうですね……家出とか?」
「えっ!?」

 見事言い当てられたことに心臓が大きく高鳴った。
 何故わかったの。もしかして、ずっとつけていたとか?家出をする私を追うようにお母さんが仕向けたとか?

 動揺したことでそれが真実だと見抜いたのか、運転手さんはチラリと視線を動かしてすぐ元に戻す。

「なんでわかった……そんな顔をしてますね。簡単ですよ。私とおんなじ顔してます」
「おんなじ……?」
「えぇ。この世の終わりのように絶望して、行く宛もない顔です」

 ふと、前にかがむようにして帽子の下に隠れている表情を見て私の身体は大きく震えた。
 目の下の大きな隈、覇気のない瞳、そして笑っているにも関わらず一切目に感情が無いのだ。
 ふと正面に見えた顔写真に目が移ると、そこには類を見ない美人が映っていた。若く、制服を着れば高校生でもやっていけるだろう女性。

「この写真ですか? 春に撮ったんですよ。もう半年になるんですね…………」

 半年。
 半年でここまで変わるというのか。一体この人には何が……

「私のことは気にしないでください。それで、何かありましたか? 私もまだ18……いえ、今19になりましたね。年も近いですし話し相手くらいはなれると思いますよ?」

 思考を遮られるように続く言葉につられて車内の時計に目をやると、日付変更の0時丁度を指していた。
 家を出たのは22時過ぎ。だいぶ走っていたんだ。私は観念するようにポツリポツリとさっき起こったことを白状する。

「私、小北 美代って言います」
「うん、美代ちゃん。随分と若いけど……年は聞いていいかな?」
「…………14。中2です。ごめんなさい!補導だけは!」
「大丈夫大丈夫。そんなことしないから。それで、何かあったの?ちょっと早いけど受験絡みかな?」

 私はゆっくりと首を縦に振る。
 そう、受験。私は受験に関してお母さんと……

「私、行きたい学校があるんです。風土も評判もよくってノビノビと学校生活を送れそうな学校が。でも、お母さんはそれより数段上の学力を求める高校を提示してきて……私の今の実力も、意思も無視して『今から頑張り続ければ行ける』の一点張りで」
「……うん」
「お母さんの望みの学校を行っても、きっとついていけないだろうから……。 今日思い切って行きたい学校を伝えたら『そんな高校だと不幸になる』って……。私、幸せになりたいから学校選んだのにそんなこと……。お母さんはそれから何も聞いてくれなくなって、勢いで……」
「……そっか」

 運転手さんは小さく返事をするものの何を言うわけもなく運転を続ける。
 やっぱり……お母さんの言うことに従ったほうがいいのかな……?

 段々と目の前が霞んでいく。
 ダメだ。せっかくお母さんに反抗してまで家を出たのに。
 ここで心が折れたらまた行きたくもない学校に行かされてしまう。




「――――ねぇ美代ちゃん。 ちょっと私の話、聞いてもらえないかな?」
「え? は、はい……」

 瞼に溜まる涙を必死に耐えていると、ふと赤信号で停まると同時に話しかけてきた。

 私の話はそれだけ……?聞くだけ聞いてなにもないの?
 そんな私の思いに反して運転手さんは話を続けていく。

「私さ、家がとっても貧乏で。大学だってお母さんは無理してお金作ってくれてて『行け』って言われてたんだ。でも私は少しでも家を楽にしたいからすぐ働けてお金も稼げるここを選んだんだよ」
「はぁ……」

 それと私の話に何か関係があるの?
 胸の奥になんとも言えない感情が渦巻くのを感じていると、赤一色で照らされていた辺りの色がパッと青色に変化した。

 青信号になったのを確認した運転手さんはアクセルを踏んで車を発進させる。
 その時に見えた歪む口元は、心から笑っているのか自虐的な笑いなのか……

「意気揚々と入ったんだけどそこは激務。仕事に追われて一日の終わりと始まりが5時間程度。毎日シャワー浴びてちょっと寝ることくらいしかできないね」

 5時間。
 眼の前の女性に与えられた僅かな時間に私は息を飲んだ。
 運転手さんは忙しいと聞くけどそれほどまでに激務なのかと。

 それだともう、まともに暮らせないんじゃ……。
 ――――そこで気づく。だから写真と今の顔が……

「気づいた?半年で私もこんなに変わっちゃった。むしろ半年も持った事が凄いって言うのかな?」
「その……つまり、後悔したくなければ黙って親の言うことを聞けってことですか?」

