不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい

春野 安芸

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第6章

145.一触即発

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「じゃじゃ~ん!ここが私の家よっ!!」
「――――」

 ――――空いた口が塞がらなかった。
 『じゃじゃ~ん』などという死語にも近い効果音とともに自信満々に示された眼の前の建物に顔を上げる。

 示されたのは正真正銘エレナの家。

 ――――目の前に鎮座するは、何の変哲もない普通の一軒家だった。
 こう言っては失礼だが、田舎という先入観からか瓦屋根の野球ができるくらい大きな平屋、もしくは洋風の豪華絢爛な屋敷が建っていると想像していた。しかし現実には、目の前に見えるのは普通の、ごく一般的に見る金属屋根を持つ家だった。
 枯色壁に2階建て、扉の正面には一台だけ止まれる屋根付きの駐車スペースという普通の家。

 家だけを切り取るとウチの近くにあっても何らおかしくない。一点だけこの土地らしいと挙げられそうな部分をいえば、隣接する裏手が田畑になっていることだろうか。
 冬だからか植えられているものはなにもない。茶色の土に刈られたであろう黄色の草が見えるだけ。

「どう、想像と違ったかしら?」

 あまりにも呆然としすぎていたからだろう。彼女のコホンという咳払いの声にハッと意識を取り戻す。

「ごめん。ちょっと、思ったより周りに溶け込んでるんだなって驚いて」
「普通って言ったじゃない。アイもリオも似たような感じの家よ」
「正確に言えば私だけマンションだけどね~。高台の」

 リオはマンション住まいと。
 高台というのは川向こうの学校とかある地域だろう。
 なるほど。前から田舎、田舎と聞いていたうえ、トップアイドルだから実家は相当なものだと先入観が入っていたが、その実何ら変わらなさそうだ。

「ってわけで、早速インターホン押すわね」
「え!? 待って!まだ心の準備が!!」

 いまだ飲み込みきれていない俺をそこそこにインターホンへ手をかけるエレナ。

 これが神鳥さんの家ならばとくに何も気にすることなく俺も首肯していただろう。しかし今回会う相手はエレナの親。一大イベントの手前、まだ心の準備がほしいと声を上げる。

「もう十分待ったでしょう! え~いっ!」

 しかし俺の懇願も虚しく、エレナは外壁に設置されたインターホンを容赦なく押してしまった。
 『娘を誑かして!』と殴られたりしないだろうか。通報されたりしないだろうか。そんな不安だけが胸の内を渦巻いていく。

 いっそ留守ならいいのに……などと後ろ向き過ぎる考えにとらわれていると、インターホンの無機質な音からすぐ、家の中から「は~い」とくぐもった声が聞こえてきた。
 これは……女性の声だ。母親だろうか。声とともにパタパタと駆ける音がして目の前の扉がゆっくりと開いていく。

「どちらさ――――あらぁ!エレナじゃない!!」
「ただいま!ママ!」

 中から現れたのはエレナと同じ美しい髪を持つ、モデルのような女性だった。
 日本人離れした鼻の高さにくっきりとした顔立ち。ブロンドの髪を肩まで伸ばし、碧色の瞳を持つ女性。
 ニットセーターを着ているためかそのスタイルは起伏がはっきりと映し出されており、身長・スタイルともにグラビアモデルをしていてもおかしくない、アイさんとほど近い体型をしていた。
 エレナは『ママ』と呼んだが、その美しさは姉妹と言っても通じるほど。女性はサンダルを鳴らしながら駆け寄ってきてエレナとギュウとハグをする。

「お昼過ぎって聞いたのに早いじゃない!一年も帰ってこないで心配したのよ!」
「ごめんね。でも頻繁に電話してたじゃない」
「実際に顔を見るのとじゃ違うんです~。……元気そうで安心したわ。それと、アイちゃんもリオちゃんもおかえりなさい」

 彼女に視線を向けられた二人も「ただいま」と口にしてお互いにハグを交わす。
 三人とも同郷だから知り合いなのは当然か。抱きしめられたその顔はすごく嬉しそうに笑っている。

 仲睦まじい母娘とその友人たちの再会。いい話だなぁなどと思っていると、そっとリオから離れた女性は順番、というように今度は俺の方へと視線を向ける。

「それであなたがエレナの話に出てきた―――」
「はっ……はじめまして。前坂 慎也です」
「はじめまして。年越し早々こんな遠くまでよく来てくれましたね」

 俺がその場でお辞儀をするのを見て彼女も深々とお辞儀をしてくれる。
 よかった。話は通っているようだ。エレナのことだからサプライズと称して何も話をしてないかともヒヤヒヤしていたが、そこはちゃんと筋を通したのだろう。
 でも、どこまで聞いているのだろう。俺のことをどういう説明しているのだろうか。