 なんとなく察しの着いた私は先回りするように結論を問いかける。
 すると「あはは!」と笑い声が車内を駆け巡った。

「違う違う。いくら頑張ったところでそれが報われるとも限らないってこと。確かに勉強は大事。この先どうなるかわからない以上、点数や学歴という一種の指標はより良いものにすべきだね」

 そう、お母さんもそう言っていた。『どうなるかわからないから少しでもいい学校行きなさいと』
 同じことを突きつけられているような気がして頭を落とすと、フッと肩に手が乗せられる感触が。

「でもね美代ちゃん、どう転ぶかわからない人生。指標がよくったってしんどい思いする人はいるんだ。そんな思い通りにいかない人生なら後悔しない道を選んだほうが良いでしょう? もちろん、最低限の頑張りは必要だけど」

 その言葉に私は虚を突かれるような思いをした。

 それは……親も、先生も誰も言わなかったことだった。
 成績に固執するな。やりたいことをやれ。そう言われたことなんて初めてだった。ならばと私はふとした疑問を口にする。

「なら……運転手さんは後悔、してないんですか?」
「もちろん。頑張った分お金はもらえたからね。 でもちょっと頑張りすぎたかな……私は今月を最後に辞めて、あとは貯まった貯金をもとにノンビリ次を探す予定だよ」

 そんな生き方があるのか。
 ただ用意されたレールしか見えなかった私にはその自由な生き方が輝いて見えた。
 疲れ切った顔をしているのに、よく見れば何もないと思われた目の奥には輝きが。

 暗闇の奥に見える微かな光。先に待つ希望。自ら掴み取る意思。
 よくよく見ないと気付かない、初めて見る輝きに打ち震えていると、ふと聞こえてくるラジオが一層強く沸き立っていることに気がついた。

『続いては!デビュー前なのに動画サイトの楽曲が大きく話題になったアイドルユニット!!ストロベリーリキッドの楽曲です!!』

 ラジオから聞こえだすのは初めて聴く音楽。
 音楽なんてどれほど聴いてこなかっただろう。中学に入ってからこっち、ずっと上の高校をということで勉強をしていた。
 聞こえてくるのはアップテンポの明るい曲調。まるで私を励まして、勇気づけてくれるような、そんな感覚がストンと胸の中で落ちるのを感じた。

「たしかこのグループ……みんな中学生だってね。1年から3年の一人づつ」
「中学生…………」

 私と同じじゃないか。
 同い年でこんな曲を歌って。生き生きと聞こえる声は、落ち込む私と正反対だった。

 そっか……後悔しない道を……。

「……その顔だと、もう大丈夫そうだね」
「――――はい……!」

 運転手さんに励ましてもらい、初めて聴く曲に後押ししてもらった私はかつてないほどやる気に満ち溢れていた。
 もう一度お母さんと話してみよう。説得できるまで、何度も。

「それじゃ、ここらへんでいいかな?」
「あ、はい。ありがとうござ…………ってここは…………」

 いつの間にか五千円分を使い切っていたのかと外を見ると、そこは私の最寄り駅だった。
 ここからなら家まで約5分。何故私の最寄り駅がわかって……

「来た道を考えたらここかなぁってね。どう?合ってた?」
「はい……はい!ありがとうございます。 でも、お金は足りました……?」

 つまり私はひたすら真っ直ぐ進んでいたということに……。
 走りとはいえ2時間の距離かつ深夜。割増料金含め五千円で足りるだろうか。もし足りないなら家に帰ってお母さんに無理を言うか……

「お金?はて?何のことだい?」
「え?だって最初に五千円…………」
「ほら、表の表示見てご覧?」
「……? ……あっ!!」

 言われるがままに表の表示盤を目にし、思わず声を上げてしまった。
 そこに書かれていたのは『回送』表示。もしかして、最初から…………

「悩める少女からはお金は取れないよ。怒られるだろうけど、もともと辞める身分だしね。気にしない」
「その……ありがとうございます」
「いいのいいの。あ、でも最後に……」
「?」

 お札を手渡された私は大人しく運転席に近づいていくと頭を撫でられた。
 そして、ギュッと私の両手を包み――――

「美代ちゃん、原動力を探しなさい。夢でも目標でも、好きな人でもいい。自分にとって大切なものを持てば何でも頑張れるから」

 「私にとってのお母さんみたいにね」と、疲れながらも笑みを見せてくれた。
 私はゆっくりと頷き、車をそっと降りる。

「はい……!ありがとうございました。 最後に……お名前を……」
「そういや言ってなかったね。 私、田宮 奏代香たみや そよかっていうの。もしまた会ったらよろしくね?」

 それだけを言い残してタクシーを発進させる奏代香さん。
 私は車が見えなくなるまで、ずっとその場で頭を下げ続けていた――――。
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