「いえ、ちょっとした旅行だと思えば全然。ちなみに、話というのはどこまで――――」

 そこまで聞いた瞬間、言葉は遮られ、突然視界が闇に覆われた。

 辛うじてわかったのは頭上への優しい圧力。
 後頭部を押され、いきなり前方に引き寄せられるかと思ったら顔面が何か柔らかなものに包まれた。

 全くの不意。
 その突然の出来事に、俺の狭まった思考領域では何が起こったのか理解することすらできず、ただ目をパチクリさせされるがままになってしまう。

「あ~んっ!可愛い子ねぇ! エレナから聞いてますよぉ!私たち・・の息子になってくれるんですって!!」
「~~~~~!!!!」

 柔らかなものに包まれた俺はその場で、二つの意味で声にならない声を発してしまう。

 一つはその言葉の意味。
 俺たちは曖昧な関係ということでなぁなぁと過ごしてきた故に、エレナの母親の息子……つまりそういう関係になるという話は一切してこなかった。
 故にまるで確定事項のような彼女の発言。事実無根ともいえる伝達のすれ違いに思わず声を上げてしまう。

 そして二つ目。それは今の状況。
 声の位置で気づいたが、後頭部から引き寄せたのは彼女の手。そしてその先は彼女の豊満な身体だった。
 俺よりは低いとはいえ女性としては十分ある身長、そして何より十二分に良いといえるスタイル。そんな彼女の胸元に引き寄せられていることに気がついた俺は目を見開き、声を上げてしまった。

「なぁに~? 耳まで真っ赤にして~。エレナの身体じゃ無理もないわねぇ!いいのよぉ?思いっきり埋めても~」
「~~~~~!!」

 抗議の声をあげようにも思い切り顔が埋め尽くされていて言葉を発することができない。
 バタバタと身振りで伝えようにもまったく伝わっていないようだ。

 何をしようとも伝えることができないと諦めかけたその時、突然腕が何者かに引っ張られてそちらに身体が引き寄せられてしまう。

「ママ! そういうのは間に合ってるからいいの!!」

 代わりに抗議の声を上げ、引き寄せたのはエレナだった。
 彼女は身長差のためか母親のように受け止めることができなかったものの、俺の身体をギュッと抱きしめて彼女を睨みつける。

「あらぁ? エレナ、1年経ってもあんまり身体のほうは成長してないけれど……満足させてあげられるの?」
「っ…………! それは…………」

 母親に残酷な事実を突きつけられたエレナは眉間のシワが深くなる。
 一方母親は腕組をするように、両腕でバストを持ち上げるように抱いて、そのスタイルの良さを強調させる。

「そっ……そういうのはアイとリオがいるからいいのよ! パスッ!」
「はいよ~。 いらっしゃい慎也クン」

 突き飛ばすように押しのけられた俺は勢いに従って足をよろめかせると、今度はリオに抱きとめられた。
 リオは先程の母親同様、その胸元で俺を抱きかかえると思ったよりもある柔らかさが頬にまで伝わって来る。

「そうですよ!慎也さんを癒やすのは私の役目ですので御用じゃありません!」

 俺と母親の間に立って講義するのはアイさん。
 かばってくれるのは嬉しいけど……謎の勝負が始まっている気がする。

「あらそう? でも包容力なら私のほうが――――」



「そこまでにしておきなよ。ママ」

 迎え撃つように一歩前に出た母親が口を開いたその時だった。
 言葉を遮って発せられるは玄関からのもう一つの声。男性の声だった。

「……! パパ!」

 パパ。
 エレナにそう呼ばれた男性は柔和な笑みを見せる。
 刈り上げた黒髪に整った髭、そしてメガネが似合う日本の男性だった。
 身長は俺と同じくらいだろうか。体型なども似ているがその優しげな雰囲気は母親をも包み込むように微笑んでいる。

「おかえり、エレナ。元気そうでなによりだよ」
「もちろんよ。パパも元気そうでよかったわ」
「うん。 でも寒空の下で話すものアレだし、中に入ろうか。ママも、あんまりからかいすぎると嫌われるよ」

 「はーい」と簡単に引き下がる母親を見て、男性は家の中へと引き返していく。
 臨戦態勢をしていたエレナたちも母親が扉まで歩いていくのを見てようやく解いたのか、リオの抱きしめる力が弱くなる。

「ふふっ、ごめんねエレナ。ちょっと調子に乗ってからかい過ぎちゃった。 ……ささっ!中に入って!!おしるこも作ってるわよ」

 そう言葉を残して家に入っていく女性。
 ようやく完全に警戒心を解いた三人も、一人、また一人と後を追うように入っていく。

「あの二人が……エレナの両親……」
「ふふん、優しいわよ。心配しなくていいって言ったじゃない。 だからもう構えずとも――――」
「二人の子供……エレナの身長……どうしてこんなことに……」
「ちょっと! まず気にするのそこなの!?」

 脇腹を肘で小突かれた。
 しかし驚くのも仕方のないこと。明らかに遺伝子が仕事をしていない。
 平均以上の身長なのに生まれてくるのが小学生みたいなエレナとは……DNAの異常変異だ。

「ふんっ! ほら行くわよ!キミが変なこと言うから遅れちゃってるじゃない!!」
「わっ!わかった!わかったよ!!」
「まったくもう……そんなにおっきいのがいいのかしら……」

 エレナに引っ張られるように俺たちも家に入っていく。
 そんな彼女は口こそ怒っているものの、終始笑顔のままだった。
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